第46話 皇の覚醒

「――私は王宮に呼び出されて……ここは、一体?」


 目覚めたアイリスは、キョロキョロと周囲を見回している。どうやら術をかけられていた間の記憶はないらしい。自動人形というのは言い得て妙ということか。


「えっと、美人さん?」

「あら、貴女も中々可憐ですよ」

「ふぇ……!?」


 女子二人は、先ほどまで剣戟を交わしていたとは思えないにこやかな会話を交わしている。

 もっともアイリスが振り返って、変わり果てた自軍のものと思われる天幕と見知らぬ剣を手にたたずむ俺を見てしまえば、そんな朗らかな雰囲気も四散してしまうわけだが――。


「ヴァン……!?」

「ああ、そうだ。久しぶりというべきなのかは分からないがな……」

「どうして!? これは何なの……?」


 かつて知る俺と鮮血の海。破片となった大地。

 困惑するのは無理もない。

 でもこの最低な光景こそ、今目の前に広がる現実。


「――アースガルズを出た俺は、別の国に拾われた。その国にアースガルズが侵略戦争を仕掛けて来て、今はその真っ只中……お前はこの連中に洗脳され、無理やり戦わされた……というのが、正しい認識だ」

「え……私は……!」

「お前は連中にとっての最終兵器。投入されたのはついさっきで、そこの女が進撃を押し留めていた。心配する必要は無い。まあ、この戦闘に限っては……な」


 受け入れるしかない。

 その上で前に進む。


「ふふっ、お優しいことで」

「黙れ、地雷聖女」


 何はともあれ、敵軍で最大の脅威だった勇者アイリスは戦闘不能。皇帝はあの様――勝敗は決した。

 誰もがそう感じていた時――たった一人だけ、結果を認められない者がいた。


「――■、■■■■!!!!」


 天頂より咆哮が響く。

 飛来するのは、巨大な白い流星。


「なんだ……コレは……!?」


 すらりとしていながら、力強い肉体。

 猛々しく、流麗な翼。

 長い首に口元から覗く牙、光り輝く白の鱗。

 何より特徴的なのは、額の上の巨大な一本角。


「フハハハハハッッ!! どうだ! 余の皇獣・・はッ!」


 現れたのは、巨躯を誇る白亜の竜。

 それも途方もない威圧感を放っている。

 何より皇獣おうじゅうという語感は、アースガルズの者にとって耳に覚えがあるものだった。


「皇獣……まさか実在したなんて!?」

「ああ、伝承のたぐいだと思っていたが……」

「アレを知っているのですか? 体感では神獣種と同等以上……そう認識せざるを得ませんが……」


 セラは地面に突き刺さったアイリスの聖剣を引き抜きながら、質問を投げかけて来る。だがそれに答えたのは俺たちではなく、アレを呼び出した張本人――豪勢なマントを腕に縛り付けて止血しているアレクサンドリアンだった。


「小娘ェ! 恐れおののいているようだなァ! これこそ“終焉血戦ラグナロク”の時代――かつての聖剣の勇者が我が国に封じ、代々アースガルズ皇族のみが使役できると伝えられてきた最強の兵器! 神話の時代より、脈々と受け継がれてきた我が力よ!」

「なるほど、我が国が戦乱で得た魔剣副産物と同じということですか。無論、貴方の力ではありませんが……」

「何とでも言うがいい! 余は本土に残して来たアンブローンに我が血を渡し、皇獣を目覚めさせる手はずを最初から整えておいた! お前達とは違い、二手も三手も先を想定して戦っていたのだよォ!」

「大した保険だな」

「根は小物というわけですね」

「はっ! 負け惜しみか!? まあ我が高貴な体を傷付けるのは、断腸だんちょうの思いだったがなァ!」


 俺が斬り落としたのとは逆――包帯の巻かれた右手を見せつけて来るアレクサンドリアンに関しては、ひとまずどうでもいい。今はこの白竜への対処を最優先にしなければならないだろう。

 何故ならセラの言う通り、アレは神獣種と同等、もしくはそれ以上の化物。必殺の覚悟で相対しなければ、瞬殺されるのが目に見えているからだ。


「アイリィスッ! 皇獣がそいつらと戦っている間に、我が聖剣を奪い返せ! 今度はさっき奴らにされたことを百倍にして返してやるのだ!」

「皇帝陛下! まずは、私の承諾しょうだくなく、戦場に連れて来たことに対して説明して下さい!」

「だまぁれ! お前がその女に後れを取ったのが悪い!」

「は……?」

「田舎娘風情が! 余に口答えるするんじゃあない!」

「何を……言っているんですか!? 貴方はッ!」

「そもそもお前の家族は、我が掌中しょうちゅうにあるも同然。生殺与奪は余の言葉一つということ! お前は余の言う通りに動いていればいいんだ! それで全てが上手くいく! それが正しい形!」

「母さんたちを人質にするというの!? 貴方という人は……ッ!」


 約束一つ守れないどころの話じゃない。

 絶句――というのが、これほど相応しい状況はそうはないだろう。


はなから王の器には程遠かったということか……誰もついて来れなくなって、一人孤立するのも当然だな」

「ええ、真性の下種ゲスですね。反吐が出る」


 人間として超えてはいけないラインを軽々と超えて、墜ちて行く。アイリスは当然としても、他の味方からですら誰一人として擁護の声が上がらない。

 その上、冷静沈着なセラをして、この口汚い台詞せりふを吐かせるのだから一流のクズ野郎といったところか。


「黙れェ! 全てき尽くしてやる!」

「皇帝陛下!? お止め下さい! こんな所で戦えば、我が軍の将兵が!」

「うるさい! フィン・アウズン! 貴様も余の覇道に口を出してきてばかりだったなァ……最早、邪魔なだけだ!」


 皇獣の口に膨大な魔力が集う。

 それはこの辺り一帯を焦土に変えんばかりの威圧感を放っている。しかも矛先が向いたのは、見るからに階級持ちの味方将兵。


「フハハハハッ! 我が父も勇者も兵士も、何もかも役に立たない! だから最初からこうすればよかったんだ!」

「ぐ……っ! 意にそぐわぬ全てを破壊しつくすつもりか!?」

「世界を我が手にッ!」


 皇獣から放たれる白灼の吐息ブレス


「――これまで、かッ!」


 そうしてフィン・アウズンと呼ばれていた将兵を中心に破滅の嵐が吹き荒ぼうとしたその時――世界を破壊しつくさんばかりの白灼は、硝子ガラスが砕ける様に消失する。

 そして、蒼穹の眼光が煌めいた。

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