第30話
紹介された日以降、風見と結城は社内でアフマドを目撃することが何度かあった。
立ち入り禁止エリアでも平然と歩き回っている姿に、不審な目を向けている社員もいたが、当の本人は全く意に介していない。
風鈴チームの開発ルームへ直接訪れることはなかったのだが、進捗状況は細かく確認しているらしい。アフマドの動向については、滝田部長から風見へ連絡が入っている。
「俺の伝言を聞いた北村常務は顔を真っ赤にしていたらしいよ。」
風見からの情報で結城が覚えている内容はそれくらいしかなく、目立った動きはなかった。
週が変わった木曜日、開発ルームには朝から5人が揃っていた。
日高から前夜にチャットで、「試作機に関してのアイデアがあるから全員で相談したい」と連絡があったので、それぞれに調整して集まっている。
ビジネスチャットでグループを作ってはいたが、5人だけであれば使う機会は少なかった。
思いついたことを早く確認したかったようで、珍しく気持ちが抑えきれなかったらしい。そんな日高からの連絡には皆が驚かされることになった。
乾がコーヒーを準備してくれていた。各自が自分の席で日高からの話を聞く準備を整える。
日高は、大きな紙袋を持参していた。
風見も紙袋を持っていたのだが、他の3人はそっちらの方も気になってしまっている。相談を持ちかけた日高が資料を準備しているのは理解できるが、風見が持っている物は予想が出来ない。
コーヒーも配り終わっていたので、風見は席に座ったまま話し始めた。
「それで、早速だけど日高……、全員で相談したいことって、何かあったのか?」
風見から話を振られて、日高は席から立ち上がった。
「はい。……あっ、その前に夜遅くに連絡を入れてしまって申し訳ありませんでした。」
そう言うと、日高は軽く頭を下げた。
いきなり本題に入ることなく始まったことで、改まった雰囲気が演出されたように誰もが感じている。
「それで、相談したかったのは、この件なんです。」
紙袋から「くろかワイヤー」のサンプルを取り出した。そして、もう一つ、黒くて分厚い布のような物も数枚手にしていた。
「こっちのワイヤーは皆も見ているので分かると思うんですけど。……こっちは、炭素繊維の生地です。軽くて強度もあるし、導電性の素材です。」
話しながら、その生地を皆に配った。
受け取った生地を、それぞれが伸ばしたり捻じったりしてみた。
炭素素材は様々な産業で使用されている素材となっていて、レーシングカーや旅客機にも使われて一般的なものになっているので珍しさは感じていない。
日高は、ホワイトボードを使って手書きの図を加えながら説明を始めた。
炭素繊維の中に「くろかワイヤー」を何本も一緒に織り込んでしまい、それで人間が身につけられるような服に加工する案だった。
何本も使用することで大きな負荷にも耐えられるようになり、炭素繊維であれば強度も確保出来るようになる。
更に、その炭素繊維の服をゴム素材で覆うことで三重構造の服にすれば、電気信号を閉じ込めてしまうことになり人体に影響は出ない。
全身に張り巡らせた「くろかワイヤー」に電気を流して、着ている人間の関節を曲げ伸ばしさせることを目的としたスーツだった。「くろかワイヤー」の伸縮する力を借りて、着用者の筋力以上の力を出させることも見込まれている。
「でも、そんな都合よく関節を曲げられますか?」
乾が、生地を引っ張りながら日高に質問した。
「腕や脚の関節毎に、前面と背面の伸縮率を変えれば理論上は可能だと考えてる。すごい乱暴なやり方になるから着ている人の負担は大きいけど、試作機でテストだけしてみたいんだ。」
「まぁ、試験だからね。身体に掛かる負荷も試してみる意義はあるのかもな。」
結城は、自身の腕を曲げ伸ばししながら感想を言った。イメージしてみただけでも強引な方法だとは理解できている。
「体全体を覆うことになると、ダイビングの時に着るウェットスーツみたいになるのか?」
