第3話 もう一人の悪役令嬢?
いち早くリカバリーしたのは、先ほどアーメンガートの悪口を言った令嬢だった。
ゴージャスな金髪縦ロールにキリリと吊り上がった新緑の瞳をした、ブサ猫ジゼルよりはるかに悪役令嬢が似合いそうな、きつめの美少女だ。
彼女は憤懣やるかたない様子で机を叩いて立ち上がると、観衆を放ったらかしでイチャイチャする二人に、ビシッと扇を突き付けた。
「遅刻したルクウォーツ嬢になんのお咎めもなさらないどころか、なんの吟味もなく彼女を婚約者に指名するなどおかしいです! せっかく人柄や教養を比較する場を設けてあるというのに、これではあまりに公平性に欠けています!」
彼女の言うことは至極正論だ。
他の令嬢たちも声にこそ出さないが、広げた扇の後ろ側で何度もうなずいている。
しかし、この中の誰より冷静で大人な視点を持っていたジゼルは、「これは悪手だ」と瞬時に悟った。
大事なのは、何を言ったかではなく誰が言ったか、である。
諫言したのが彼女以外であれば、まだ救いはあったかもしれないが、これでは恋に恋する二人を引き裂くことは不可能だ。むしろ、彼女の身を滅ぼしかねない。
「……やっぱり、わたくしが殿下のお傍にいるのは……愛し合うことは許されないことなのでしょうか? 両親が事故で亡くなり、侯爵様のご厚意で引き取られましたが、わたくしに流れる血が卑しいことには変わりがない……! ううっ、ううう……!」
アーメンガートは令嬢の言葉に打ちのめされたかのように顔を伏せ、大粒の涙をボロボロこぼしながら嗚咽を上げる。
(策士やな、ヒロイン……ていうか、ご両親亡くなっとったん? ますますシナリオはあてにならんな。まあ、この分やったら、ウチの出番はなさそうやから構へんけど)
人生経験豊富なアラフォーだった前世を持つジゼルには、それが演技であることは一目瞭然だったが、お子様で恋に盲目状態のミリアルドに見抜けるわけがない。オロオロしながら彼女を抱きしめて涙をぬぐう。
「泣くな、アーメンガート。君が男爵令嬢だろうと平民だろうと、君が君である限り卑しくなどないし、僕が君を愛する気持ちにも何一つ曇りは生じない。本当に卑しいのは、人を出自というつまらない物差しで測り、自分勝手に貶める愚者だよ」
温かなまなざしでアーメンガートに優しく言い聞かせ……続いて凍てついた視線をかの令嬢に向ける。
「ロゼッタ・ビショップ。貴様は一度ならず二度までも、僕の愛する人の心を傷つけた。彼女への侮辱は僕への侮辱、つまりは不敬罪だ」
ザワァッ、と会場内が不安の声で揺れる。
ロゼッタと呼ばれた令嬢は、先ほどアーメンガートを「貧乏人」と貶める発言をして叱責を受けている。
今回は彼女を直接侮辱してはいないが、ロゼッタの発言でアーメンガートが涙したことで、ミリアルドから完全に敵認定されてしまった。
しかも、いかに聡明で将来有望な少年とはいえ、初恋にのぼせ上った状態で冷静な判断が下せるわけもない。
視野狭窄な正義を振りかざし、持てる権力すべてを使ってでも、ロゼッタを排除するだろう。
だから、なんのためらいもなく不敬罪を適用させようとする。
腕の中にいる少女に踊らされているとも気づかずに。
「で、殿下。不敬罪だなんて、やめてください。殿下のお傍にいるためなら、この程度のこと、わたくしは耐えてみせますわ」
アーメンガートはヒックヒックとしゃくりを上げ、小動物のように震えながらも、涙で濡れた目をミリアルドに向けて懇願する。
その“心優しいヒロイン”の姿に心打たれたのか「なんと健気なんだろうね、アーメンガートは」と感動したミリアルドだったが、己の意見を覆すことはしなかった。
「でも、ここで生温い沙汰をしては周りをつけ上がらせるだけだ。君を害するものには容赦しないと、はっきり知らしめる必要がある」
「わたくしごときのために、そこまでしてくださって大丈夫なのですか?」
「ごときなんて言わないでくれ。君は僕の唯一無二の人なんだから。君を守るためなら歴史に名を残す暴君になっても構わない」
「まあ、嬉しい……!」
吐息がかかるほどの至近距離で言葉を交わし合い、ハグとキスを繰り返しイチャイチャタイムを再開するバカップル。
繰り返すが、これは十歳の少女と十二歳の少年のラブシーンである。
なのに、やたらとボディータッチが官能的だし、発言はヤンデレに染まっている。R指定したいくらいだ。
ローティーンの集まりで、なんてものを見せつけられているのか。
(絶対あの子は転生者やな。清楚系に見えるのに実はあざと可愛い系で、相当な男を手のひらで転がしてきたに違いないわ)
遅れてやって来ることで注目を集め、純粋で一途な少女を演じて王子の寵愛を得る。
シンプルで古典的で分かりやすい、だからこそ役者の演技力が問われる作戦を、こともなげに実行したということは、前世でも相当な“やり手”だったのだろう。
ヒロインとしてミスキャストな気もするが、乙女ゲームを『男を手練手管で落とすゲーム』と定義するなら、彼女ほど適役はいないだろう。夢も希望もない表現だが。
(それはともかく……このままやったら、ベタなザマァ劇まっしぐらやで)
恐怖と屈辱で震えるロゼッタを視界の端に捉えながら、ジゼルはどうにか丸く収める手立てがないか考える。
子供相手に極刑なんてことはないだろうが、令嬢としての身分を剥奪されることくらいは十分にあり得る。
ロゼッタの言葉は確かに悪かったが、あれくらいの悪口陰口でいちいち罰せられていたらかなわないし……そもそも、罰を下した側が不利益を被りかねない。
ここに集められているのは、この国に名を轟かす名家の令嬢ばかり。
不勉強ながらビショップ家がどのような家柄かジゼルは知らないが、少なくともルクウォーツ家と対等以上の立場であり、後ろ盾として求められているくらいだから、“たかが側室腹の王太子”に泣き寝入りすることはしないだろう。
報復は連鎖するもの。
ザマァしたはずの側がザマァされる、なんてことは容易に想像がつく。
そうなったらシナリオ崩壊どころか、国家滅亡なんてこともありえる。
(アカンアカン! どないかせんと!)
