第44話
姫野との電話を終えて、結城も皆の話に参加しました。
風見から今回の件で野上に起こったことの説明も終わっており、いよいよ「仮面ライダー計画」の延期を伝えます。
延期の理由を聞いていた二人の表情はどんどん固くなっていき、自分たちが作ったものが「人の命を奪う物」になる可能性を否定出来なくなっていました。
「……先に話しておくべきだったんだが、俺の方で試作機の製作はストップしてある。申し訳ない。」
「いや、謝らないでくださいよ。……俺も、その方がいいと思います。止めるなら少しでも早い方がいいんです。」
「そうですね。俺も日高さんと同じ意見です。」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。」
予想通り反対意見が出ることもなく受け入れられた。これが普通の感覚であるのかもしれないが、会社としての判断は違うのかもしれない。
とりあえず作ってしまって、売れる物であれば売ってしまえばいいとされるだろう。売った後で、どんな使われ方をされるのかは問題ではない。自動車メーカーが無差別殺人の道具にされるから自動車は作らない方がいいとはならない。
社会にとって有効活用されるケースが多くなれば、些細な問題には目を瞑ってしまえば支障は出ない。風見の判断が会社にとって背信行為に当たらないとは言い切れないのだ。
「……俺も反省しないといけないですね。調子に乗って、そんな危険なことを全く考えていなかった。」
日高が俯きながら言った。
「そんなことはない。話し合いの場を作って、冷静に分析すべきだったんだが、それを怠った俺の責任だ。」
風見が日高を励ますように言うが、誰も風見の責任だとは思っていなかった。イケイケの時に立ち止まって冷静になることは思っている以上に難しい。
「ただ、チームとして提案した物を延期するんだから、代替え案を早急に用意しないといけない。そうしないと上が黙っていないと思うんだ。」
「……ですよね。」
「今までも忙しかったけど、もう少し踏ん張ってくれ。」
全員が現状を理解して、「はい。」とだけ返事をする。
野上としては、そんな中で自分だけ有給休暇を取ってしまっていいのか迷っている様子だった。
「さっき、姫野さんから連絡があったんだけど、お前からもお礼をしておいてくれよ。……お前はちゃんと休んで、全部一旦リセットだ。」
野上が苦しんでいたことを知っていればこそ、誰も反対する者はいない。落ち着いて見えていても、この数日で野上の価値観は何度も変えられてしまっている。心は疲弊しているはずだった。
「はい。すいません、ありがとうございます。」
結城は野上に声を掛けて話は終わるはずだったのですが、風見が乾に質問をしました。
「なぁ、乾。……以前、黒川教授を紹介してくれたのは滝田部長って言ってたよな?」
「あっ……。はい、言いました。」
「本当のことを教えてもらいたいんだが、問題ないか?」
「えっ、あ、そうですね。……黒川教授にアポを入れるように言ってきたのは、北村常務です。……スイマセン。」
「いいよ。口止めされてたんだろ?」
「どうして、そんなことで嘘をつくのかは分かりませんが、『この情報は滝田から聞いたことにしておけ』と言われました。」
「……でも、北村常務か。」
「そんな情報に野上さんを巻き込んじゃって、申し訳ないです。」
野上は首を横に振って、乾を責めることはない。
風見と結城は今まで業務が不自然なほど順調に進んでいたことと、黒川教授の情報提供者が北村常務だったことを結び付けて考えてしまいます。
「少しだけ聞いたんですけど、北村常務ってマズい状況らしいから早く手柄を上げたかっただけかもしれないと思ってたんです。」
「俺たちも、そう考えてた。……でも、それだと滝田部長からの情報だなんて嘘をつく理由がないんだ。」
「そう言われると……。手柄を全部自分の物にするのなら、黒川教授のことも北村常務の紹介にする方が自然ですね。」
となれば、意図的に滝田部長の名前を出したことになる。滝田部長に手柄を上げさせるためとは到底考えられず、滝田部長を陥れるための策謀とする方が納得できる。
――となれば、手遅れか?
風見と結城は同じことを考えていた。
◇
その週の週末、結城は妹の買い物に付き合わされることになる。
「……充雄君はどうしたんだ?」
「昨日、駅の階段で足を挫いちゃったみたいで運転できないの。……家で休ませてる。」
それでも身重の妹から頼まれてしまえば断ることも出来なかった。気晴らしも兼ねて、大型商業施設まで車を走らせる。
休日は混雑しており、子ども向けのイベントが開催されていた。ゲームキャラの着ぐるみが何体も店の中を歩き回って、子どもたちと写真を取ったりしていた。中には風船を配ったりしているモノもいる。
「すごいな。」
イベントがなくても混雑しているだろう場所で、更に賑わいを見せるような状況。そんな光景を見て、結城は圧倒されてしまう。
思わず周囲を見回してしまっていると、そんな場所に溶け込むことも出来ずにいる人物を発見してしまった。
子どもたちが着ぐるみと楽しそうに握手したりしている様子をジッと眺めている。
「どうしたの?」
「あっ、あぁ。……ちょっと知り合いを見つけたんだ。」
それはアフマドの姿だった。
アフマドは結城の視線に気が付いたのか、一瞬だけ驚いた顔をみせる。
「えっ!?……あの人なの?」
するとアフマドは結城のところへ向かって歩き始めていた。
「こんな場所で結城さんとお会いするとは思いませんでした。」
「ええ、私もです。」
この言葉に嘘はないだろう。こんな場所で出会ったのは偶然でしかない。
「……奥様ですか?」
「えっ?……あぁ、違いますよ。妹です。」
「そうですか。初めまして、私はアフマドと申します。よろしくお願いします。」
「あっ、えっと、妹の草間佳奈です。よろしくお願いします。」
妹もアフマドの雰囲気に気圧されているのかもしれなかった。それでもアフマドは優しい笑顔で妹を見ている。
「……新しい命を授かっているのですね。」
「はい。今、八ヶ月なんです。」
結城は以前アフマドが語っていた内容を思い出していた。
望まれず生れてきたことで理不尽な不幸を背負わされてしまうアフマドの国の子どもたちの話だった。
――着ぐるみと並んで嬉しそうな子どもたちを見てたんだ。
それだけの行動が意味しているものは大きかった。結城が理解出来るような心情ではないのかもしれない。
「……お兄ちゃん、私ちょっと見たい物があるから、ここで待ってて。」
「えっ!?いや、一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるでしょ。お兄ちゃんに邪魔されずに、ゆっくり見たいんだから待ってて。」
そう言い残して店内に消えていった。単にアフマドと話せるようにしてくれたことは結城にも分かっている。
「……待ち遠しいですね。」
「そうですね。今から楽しみです。」
結城は本心で語ることにした。アフマドの国のことを気遣って、自分の気持ちを偽って話すのは却って失礼な気がしている。
「……子どもたちを見ていたんですか?」
「ええ。それと、あの大きなヌイグルミを。……中の人は大変でしょうね。」
「大変ですね。私も学生時代のアルバイトで着たことがあるんですが、夏場は地獄でした。」
「日本人は全身を覆うものが好きなんですね。」
「はは、そうかもしれません。……でも、子どもたちの前で中に人が入っていることは秘密なんです。」
「秘密!?……明らかに人が入っているではありませんか?」
「それでも絶対に人が入っていると思わせてはいけません。あの着ぐるみは生きているですからね。……だから、どんなに大変でも子どもたちの前で着脱をしてはいけないんです。」
「ですが、そんなことを信じていられるのは子どもの頃だけです。」
「子どもの頃だけ信じていればいいんです。あの子たちが成長して事実を知った後は、自分たちが子どもを信じてあげさせる立場になる。」
「……無駄な労力ではないのですか?」
「無駄ではありません。それでは『夢を壊すな』と言われてしまいますよ。」
「あの子たちが大人になった時、騙されていたと怒ったりはしないのですね。」
「……そんな話はあまり聞いたことないです。何となく受け入れていくんです。……『あれも優しさだったんだ』って。」
アフマドが驚いた様子で再び着ぐるみと子どもたちを見た。
冷静に考えれば、あの中に人間が入っていないことを信じさせることに意味はないのかもしれない。だが、「あの中には人が入ってるんだよ」と説明する親はかなりの少数派になるだろう。
そんな光景を眺めたままで、アフマドは語り始めた。
「私の国で、大勢の人の中であんな物を着ることは出来ません。」
「どうしてですか?」
「……武器を隠し持ってしまえるからです。……あんな得体の知れない物に何の疑いもなく子どもを近付けられてしまう親の心境が理解出来ませんでした。」
「そんなこと、考えもしませんでした。」
「結城さんは私の国の事情をご存知ですか?」
「……ネットで調べられる情報程度しか分かりません。」
文字に置き換えられた情報だけで知っているとは言えなかった。
野上も白井から映像で本当の姿を見せられて自分の無知が怖くなっただけである。そして、自分に出来ることを探して追い詰められてしまっていた。
「現在の独裁政権から脱却を願って、国内各所で内戦が勃発している。」
「……そうですね。その通りです。……ですが、そんな記事には私の両親が殺されてしまった情報は載りません。」
「はい。私たちは知らないことの方が遥かに多い。」
「いいのです。私も、『あのヌイグルミに人が入っていないと教えている』ことなど初めて知りました。……私たちの国では子どもに『現実』しか教えないのです。」
「『現実』……、ですか?」
「ええ、『こうあるべきだ』『こうでなければならない』と、ただそれだけを教えるのです。」
こんな話をしながらでも、アフマドの表情は柔らかくなっているように感じた。前回、ソファーで向かい合って座って話をした時とは雰囲気が違っている。
「もしかしたら、それがいけないのかもしれません。」
「えっ?」
「結城さんは、独裁者が何故生れるか考えたことはありますか?」
「……権力を握って、自分の思うままに国を支配したいからではないんですか?」
「それは独裁者が生れた理由ではないのです。結果的に独裁者になったとしても、何故そこまで自分の考えを押し通す必要があるのでしょうか?」
「それは……、分かりません。」
「国などと言う大きなものを私物化して、使い切れない程の財産を持って、楽しいことなどあるのでしょうか?……銅像を建てて崇めてほしいのなら、私たちに幸せな時間を与えてくれるのであれば、いくらでも建てます。毎日でも崇めます。」
表情が柔らかい分、アフマドの言葉は悲痛な叫びに聞こえてしまう。
「……ですが、あの子どもたちを見ていて、結城さんのお話を聞いて、少しだけ分かった気がします。」
「あの子たちを見ていて、分かったんですか?」
「ええ、自分の思うままに支配したいということは、自分の価値観以外の存在が許せないのです。『あのヌイグルミの中に人間が入っていない世界』は許されないのです。」
「まさか、そんなことくらいで独裁者には。」
「フフッ、もちろん例え話です。……ですが、あらゆる可能性を消し去ってしまう教育を受けてしまえば、自分の価値観以外は認められなくなる。」
「……洗脳に近いことがある?」
「はい。無知であることも、ある種の洗脳かもしれません。」
そのことに関しては、結城も実感させられたばかりである。
自分の知っている世界しか認めなくなってしまえば、譲ることも出来なくなり否定する人間を退けてしまう。それだけのことなのだろう。
「さっき、小さな男の子が私にぶつかった時、『ごめんなさい』と言ってきたんです。それは普通のことかもしれませんが、驚きました。」
「驚いたんですか?」
「謝罪の言葉などは無闇に敵を作らないため、便宜的に使うものだと教えられたのです。……でも、その子どもは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。」
「悪い事をしたと思ったのなら、素直に『ごめんなさい』と言えるように、私は親から言われました。」
「……私は日本人が洗脳されていると考えて、必死に日本語を勉強したのです。」
「日本人が洗脳!?」
「はい。『銃は必要ない』『核兵器など必要ない』『争う必要などない』と、洗脳されて育っているのだと考えたんです。」
「……もしかして、ご自身の国でも実践するため?」
アフマドは結城の質問には軽く微笑んだだけで答えてはくれなかった。
結城は、その表情を見て、アフマドの考えを理解する。
「そんなことをしなくても、子どもたちに『夢』を与えてあげるだけで良かったのかもしれません。……あんなヌイグルミで風船を配ってあげるだけで良かったんだ。」
結城は普段何気なく見ていただけの光景が、すごく価値のあるものに思えていた。
確かに、あの着ぐるみの中に人が入っていないと考えること自体に無理はある。それでも、大人たちは現実を見せないように考えて発言するのだ。
たったそれだけのことに違った価値観を与えられた気がした。
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