閑話⑥ 前兆

春彦たちとの合コンを控えていた土曜日に、定時で帰ろうとする真太郎に松原とサブリーダーの北山が水を差そうとした。


あれから2ヶ月後。

その時が来てしまうのだ…。



日曜日の夜のことだった。


スマホで『ギャンブルにハマる若者たち』という記事を見ながら集合寮の階段を下っていたのは後藤範博だ。


「あれ?」


後藤は言葉を反射的に口にした。


真太郎を久々に見たのだ。

そして、真太郎の姿に愕然とする。


派手な服装に見慣れない腕時計。

おそらく身につけているのは高価なものだろうと思った。

この時、真太郎が身にまとっていたものだけでも50万円以上の値段だ。


後藤は自分の部屋に入っていく真太郎に動揺しながらも、またスマホの記事を眺めた。



そして、運命の土曜日の出勤がやってきた。

真太郎はこの週は夜勤だ。


「相葉くん明日から2連休だもんな。北山くんから言われてるけどよぉ、今日相葉くん定時で上がっていいらしいぞ。」


そう機嫌よく話しかけてきたのは松原義朗。

真太郎は松原の優しい雰囲気を見たことがなかった。

いつも自分に笑顔を見せることがないので、不自然さを感じた。


不自然な出来事は、2日前の木曜日にもあった。

真太郎は来週日勤であり、小田原から「来週の公休日を入れ替えてくれないか」と頼まれた。

真太郎は休みが水曜日から月曜日になることで連休になるならと思い、小田原の頼みを承諾した。



休憩時間中のことだった。


「明日と明後日は何するの〜?」


松原は、またも機嫌良さそうに真太郎に話しかける。


実に、真太郎と掛橋が口論になったあの日の休憩時間中「そんなに偉いのか?」と言われた時とお互い同じ位置にいる。


「う〜ん…特に決めてないですね。」


そう真太郎は答えた。


「ストレス発散に時間を遣った方がいいぞぉ。相葉くん残業続きだからさ、たまには定時に帰ってゆっくりしたらいいさ。」


ストレス発散をするほどストレスなんか溜め込んでいない。

晴彦たちと時間を有益に遣っている。

あと定時に帰ったところで普通に寝るだけだ。



翌日朝5時半。退勤の時間だ。


北「相葉、もう定時だから上がっていいぞ。」

松「帰ってゆっくり休んだらいい〜。連休なんだからやりたいことやればいいさ。」

真「みなさんはまだ残るんですか?」

掛「俺らはまだやる事あるから先に帰っていいよ。」

真「それじゃあお先に失礼します!」

小「うん。お疲れ。」


掛橋とは、休日出勤のことで口論した時以来揉めておらず、普通に会話している。

鹿嶋ともその時以来会った時は普通に話すが、違う班なのでそれほど会うことがなかった。



真太郎にとってはこれが最後に見る現場の光景だった。


いつものように退勤していった。



そして真太郎は知らなかった。

北山が真太郎の後ろ姿がないのを確認していたことを。


「相葉帰ったからみんな集まろう。」


残った人たちは北山の呼びかけに応じた。


「いやぁ〜やっといなくなったかおい…。」


松原は真太郎がこれから何が起こるかわかっていないし、起きた時のことを考えると面白いのだ。


それに加えて、現場に残った人たちの前で衝撃的な一言を口にする。


「いや〜〜本当あいつは"◯◯を◯った◯◯"だな〜。そんな奴がね…もう〜間近にいたと思うと…本当あり得ないよ。」


真太郎のことをそう呼んだのだ。

同じ班の北山も小田原も掛橋もその表現については、いかがなものかと感じていた。


真太郎は、全力で遊び全力で仕事をしている中で、この言葉を聞くことになる。



真太郎は帰ってから、いつもであればそのまま布団に入って寝るのだが、この日は違った。


「片付けようか…。」


そう言って、部屋中に散らかっているものを片付けたり捨てるなど掃除し始めた。


単純に部屋に置いておいて使わなかったものは車に詰め込んだ。



そう。寮を出る準備をしていたのだ。


木曜日になって次の週の公休日を月曜日にくっ付けることの意図。

派遣先の上の立場の人たちが平日に出勤することで、俺の休みに合わせて決定的事実を突きつけてくるだろう。

それに、派遣先が副業禁止の中で俺が他に稼いでることは自然と誰かにバレていたのだろう。

そうとわかってこれ以上給料を払いたくはないよね…!?


いつもは何かとケチをつけたり人のミスを陰で悪くいうオッサンが、途端に優しい態度になるなんておかしなことだ。



とてもわかりやすい前兆だった。



まだ早すぎるがあらかじめ言っておく。




お世話になりました!!!!

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