モーリタニアってどこだろう?
三原みぱぱ
第1話 モーリタニアってどこだろう?
「お~い、大分昔に入れた装置のメンテナンスの仕事が来たぞ」
「どこですか?」
「ん? モーリタニアだけど?」
「モーリタニアってどこですか?」
「西アフリカだよ」
そう言うことで、私、みぱぱがこれまで24カ国に行った中でも飛び切り強烈なインパクトを与えてくれた国、モーリタニアのお話です。
まず、私の仕事と言うのは海水淡水化装置という海水から真水を取り出す装置を作っているのです。そのため、日本全国のみならず、海外にも多く足を運んでいます。
50回以上ある渡航経験のうち、完全なプライベートは2回だけと言う始末です。
さて、そんな私は装置の修理のため、モーリタニアへ行くことになりました。
日本からアフリカに入るのは基本的にドバイ経由かヨーロッパ経由が主流です。
今回はヨーロッパのフランス経由です。
今回は国際援助の仕事だったため、私には今回限り使用できるグリーンパスポートを渡されます。
このパスポート、くっそ長い入国審査場を通らずに、パイロットたちが使っている優先的な入国審査場を使えるのですが、なぜか普通のところに並んで入国してしまった気の弱い私でありました。しょうがないので、グリーンパスポートは記念品となりました。
さて、無事に入国した私は現地の日本人スタッフと合流して国の偉いさんに挨拶して、現地に移動となります。その前に、買い物を行います。
通常、私の会社では海外に行くとき、基本的にドルで旅行費用を渡されます。そして、出張の多い私には会社のクレジットカードも支給されており、ドルを現地通貨に両替するか、カードが使えるところでは、なるべくカード払いにします。
出張前に日本での打ち合わせで、私はこう聞いていました。
「モーリタニアって旧フランス領だからドルなんか使えないよ。フランじゃないと駄目だよ」 (当時はフランス通貨はまだユーロではなくフランでした)
「そうなんですか? じゃあ、フランに両替しておきます」
素直に従った私は、現地で笑われることになりました。
「フラン? ドルだよ。世界でドルが使えないところなんてないよ」
しょうがなく、フランをまたドルに両替して、買い物へ向かいます。
装置のある現地まで、ここから車で約5時間。そこは小さな村のため、余分な食料はありません。
一週間滞在予定なので、一週間分の食料を買うために日本人スタッフに連れて行ってもらい、街をうろつきます。
街は基本的に二階建てか三階建て程度で背が高い建物は見当たりません。
ろくに舗装されていない車は古いピックアップ (荷台付きの車)やランドクルーザーがほとんどでした。明らかに中古で十五年以上走っているであろう車があちらこちらを走っています。車検制度のない、この国では車はどうしようもなく壊れるまで使うようです。
さて、買い物は私と現地の日本人スタッフだけでいくのではありません。現地のスタッフ、特に料理人のスタッフが買い物を取り仕切ります。
現地スタッフはアフリカ人らしく色黒の人々がジーパンにTシャツ姿のラフな姿で、次々と食料品を買い込んでいきます。
ちなみに買い物と言っても現地の人が購入して、私はお金を払うだけでした。帰国後、精算するために領収書をもらうのを忘れずにどんどん財布にため込んでいきます。
野菜、お米、油そしてペットボトルの水など、どんどん買い込んでいきます。
現地に冷蔵庫は無いそうです。野菜や米は持ちますが、お肉はどうするかが問題です。
その問題を解決するのがヤギ三頭です。生きたまま車に積み込まれました。
ヤギです。あのメーメー鳴くヤギです。
お手紙を食べちゃうヤギです。
こうして現地の人数名、私、食料とヤギ三頭が車三台に分乗して出発する事になりました。
現地までは舗装された道などない砂漠です。どうやって現地に行くのかという引き潮の海岸を爆走します。
内陸は砂漠のためスタック (砂にタイヤがはまって抜けなくなる現象)を起こしやすいので、引き潮で引き締まった砂浜を走ることになります。
そして、時間がたつと満ち潮になるので、安全地帯まで時間勝負!
車が複数台と言うのも、万が一、一台が車が壊れた時を考えてと言うことだそうです。
ちなみに実際、年間に何台か行方不明になるそうです。
太陽が照り付ける海岸沿いを爆走する三台の車、たまに荷台で鳴くヤギ。
そしてその車の中で眠る私。
私はどこでも寝られるという特技があり、特に車に乗っていると一時間もしないうちにだいたい寝てしまいます。
そして無事に現地に到着!
