第45話 魔眼と聖剣、それぞれの決着

 相手は世界で一番偉い人間。

 血の繋がった家族。

 それでもおくする理由はない。


「総員、かかれェ!!」


 アレクサンドリアンが本陣高官に指示を出した。

 現状、聖剣保持者同士が戦闘を繰り広げており、残りは二七それ以外――。

 数の差は圧倒的。


「皆の者! 魔法の力を見せつけてやれっ!」


 皇帝が煌びやかな剣を指揮棒の如く振り回す。その指示を受け、たたずむ俺へと色とりどりの魔法が差し向けられる。


「“ファイアボール”――ッ!」

「“アイスピック”――ッ!」

「“グランドクエイク”!」

「“ウインドスラッシュ”――ッ!!」

「“サンダーパイル”――ッッ!」


 炎、氷、土、風、雷――アールガルズが得意とする属性魔法が炸裂。本陣に爆風が巻き起こった。


「やったか!?」


 魔法の有無に限らず、人間など跡形もなく吹き飛んでしまう程の爆風が周囲を包み、アースガルズ側から歓喜の声が上がった。だが次の瞬間には、爆炎が起こした黒煙の中で蒼穹の十字架が煌めき、その歓声も四散する。


「――俺にただの魔法攻撃は通用しない」


 “レーヴァテイン”で黒煙を内側から斬り払えば、漆黒の斬撃が飛翔。

 地面を喰い破り、見るからに戦い慣れていない様子の高官たちが血塗ちまみれになって倒れ伏す。


「魔眼……やはりあの時、見間違いでは……ッ!」

「思考停止して、突っ立っている余裕が……アンタにあるのか?」

「な……へぶぅ、っっ!?」


 肉迫、足刀蹴り。

 皇帝の側頭部に右の蹴りを叩き込めば、潰れた獣のような声を上げて吹き飛んでいく。


「こ、皇帝陛下ァ!?」


 皇帝は勢いのまま天幕の布にくるまれて無様に横たわった。それを見て声を上げる敵の将たち。

 だが俺は、そんな連中を置き去りにして疾駆しっく魔法具マジックアイテム破壊の為に追撃をかけようとするものの、我が父――デロア・ユグドラシルが目前に立ちはだかった。


「テメェ……!」

「メンタルブレイクから立ち直ったのか……無駄にポジティブなことで……」

「ざけんなァ! テメェがいなきゃ、何もかも上手くいってたのによォ!」


 凄まじい轟音を立てながら、戦斧が振るわれる。

 曲がりなりにも、この男は軍部高官。それに現場からの叩き上げ。

 他の連中とは一味違うということ。


「テメェさえいなければ! テメェさえいなければ! テメェなんか、生まれて来なきゃよかったんだよッ!!」


 だが、それだけだ。


「――そうか、今更だな」

「だから、そういうとこだよ! どうしてテメェは、そうやって平然な顔をして……気持ち悪りいんだよォ!」


 だいだいの魔力を灯した戦斧が振り上げられる。


「そうさせたのは、お前たちだ。俺はただ、自分の信じるモノの為に前に進む」

「はっ! 家族から信じられないで、何が自分の信じるモノだ! 口だけは立派になってよォ!」

「これは宿命の対決でもなければ、俺の復讐でもない。俺は此処ここに戦争をしに来たんだ。下らない家族の妄執に付き合う気は更々ないな。つまりお前もユリオンも、俺にとってはただ邪魔なだけの障害物でしかない!」


 黒紅を魔剣に纏わせ、荒々しく振り回される戦斧を斬り払う。


「ふざけんな! テメェ風情が、この俺を見下すなんて……許されるわけがねェだろうがよォ!!」

「そうか、ならその妄執を抱いてけ……ッ!」


 斬撃交錯。

 お互いに相手の向こうへ切り抜けた態勢で停止する。


「へぁ……っ? お、れ……」


 俺の父親は肩口から腰辺りまでに二つ・・の斬痕を刻み、鮮血を巻き散らせながら倒れ伏す。一瞬で二度斬られたどころか、自分の死すら理解していない呆けた声と共に――。


――これで、親殺しか。


 家族を手にかける。

 これもまた、人間としては一つの禁忌。

 だが、物言わぬむくろとなった父親を見ても何も感じない。周りの敵軍ですら、少ないながら悲しんでいる者すらいるのに――俺の思考は戦いのみへと研ぎ澄まされていた。


「――逃げられると思っているのか?」

「ひぃ!? ぐぅ、っ!」


 そんな傍ら、天幕から逃げ出そうとモゾモゾ動いている皇帝間抜けを見逃すことなく、投擲小剣ダガーダーツを二本ほど投擲。小剣で縫い付けた天幕から、敵大将を引きずり出し、呆れた口ぶりで嘆息を漏らす。


「皇帝陛下は、カーテンに包まる趣味でも御有おありで?」

「き、きしゃまああああっっ!!!!」


 そうやって皇帝を挑発すると、金煌きんきらに輝く切っ先を差し向けながら突進して来る。


「不意打ちとしては及第点。でも、お前は戦士じゃない。そして、王の器でもなくなった」


 王座から臣下へ指示を出す。

 共に危険をおかして民を導く。

 例え、多くの血を流してでも――。

 確かに王の在り方は千差万別。覇道を貫く以外にも無数の正解があるのだろう。


 だが、俺という敵の兵士一人に囚われ、これほどの無様を晒した時点でコイツは王としての資質を失っている。

 そして、真の意味で王と戦士を兼ねることができるのは、ほんの一握りの英雄だけ。アレクサンドリアンは、そのどちらでもない。


「見切るのは容易いな」

「な……ぐぶっ、ぼぅ!」


 向かって来る剣の腹を横からの掌底で軽く小突けば、奴は得物の重みで前方につんのめり、俺の隣を千鳥足で抜けていく。

 次の瞬間、芸術的な軌道を描きながら地面にダイブ。多くの兵士が踏み荒らした地面と熱い口づけを交わしている。


「こ、この余が……ッ!」

「どの余かは知らんが、素直にお山の大将をやっていればよかったものを……」

「ひ、ひぃ!? あぎゃああああぁっっ!!!!」


 こうなってしまえば、もう隙だらけとかそういう次元の話じゃない。

 俺は蒼穹の眼光を輝かせて、アレクサンドリアンの左手付け根に魔剣の切っ先を突き立てた。





 一方、もう一つの戦場では最初の力比べから始まり、終始セラのペースで進んでいた。


「――! ――ッッ!?」

「はっ……!」


 同じ歳・性別の聖剣保持者同士の戦闘。しかもセラは、アイリスを殺さぬように立ち回っている。

 どうして同じ立場でありながら、これほどまで差が開くのかについては、最早考えるまでもないのかもしれない。


 アイリス・アールヴの本質は戦士ではない。家族や市民の想いを背負っているとはいっても、所詮しょせんは成り行きで戦場に駆り出されたに過ぎないからだ。

 逆にセラは自らの覚悟と信念の元、戦場に立っている。


 でも、どちらが優れているかじゃない。

 多分、人間として正常なのはアイリスの方。

 だから彼女はそれでいい。

 それが在るべき姿であり、きっと正しい。


 歪んでいるのは、俺とセラだけで十分だ。


「貴方が彼にとって、どういう存在なのかは分かりませんが……今は退席していなさいッ!」

「な……ッ!?」


 銀閃が奔る。

 勇者の象徴足る黄金の聖剣が空へ弾かれる。


 それは奇しくも、俺がアレクサンドリアンの魔法具マジックアイテムを破壊したのと全く同時の出来事だった。

 そして、パキンっと、何かが砕ける音と共に、アイリスの瞳が虹彩ヒカリを取り戻す。

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