第16話 お互いにとっての思い出

俺と武史たけふみにとって、小樽には純粋な思い出がある。


無料で蕎麦そばを食べながら、もう一缶ビールを手に取りながら話し合う。



相葉は地元の公立高校に通っていた。


大学への進学を希望していたため、高校3年生の時は受験勉強に励んでいた。


大学でのカリキュラムを聞いたりサークル活動などを体験できるオープンキャンパスというイベントがあった。


相葉は小樽市の国立大学を第一志望としていたので、この大学のオープンキャンパスに参加するため、地元のとあるオホーツク管内から初めて一人旅を経験したのだ。


出発は日曜日の午前8時頃。

予約していた高速バスに乗って札幌へ行った後、JRに乗って小樽駅に行く。

小樽駅に着いた後は、駅から少し坂を下った所に予約していたビジネスホテルに泊まるという流れだ。


俺は人生で初めて体験する一人旅に心がおどった。


一人だけで回転寿司行ったり、夜遅くに一人だけでファストフード店に行ったりコンビニに寄ったりと門限がない中での自由行動。


何もかもが初めてで、地元にいる時にはまずこんな自由な行動は起こさなかった。


これが大学生か…。

一人でこんなに自由に過ごせて大学生活を満喫できるのか…。


そんな風に感じていたのは鮮明に覚えている。



だが、センター試験の結果により小樽市の国立大学に合格するレベルには至らなかった。


しかし、遠く離れた釧路市の公立大学に合格したため、そちらで大学生活を過ごした。



でも不思議だ…。

かつて大学に入りたくて来たかったこの町を、大人になって満喫しているのだから。



一方、武史たけふみにとっての小樽の思い出は、『おたるうしおまつり』という夏に行われるお祭りだ。


実に4年前のことだ。

当時、地元の旭川あさひかわ市に住んでいたこともあり、両親と弟と小樽に来ていた。


うしおまつりで武史たけふみが単独行動している中、ある一人の女の子と出会う。


女の子が買った食べ物と飲み物を持って座れる場所を探していた。


島「あっ、どうぞ。」


武史たけふみは女の子にテーブルを譲ろうとしたのだ。


女「あっ、いえ。よろしければ一緒に座りましせん?」

島「あっ、いいんですか?」


女の子は他に座れる席がないので、武史たけふみと相席することになった。

一見カップルのようだ。


武史たけふみにとって、それはまるで奇跡のひと時だった。


名前は十文字じゅうもんじひかり。

武史たけふみよりも2歳年上。

つまり相葉と同い年だ。


ひ「武史たけふみくんって小樽に住んでいるんですか?」

島「いえ、旭川に住んでます。」

ひ「え〜遠いですね。」

島「高速に乗って車で3時間くらいですけど休憩挟んだらちょっと越えてしまいますね。」


2人とも緊張しながら喋る。


島「ひかりさんはどちらに住んでるんですか?」

ひ「清田です。」

島「き…清田?」

ひ「はい。」

島「清田ってどこですか?」

ひ「あっ、わからない…ですか?札幌ですよ。」

島「あはは…大抵のことは旭川で済ませられるんで札幌にはあまり来ないんですよ…。」


当時の武史たけふみは、札幌のことをよく知らなかった。


ひ「ふふふ…武史たけふみくんって面白いですね。」

島「いやぁ、そんなことないですよ〜。」

ひ「あたしそういう人と一緒にいるとなんかすごく安心するんですよ。」



恐らくこの一言がきっかけだろう。

武史の胸がキュンと鳴った。

初めてのことだった。



武史たけふみは、ひかりに恋をしたのだった。


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