「そのものだと思います。風見さんから『体にフィットする』方がいいと言われて、この案を考えてみたんです。最終的には上半身だけとか下半身だけとかにしてもいいと思うんですが、試作機で全身をテストした結果が知りたいんです。」
「……まぁ、せっかく作るんだから、その方がいいと思う。後から使う箇所を限定していけばいいんだ。」
「『くろかワイヤー』の位置や長さは、かなり工夫が必要だとは思うんすけど、風見さんからのアイデアも含めて考えてみました。」
使用する技術が新しいが、考え方はアナログ方式を組み合わせただけになっている。先日、風見が書いて説明してたのは、この方法だったのだろう。
身体の内部にある筋肉の収縮を、身体に張り巡らせたワイヤーの伸縮で外部から補強する。第一段階の試験としては、その程度でしかないのかもしれない。
しかしながら、ゴムで全身を覆うのであれば、着ていられる時間にも制限があるだろう。
そこまでのやり取りを聞いていた風見が、何故か満足そうな表情を見せていた。
「東山部長も、試作機はテストだけができる状態で製作しても構わいって言ってたしな。とりあえず試す価値はあるだろうと思う。」
風見は含みを持った言い回しで日高の説明に続いた。それから、四人を見渡しながら問い掛ける。
「実は、俺も製作してみたい試作機のアイデアもあるんだ……。上から怒られる可能性が極めて高いんだけど、聞いてもらえるか?」
怒られることなど気にも留めていない言動ばかりしていた風見からの発言に皆が身構えることになった。
日高は自分が担当している説明を終えて、席に戻っている。これまで風見と話し合いをしている中に「怒られそうなアイデア」は含まれていなかったので、不思議な表情で風見を見つめていた。
「今更の話なんじゃないですか?新しいことに挑戦するなら、それくらいの覚悟はしないと難しいですよ。」
結城は、風見の話を聞いてみたくなっている。
ここまで来ているのだから躊躇することも煩わしかったし、風見のアイデアに乗ってみるのも面白いと思っていた。もしかしたら、怒られる前提で実行してみて、「上」がどんな反応をするのかも探れるかもしれない。
風見は、紙袋を机の上に置いた。「ドカッ」と低く響いた音から察するに内容物の重量は結構ある。紙袋から緩衝材にくるまれた物体を取り出して、丁寧に剥がして中身を皆に見せた。
勤務先に持ってくるには凡そ適さない中身を見て、四人は言葉を失っている。
それは、仮面ライダーの精巧に作られたフィギュアだった。
「……俺が作りたいのは、『コレ』だよ。」
茫然自失。
この場を表現するのに、これ以上の言葉はなかった。四人は、風見の発言とフィギュアを交互に見ている。
――フィギュアを作りたいってことか?
――偽物を作っても仕方ない。
――本物を作るのか?……そもそも本物って何?
結城たちは各々で風見の言葉の真意を必死に探してみたが見つかるはずもない。
前回の居酒屋会議で、野上が「ロボットは作れない。」と言ったことを瞬間的に結城は思い出した。その時以上の衝撃かもしれない。
風見は、「仮面ライダーを作りたい。」と発言したことになる。
言葉を失っている四人を置き去りにして、風見からの説明は続いていた。
「仮面にある大きな目の内側に『棚ぼたカメラ』を左右に仕込みたいんだ。眼鏡に取り付けることも考えたけど、『棚ぼたカメラ』は重すぎてダメだった。仮面を被ることでカメラ位置は安定するし、見ている方向と連動させることが可能になる。」
次に、上半身のプロテクターの中に「くろかワイヤー」へ流す電気の制御装置や電源を仕込む。
プロテクターの下に着ているのは、日高が発案していたゴムスーツを着ることになるので、仮面ライダーの姿が最適だったらしい。
変身ベルトの場所には「棚ぼたカメラ」で撮影した情報を取り込む携帯端末を取り付ける。端末からの情報がプロテクターの制御装置と連動することで、人間が身に纏う装置が完成した。
と言うものだったが、大半は強引なこじつけであることは全員が理解している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます