第31話
風見の説明では所々に、「仮面にする意味はあるのか?」「変身ベルトに端末を内蔵する必要性は?」などの疑問は生じてしまう。半分以上が「こじつけ」でしかなかったが、四人は敢えて黙殺した。
「……野上が、思案していた救援活動の現場でも最高のカタチだと思うんだ。」
風見は自信満々で断言してしまう。
この場にいる四人は、こんなにも活き活きと話しをする風見を初めて目にしていた。
「それに、これを一体作ることで、今取り組んでいる全ての技術を盛り込んだ試験が出来るんだ。こんなに効率的なことはないんじゃないかな。」
確かに最先端の技術を集合させたカタチにはなる。
仮面ライダーが技術の集合体であることとも共通していたので、使用する目的が違うだけでしかない。
片や「悪を倒して人々を救うため」に技術を使用している。片や困っている人の手助けをするに技術を使用する。どちらも『正義』なのだから共通点は多いのかもしれない。
「……著作権上、問題ってないんですかね?」
結城は懸案事項を潰す作業を始めていた。風見が前向きに考えている以上、この計画は止まらない。
そして結城も止めたくはなくなっていたし、他の者も止める気はないだろう。
「まぁ、デザインをそのまま使うわけじゃないし、それっぽいカタチを真似るだけだから大丈夫じゃないのかな。ご当地ヒーローとかもあるくらいだし。……稼働テストする試作機で、販売するものじゃないから問題ないだろ。」
「怒られる可能性って言ってましたけど、たぶん怒られるのは風見さんと俺だけになると思います。もしかすると処分の対象になるかもしれませんが……。」
「別に俺は処分されても構わないけど、……結城を巻き込むのはマズいな。」
「……いや、風見さんが処分覚悟で依頼するなら、俺も同罪で構わないです。」
「いいのか?」
「こんなチャンスは二度とないでしょうから、面白そうですし。」
全く躊躇することのない覚悟を持って、仮面ライダーを作りたいと思ってしまう。解雇まではあり得ないが、人事評価に関わる危険性はゼロではないだろう。
「この中で、参考にできそうなデザインもあると思うんだ。俺のデスクに置いておくから、皆も使ってくれ。」
そう言って、風見は何冊か仮面ライダーの写真集を紙袋から出した。他の三人は、その様子を笑って見守るしかない。
こうして、ヒーロー型試作機計画は風鈴チーム全員一致で進められることになった。
◇
金曜日、結城は瀬川とセンサーの相談をするために打合せに出ていた。
開発ルームには風見と日高が残っており、試作機の依頼書の作成を急いでいる。結城が部屋を出て行く時も気付かない程に集中していたので、依頼書完成も時間は掛からないと考えられた。
しかしながら、結城が開発ルームに戻ると、風見は東部大学との契約書のドラフトを添削していた。社内の法務部から突然に届けられたらしい。
「試作機を作るにしても、『くろかワイヤー』の契約は先にまとめておかないとな……。」
風見は依頼書作成を優先したい気持ちを抑えて、契約書の確認作業に入っていた。
契約の取り交しが完了していなくも、試作機の段階では問題なかもしれないが放置しておくことも出来ない。
「黒川教授が社内の誰に依頼して、この契約書が出来たのかは分からないままだ。しかも、本当に短期間で契約書ができるなんて気味が悪い。」
「他の全ての仕事が、これくらいスピーディだったら、今頃うちの会社は大企業になれてますよね?」
「それは、なさそうだな。普段やり慣れないことするから、間違いだらけだ。……ちょっと、法務部に確認しに行ってくる。」
「大丈夫ですか?俺が行ってきましょうか?」
「いや、苦情も言いたいから自分で行くよ。契約書のドラフトが再発行されたら、結城のチェックも頼む。」
そう言い残して、風見は部屋を出た。時計は既に19時を回っている。
部屋に残っているのは結城だけになってしまっていた。日高は帰宅したのか出掛けただけなのか分からないが不在。ホワイトボードには何も書かれていなかった。
結城は、これまでのデータを整理しながら風見の帰りを待つことにした。急ぎの仕事もなく先に帰ろうかとも悩んだが、法務部から戻った風見の話も聞いてみたいと考えていた。
風見が出て行ってから五分程経った時に、訪問を知らせるコール音が鳴った。
この開発ルームでの訪問者は少なかったので、何の音が鳴っているのかを判断するまでに時間が必要になる。
少し間を置いて立ち上がり、壁に設置してある訪問者用のインターホンを確認した。
訪問者の名前を示す液晶には「ゲスト」としか表示されず、個人を特定することが出来ない。「ゲスト」となれば社外の人間であり、個別の開発ルームに社内の人間が単独訪問してきていることになる。通常は来客用の応接室でしか対応しないことになっている。
その時も、受付けから応接室へ行くだけで、社員用スペースへの立ち入りは禁止されていた。あくまで「ゲスト」表示は設定が残っているだけであり、本当に表示されることはあり得ない。
結城は、少しだけ悩んでからインターホンで応対した。もっと遅い時間であれば恐怖していたかもしれない。
「……どなた、ですか?」
「私、アフマドと申します。」
落ち着いた低い声で、全く予想していない名前が返ってきた。
「えっ!?……あっ、はい。あの、お待ちください。」
結城は驚いたが、ドアを開けて入室を許可することにした。
「確か結城さん、でしたね。こんな時間に申し訳ありません。」
初対面の時には、アフマドを一方的に紹介されただけであり、結城たちの名前は伝えられていないはず。
しかし、結城の名前はアフマドにも教えられていたのだろう。
「いえ、それは構わないですが、驚きました。風見は、少し出ていて不在ですがよろしいですか?」
「それはタイミングが悪かったですね、残念です。……結城さんとは少しお話させていただいても大丈夫でしょうか?」
「私で、お相手できるのであれば大丈夫です。」
結城は、社員以外が個別の開発ルームを訪ねて歩き回るところを初めて見た。今までも構内でアフマドの姿を見かけたことはあったのだが、社員食堂や休憩所などの共有スペースだった。開発ルームがあるエリアよりは秘匿性が低い場所になる。
アフマドと言う男は、この会社にとって大きな影響力を持った人物としか考えられなくなっていた。
だがしかし、滝田部長は知らないと言っている。
「先日は、顔合わせ程度でしか時間が取れませんでしたので、北村さんに無理を言ってIDをお借りしたんです。」
流暢な日本語で、会話をしていても全く支障がなかった。「日本での生活が長いのだろうか?」そんなことを結城は考えた。
「そうだったんですね。『ゲスト』の表示だけなんてあり得ないことなので驚いてしまいました。応対が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。」
「……あり得ないこと、なんでしょうか?」
「えぇ、一応秘匿性の高い情報を取り扱っている部署もありますから、『ゲスト』の方が自由に歩き回ることは考えられないんです。……貴方が、それだけ優遇されているということになるんですね。」
その瞬間、アフマドは鋭い視線を結城に向けてきたので緊張が走る。
「優遇なんて、そんなことはありませんよ。ただ、私の活動にご賛同いただいているだけです。」
アフマドを応接セットに案内して、結城は二人分のコーヒーを入れてテーブルに置く。
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