現地で修理のお仕事。
この村には一軒だけある小売店の冷蔵庫用に自家発電と海水淡水化装置用の発電機、合計二台の発電機があるだけで、それ以外に電気はありません。
万が一のためにアタッシュケース位の大きさの衛星電話を渡されたくらいです。
「本当の緊急時にのみ使用してください。一応、現地について使えるかどうかの確認で一度、使ってみてください」
「分かりました」
アンテナを調整して、衛星の位置を確認。うん、大丈夫。
ちなみにこれは本当に緊急時用で、むやみに使うと目玉が飛び出るほど高額な使用料を請求されると電話を渡されたときに脅されました。
何でこんなアフリカのド田舎に援助しているでしょうか。それはここが漁村だからです。村の唯一の産業である水産業。スーパーでタコの産地を確認してみてください。モーリタニア産を見つけるのは難しくないでしょう。
さて、荷物を置くと早速、装置を確認しました。帰る期限は決まっているため、時間を無駄にすることは出来ません。延長用の食料などないのですから。
そして、装置を見て思わずつぶやきました。
「ふっる!」
昔の写真を見ていましたが、実際の装置を見てあまりの古さと劣化の具合に思わずつぶやいてしまいました。
故障箇所のリストアップと持ってきた部品、現地に保管されていた予備品を確認して、出来る事と出来ない事を把握します。
そして、仕事を終えた私は宿泊施設へ戻りました。
この宿泊施設は普通のホテルなどはなく、大広間と個室、そして共通のトイレだけです。管理人などいません。
個室にはベッドと机、椅子があるだけです。
電気がないため、明かりはろうそくのみです。
食事は大広間にみんなが集まって一緒に食べます。
テーブルや椅子などなく、マットの上に座って食事をするのです。
ご飯の前にみんな、石鹸と貴重な真水を使って手洗い。
なんでかって? みんな、手づかみでご飯を食べるからです。
真ん中の大皿のこんもり山になったお米。
その上に汁たっぷりのヤギの肉。
焼いてあるのか、煮てあるのかは不明。
一つの大皿にもったそれを、みんなで食べます。素手で。
肉は骨付き。
さすがに手での食事に慣れていない私にはスプーンが渡されました。
しかし、スプーンだと、お米はすくえても、肉から骨がうまく外せません。
「ほい、食べな」
見かねた隣の現地スタッフである兄ちゃんが、素手で骨を取った肉を私の前においてくれます。
た、食べるしかないよね。お腹空いたし。
「うん、臭い。クセがある」
ヤギ肉は独特の臭みがあり、ちょっと無理かも。
私は米と盛り合わせの野菜を中心に食べることにしました。
しかし、エビを剥いて渡すオカンのように肉を渡してくれる隣の兄ちゃん。
仕方なく食べます。
苦痛な食事。
二日目までは。
人間って面白いですよね。慣れるもんで、そういうものだとわかれば、大丈夫。
三日目から、お腹空いた。飯まだか~の状態でした。
四日目に気を利かせた、現地の人がヒラメのフライとパンの特別メニューを、私だけ個室で食べたのでした。
「ヒラメ、デカくてうまい! でもヤギを食わせろ!」
一人、ろうそくで薄暗い部屋で叫んでいました。
そんなこんなで仕事をこなしていきます。
そして2~3日ごとに一匹ずつ、いなくなるヤギたち。
食事以外に水は大事なので、風呂はもちろんシャワーなど浴びれません。
それは、村人も同じです。
じゃあどうしているかと言うと、海に入ります。
装置のメンテナンスも順調に終わり、長時間運転をし始めた私も海に入ります。周りには村の子供も楽しそうにきゃっきゃと泳いでいます。しかし私は泳ぐためと言うよりも、お風呂代わりです。
冷たくしょっぱくでっかい風呂はそれなりに気持ちが良いものですが、やはり最後に塩水を流したい私は、装置で出来た真水をかぶります。それを見た子供達が不思議そうに見ているので、こっちにおいでよと手招きするとやってきました。
はじめは恐る恐るだった子供達も真水と分かると嬉しそう真水のシャワーを浴びます。そして、子供達が真水のシャワーを浴びたことで、村人達にも装置の修理が終わったことが伝わりました。
次の日、それまで特に関心を示していなかった村人がポリ缶を持って装置の周りに集まってきました。
