失くしてしまった京極くんと知らない雨宮さん

@Karamtyi

第1話

 記憶。大まかに記憶には宣言記憶、手続き的記憶がある。


 宣言記憶には意味記憶、エピソード記憶。


 手続き的記憶には手続き記憶、プライミング。


 このように記憶とは色々と種類があるわけなんだが俺 京極きょうごく あゆむ には時間や場所、そのときの感情が含まれるエピソード記憶にかなりの障害を負ったらしく記憶が戻るかはわからないそうだ。


 昨日あったこと、学生生活での出来事、家族旅行で体験したことなど、これまでの出来事そのものを忘れてしまっている。おまけに友人や家族の顔も声すらも思い出せない。


 ただ失くした記憶はそれだけなので基本的な知識などはまだ残っているのがせめてもの救いだ。


 …いや、他にもあるか。


 俺が記憶喪失になったのは昨日の事だ。実際にはもっと前だが。


_____________________


 「…ぁ…」


 掠れるような声と共に瞼が持ち上がっていく。喉もガッサガサだ。身体もあちこち痛みがあるが水を欲して状態を起こす。


 部屋を見渡すが水は見当たらない。というかなんだこの部屋は。真っ白な部屋に真っ白な天井、花瓶には花が、そして俺は作務衣のようなものを着て真っ白なベットの上で点滴に繋がれている。


 …どうやらここは病院っぽいな。ただどんだけ思い返そうとしても何もわからない、というかそもそも俺って誰だ?急激に恐ろしくなってきた。

 

 とにかく何かないかと手を動かそうとした時何かが手に当たった。これは…ナースコールだ!そう気づいた俺は迷わず押す。3プッシュほどした。


 バタバタと駆けてくる音が聞こえ勢いよくドアを開けられナースさんが数人駆け寄ってきて水を手渡され一息に飲み干す、その後は次々と質問責めにされご自分のお名前を言えますか?の当たりで事態は急変しさらにバタバタして俺の担当医師が来た。2人も。


 そこからまた質問責めにあったのだがそこで俺が記憶喪失だと判明。ここでエピソード記憶うんぬんと記憶に関する知識を得たのだ。


 さまざまな検診の結果身体には異常なく記憶も基本的な一般常識などを除いて出来事や人物のこれまでの約16年分が消えてしまった。


 医師2人は男女できたのだが男の方は手術を担当医師のようで女医さんの方はメンタルカウンセリングの人だったらしく特には問題ないようで明日には退院できるそうなのでもちろん退院するが時折カウンセリングには来ないといけないらしい。



 なんやかんやありもう夕方だ。荷物もちゃんと保管してあってその中には学生証もありおかげで名前全年月日はわかった。学校や家の場所は知ってるから問題ない。



 次にスマホを取り出し身辺確認をする。


 うわっ。ラインに通知がいっぱい来てる。


 全部母からだ。名前は知らん。顔もわからん。アイコンには母と書かれた文字だけ、ネームも母と一文字のみ。情報すくねー!


 2ーCと表記されたグループがある。皆の顔も何も思い出せないが俺のクラスチャットだ。


 そこから皆のアイコンとネームを引き出して憶えようとするのだがアイコンが風景だったりネームが相性なのかよくわかんねぇのもいる。


 …コイツらはもうどうしようもねぇな。



 画面をスクロールして下から上に流していくなか一つのネームに手が止まる。


 これは…雨宮あめみや 空花そらか って読むのか?なんだこの感覚は?憶えてないのに何かざわつく。アイコンには茶髪の可愛い子が写っている。この女の子に何かあるのだろうか。


 

 そのタイミングでドアが軽くノックされる。


 「どうぞー」


 俺の軽めの返事に対してバン!と強く開け放たれ1人の女の子が駆け込んでくる。


 さっきの女の子、雨宮空花だ!


 実物はもっと可愛いな!毛先に軽くウェーブのかかった茶髪の腰まで届いていそうなロングヘア、白い肌、ギャルのような印象を抱かせる子だ。


 なんだか胸がざわつく…。



 「き、京極?意識が戻ったの?よかった!2日も寝たきりだったのよ!」


 「お、おう」


 すごい勢い強え!


 「怪我はどう?痛くない?」


 「大丈夫大丈夫。あとは右足の骨折だけで明日には退院する予定だ」


 「本当⁉︎…よかったぁ」


 「花まで持ってきてくれてありがとな。あの花瓶の花も雨宮が?だとしたらわざわざすまねぇな。ありがとう」

 

 するっと言葉が出てきたがどのタイミングで記憶喪失を伝えるべきか…。


 「京極…ごめんなさい!私のせいで」


 ? 何がだ?


 「どうゆう事だ?何かあったっけ?」


 「皆との帰えり道で信号待ちしてる時に後ろから子供がぶつかってきて私が歩道に押し出されてしまったの。そして京極は私を庇って代わりに…、憶えてないの?」


 急激に不安でいっぱいになったように顔を顰めてしまう。


 …胸のザワつきがより強くなった。よくわからないが俺は彼女を悲しませたくない、泣かせたくないと強く思っている、記憶がなく憶えていないはずなのに。


 一目惚れか?…もしかして記憶を失う前の俺の感情だろうか。


 「いやそんな事ないぜ!憶えてる憶えてる、超憶えてる!」


 やべ。やってしまった。これではもういいだせない。


 いや、これでいいか。この感情に従おう。この強い感情はきっと前の俺が抱いた特別な感情だろう。何より俺も彼女をこれ以上は苦しませたくない。もし記憶喪失だと伝えてしまえば彼女は自責の念から滂沱の涙を流しながら苦しむだろう。


 それはダメだ。前の俺だって彼女を苦しませるために助けたわけじゃない筈だ。でなければこんな2日も寝たきりで骨折もするよな事に飛び込めないだろう。


 この事は墓の下まで持っていかなければ。


 「まぁ、とりあえず明日には退院で明後日からは学校に通い始めるからあんまり心配すんなって」


 「そんなの無理に決まってるでしょ!何かあったら必ず連絡してよね、絶対助けに行くから」


 「おう。無いと思うけど」


 「一言多い!」


 

_____________________


 そんなこんなで何とか彼女に元気を取り戻しその日を終え、今現在は細かい手続きと検診などを済ませて時刻は夕方の十八時半ごろ。


 さっそくまずは、と家に帰ったのだが炊飯器の中はとんでもない事になってるし冷蔵庫はほぼ空、せっかく退院したのにこのままではまともな夕飯が食べれないので買い出しに。


 病院食は味が薄上に量が少ない。育ち盛り食べ盛りの男子高校生を満たせるものではない。

 しかも家には飯があると期待していたぶん飢餓感も割増だ。



 しかし松葉杖ついてると歩きずらいな。


 「おお!京極事故ったって聞いてたけどもう退院したのか。足ロケット見たいにガッチガチに硬められてるけど大丈夫か?」


 突然金髪目カクレ男に声をかけられた。


 怪しさMAXだが俺はこの男を知っている。というかグループメンバーを確認してる時にコイツの名前もあったのだ。


 斑鳩いかるが 依澄いずみ トーク履歴を見るに前の俺とはかなり仲が良かったらしい。


 「大丈夫っちゃあ大丈夫だけど松葉杖だから慣れなくて歩きずらいな」


 「そんな歩きづらそうな中お前さんは何処に行こうとしてんだ?何か用事であんの?」


 「いや、用事ってほどでもないけど家に帰ったら炊飯器の中身は数日ほったらかしにしてたから地獄だし、冷蔵庫の中はスッカスカでどうしようもないから買い出しにな」


 「なるほどねぇ…なぁ、京極。俺からステキな提案があるぜい?のるか?」


 「? よくわからんがステキならノルぞ」



_____________________



 「うおぉぉぉ!マジか!斑鳩!マジでいいのかこれ⁉︎」


 「おうよ!オレのラブリーマイシスターが作りすぎちまったみたいでな。寸胴に並々ある。こんなおっちょこちょいなところもまた可愛いなぁ」


 場所変わって斑鳩宅で、マンションの一室に妹と二人暮らしらしいそこで俺は皿に盛られた温かく具沢山のシチューに大興奮である。


 あの激薄味の病院食から解放されて初のまともな食事!


 ちなみに妹はちょうど今日から合宿でしばらくいないらしい。


 「いっただっきまっーす‼︎」


 「おう!食え食え欠食男児!好きなだけおかわりしろ」



 むっはー!うまうま。うまいな!むお?


 シチューにガッツいていると不意にスマホが震え出した。そういえば音切ったままだったな。


 ポケットから取り出し相手を確認すると雨宮だった。


 む?何かあったか?とりあえず出てみるか。


 通話のアイコンをタップしようとして間違えてテレビ通話を押してしまった。


 『な、何でいきなりテレビ通話にしてるのよ!』


 「すまん!押し間違えたんだ、事故だ事故。一回かけ直すよ」


 『はぁ、別にいいわよこのままで。とりあえず元気そうで安心したわ』


 「ん?わざわざ確認の電話かけてきたのか」


 『そうよ。夕飯の支度とか1人じゃ大変だと思って』


 「なるほどな。それなら大丈夫だぜ、今日は斑鳩がご馳走してくれたからな」


 「ハイハーイ!ご紹介に預かりましたイケメンすぎる親友斑鳩でーす!」


 ハイテンションの金髪目カクレ男が横合いからガッツリ乱入してきた。


 『……』


 「ど、どうした?」


 急に沈黙した雨宮に斑鳩は少し狼狽える。


 「ごめん、ハイテンション金髪嫌だった?」


 「いやそんな事はねぇよ⁉︎今日雨宮とは朝も昼も普通に話したしこんなテンション日常茶飯事よ‼︎」


 「朝も昼もそうで夜もだからじゃね?あと最後オネェになってんぞ」


 『ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた。斑鳩のテンションが高くて変なのはいつもの事だから気にしてないわ』


 「そっか。そりゃあよかった」


 「よくねぇよ‼︎なんじゃ変て!」


 『まぁ、とりあえず一旦落ち着きなさい。それで確認なんだけど斑鳩、あんたの妹って今日から合宿でしばらくいないって言ってたわよね?』


 「ん?そうだけど、それがどうかした?」


 『アンタ自炊できないって言ってなかった?今日学校でそんな事言ってたような気がするんだけど』


 「そりゃ気のせいじゃないな。俺は自炊なんてできないぜい!」


 それは胸を張って言うことか?


 『アンタは自炊出来なくて頼れる妹ちゃんは合宿でしばらく居留守。アンタらが食べてるのは見るからにシチュー…』


 再び何か考える雨宮。…なんか急いで食ったほうがいい予感がする。


 「なんだ雨宮も食いたいのか?たんまりあるから今からくるなら馳走するぜい!」


 『沢山作ってあるってことはもうこれは…。ねぇ斑鳩そのシチューってさ、しばらく合宿でご飯の用意ができないから自炊できない兄が飢えないようによくできた妹ちゃんが数日分作り置きしたんじゃない?シチューってちゃんと保存すればそれなりに日持ちするし』


 …なるほど。さっきの予感はこうゆうことか。


 「京極くーん。このお食事会なんですけどぉ」


 斑鳩が急に気持ち悪い猫撫で声で何か言ってきたので俺は、ガツガツバクムシャァ‼︎と久しぶりに餌を食した野犬のように貪り食らう。


 「ちょっ⁉︎待って!オレの数日分の食料‼︎」


 「アハーー‼︎ウマす!ギザウマす!飢えた男子高校生がメシを前にして止まるものかぁぁ‼︎」


 「オレの死活問題に関わってくる!早く止めなければ…ッ!ちょッ、いったん止まれってばよ!ッく!貴様‼︎何故その足でそんなに早く動ける⁉︎なんとゆうハングリー精神だ‼︎」


 悲しきカナ。


 『…私じゃそのバカ騒ぎはどうにも出来ないから自力で解決してね。それじゃあまた学校で会いましょう』


 雨宮はそんなセリフを残した後通話を切り俺のスマホは一人でに沈黙していた。



 ちなみにちゃんとおかわりしました。


 大変おいしかったですまる

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