焦る気持ちとは裏腹に、頭の中が真っ白になって何も思いつかない。
(うあああ! ウチは悪役令嬢やのにチートもなんもなくて、なんの役にも立たん――ん? あ、そうや! ウチは悪役令嬢やったわ!)
天啓のようなひらめきに身を任せてジゼルは立ち上がると、ロゼッタの頭をツッコミよろしくスパーンッと叩いた。
「こンのアホんだらぁ! なんちゅうナメたマネしてくれとんじゃワレ!」
ロゼッタは突然見知らぬ相手に叩かれたことに加えて、強すぎる訛りに思考停止しているが、そんなことはお構いないしに……というか、ぶっつけ本番だったため深く考える余裕もなく、ジゼルは夜叉のごとき表情で罵声を浴びせる。
「取り巻きは取り巻きらしく、ウチの後ろで突っ立っとけばええもんを! ええ子ちゃんぶってしゃしゃり出てくるから、こないなことになるんやろーが、このすっとこどっこい! そのカラッポの頭(ドタマ)かち割ったろか、ゴラァ!」
……悪役令嬢が取り巻きを罵倒するシーンを演じるつもりだったのに、これではヤクザが不手際をやらかした舎弟を叱り飛ばしているようにしか聞こえない。
(これやから、大阪人は悪役令嬢に向かへんねん!)
やらかしたと思っても、飛び出してしまった言葉は元には戻らない。
破れかぶれになりつつも、このまま思い描くシナリオに突き進むべく、恵比寿神(えべっさん)のようにニッコォッとした笑みを張り付けて、バカップルにごますり体勢に入る。
「いやぁ、ウチの妹分がえらい申し訳ないことしましたぁ。この通り気が強うて真っ直ぐな子やから、ついつい噛みついてしまうことがありますのや。この子にはウチからよぉーよぉー言って聞かせますんで、ジゼル・ハイマンの顔に免じて、今回のことは堪忍したってください。お願いしますわ。ほれ、アンタも頭下げぇや!」
クレーム対応社員のように、平身低頭ペコペコと謝り倒したジゼルは、最後は背伸びしてロゼッタの後頭部をグイグイ押して謝罪のポーズをさせる。
ロゼッタは珍妙な寸劇にひどく困惑してはいたが、ハイマン家の令嬢相手に抵抗してはもっと話がこじれることは理解したようだ。
「……申し訳、ございませんでした。ミリアルド殿下、ルクウォーツ嬢。数々のご無礼、どうぞお許しください」
「ほらほら、この子もこうして反省してますやろ。つまらんことで不敬罪やなんやって物騒なこと言わんと、歳も近いことなんやし、みんなで仲良くやりましょうや。ね?」
ジゼルは恵比須顔を崩さず、揉み手しながらミリアルドたちを宥めすかす。
公爵令嬢らしからぬ言葉遣いと態度に毒気を抜かれた二人は、しばしポカンと顔を突き合わせたのち、ミリアルドが嘆息と共に口を開く。
「ハイマン嬢がそこまで言うなら、今回のことは不問に付す。その代わり、僕とアーメンガートがいかに固い絆で結ばれているか、社交界全体に徹底的に周知させろ。それを引き裂こうとすればどうなるかも、な。公爵家の発言権があればそれくらい容易いだろう?」
「はーい、喜んでぇ!」
居酒屋店員風の返事をしながら親指を立てるジゼルに、ミリアルドは「こいつ大丈夫か?」と額に手を当てて苦悩する。
それを見た傍仕えの侍女は、アーメンガートから意識を切り離された今がチャンスだとばかりに、「お茶会はどうなさいますか?」と耳打ちする。
「……僕はアーメンガートと二人きりで仕切り直す。汚れたドレスを着替えさせたいし、またビショップ嬢のような愚者に噛みつかれては敵わない。他の令嬢たちは適当にもてなしてから帰せ」
ミリアルドはしばし黙考したのちにそう告げ、愛する人を横抱きにする。
「きゃ、殿下……!?」
「ここまで駆けてきて疲れただろう。僕のために酷使した足を労ってあげないとね」
「あああ、あの、わたくし、その、重いので……!」
「大丈夫だよ、アーメンガート。君は羽のように軽い」
などと乙女ゲーム的な会話をしながら、バカップルたちは再び二人の世界に入り込み、挨拶もなしに客人たちに背を向けて去っていった。
それを呆気に取られて一同は見送り――すっかり見えなくなってから、傍仕えがゴホンッとわざとらしい咳払いをして場を仕切り直す。
「えー……このたびはお忙しい中お集まりいただきましたのに、お嬢様方にはなんとお詫び申し上げればよいのやら。私どもも大変困惑しておりますが……殿下からのお言葉通り、皆様を精一杯おもてなしさせていただきますので、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
冷や汗と少しの本音を滲ませた侍女に、令嬢たちは心から同情した。
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