実は、メンテナンスする前は、本当にこの装置って使っているのだろうか? なくても生活に支障はないのではないのではないだろうか? という疑問をずっと持っていました。
しかし、やはりどんな場所でも人間には水が大事なのです。
現地スタッフが村人に並ぶように話しています。そして、待っている間、村人はニコニコしながら、話しかけてきます。おそらく、装置を修理してくれてありがとうと言っているのだと思います。
その笑顔だけで、日本から遠く離れたモーリタニアまで来てメンテナンスをした甲斐がありました。
夜。
それまでは夜ご飯を食べて、報告書をまとめて、明日の段取りをしたら窓のない個室でさっさと寝ます。
しかし、その日は仕事も終わり、明日には街へ戻ります。
「こういうところの夜って、真っ暗で星が綺麗なんだろうな。せっかくこんな所に来たんだから、少しは夜空くらい見て帰らないともったいないな」
そう思って外に出てみると意外と明るかったのです。夕方並みの明るさ。
時間は19時過ぎ。
「日が長いのか? 暗くなるまで散歩に行ってみよう」
北に行けば、鳥の聖地らしいと聞いていましたので、北へ向かって歩き始めました。モーリタニアは西アフリカなので海を左手に見えていれば、北に向かっているはずです。
一時間ほど、てくてくと歩いて行きます。暗くなったら引き換えそうと思っていたのですが、一向に暗くなりません。
そして、たどり着いた海岸近くの岩場に大量の鳥。
サギのような鳥たち、夕方のような明るい空、すぐ側に聞こえる波の音。
あまり人が来ないのか、近づいても逃げない鳥たち。
そのなんとも幻想的な風景を一通り見ると、戻ることにしました。
宿にたどり着いた時も、まだ明るく、夜空を見上げることは諦めました。
白夜って南極や北極の現象のはずですが、モーリタニアであんな夜まで明るかったのか、今でも謎です。
そして、次の日、朝早く現場を離れて同じように海岸を走る車。
当然ながら帰りにはヤギはいません。ご馳走様。
君たちの命はちゃんとつないでいきますよ。
そうして一行はお昼前にホテルに到着して、久しぶりの真水で温水のシャワーを浴びます。
「ふ~、生き返る~」
人間、お風呂は大事。それも温水でシャワーを浴びることの出来る贅沢。
風呂上がりにホテルでお昼を食べて、軽くビールを飲みました。
「ふ~、生き返る~」
そして、夕方から国の偉い人の所で報告と夕飯のため、準備を整えます。
日本人スタッフがホテルまで迎えに来てくれて、国の偉い人の家に行きました。
まずは飲み物をと言うことで、元気に答えました。
「ビア~(ビール)」
国の偉い人に笑われました。そして日本人スタッフはニガ笑いを浮かべています。
モーリタニアの正式名称はモーリタニア・イスラム共和国。つまりモーリタニアはイスラム教です。
有名なところで豚肉を食べない。女性はむやみに人前で肌をさらさないなどがありますが、お酒を飲まないという宗教です。
外国人が泊まっているホテルにアルコールはありますが、現地の人の家にアルコールがあるはずもありません。
すぐに気がつき、慌てて言い直しました。
「コーク (コーラ)」
その後はメンテナンスの報告とともに和やかに会食は進みました。
そして、甘党の私はデザートで出されたデーツ (ナツメヤシの実)を一口ぱくり。
中東でお土産買ったデーツは見た目も味もいまいちでしたが、出された物に手を付けないわけには行けません。意を決してひとつ食べてみました。
「あれ? 美味しい!」
思わず、パクパク食べたその夜、胸焼けに襲われました。
食べ慣れないものは控えめにするべきですね。
食料も水も十分にあり、温かなシャワーも水洗トイレも電気も使える文明的なホテルで考えたのは、なぜあの村の人々はあそこに住み続けているのだろうか。
おそらく、答えは簡単なのだろう。
あの村で生まれて、育ったから。住み慣れた土地。見知った人達。命をいただき、水の大事さを知り、子を育てていく。
人が生きるということの基本はそういうことなんだろう。
そんなことを考えながら、来たときと同じようにパリ経由で日本に戻った私はつぶやきました。
「あ~また、ヤギを食べたいな~」
モーリタニアってどこだろう? 三原みぱぱ @Mipapa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます