第25話

「そうですね。感情的な言い方をしてしまったみたいです。申し訳ありませんでした。」


 姿勢を正して謝罪をした野上を見て、乾は微笑んでいた。


「せっかくの肉とワインですから、楽しく食べましょうよ。」


「俺は、ワインを飲ませてもらえないけどね。」


 結城はジンジャーエールのグラスを見せつけながら、嫌味っぽく笑って見せた。


 それからは、談笑しながらの食事を楽しんだ。

 野上にも以前ほどではないが笑顔も戻っている。結城は、彼の中に『苛立ち』を感じていた。何に対して苛立っているかまでは分からないが、感じることが出来ただけでも収穫は大きい。


 毎回の食事は、正確に割り勘とされる。

 この中で結城が上司となっているが、二人から希望されたのは「奢ってもらうより、送ってもらいたい。」だったので割り勘を受け入れることにした。


 満腹になった後も二人を自宅まで安全に送る仕事が結城には残っている。

 風見や日高が参加することもあるのだが、基本的にハンドルキーパーは結城が担っていた。お酒も好きだが運転も好きなので、この対応に不都合は感じていない。


 結城はナビに頼ることもなくなり、迷わずに車を走らせることができるようになっている。

 結局、二人が飲んだのはワインに止まらず日本酒を飲んだりしているので良い感じに酔っ払っていたので、車の窓を開けて風を感じながら酔いの火照りを冷ます。結城も、室内に入り込んでくる新しい空気を心地良く感じていた。


「はい、到着。」


 最初は、乾の家に到着した。

 家とは言っても、マンション近くにあるコンビニの駐車場に車を止めている。

 コンビニで、三人は買い物を済ませて帰宅するのが、お決まりのパターンとなっていた。


「お疲れ様でした。ありがとうございます。」


 買い物を済ませて、車に乗りこんだ二人に乾が声を掛ける。


「お疲れ様。それじゃ、また来週な。」


 結城は、乾に言葉を掛けてから車を出発させた。助手席に座る野上は、乾に向けて右手を上げて挨拶をしていた。


 コンビニを出発してから、しばらくは車内は沈黙に支配される。


「結城さん、今日は絡むようなことを言ってスイマセンでした。」


 沈黙を打ち破ったのは野上で、いつの間にか窓に向けていた顔を結城に向けていた。


「全然、気にすることはないよ。何か想うことがあるのなら、言ってくれた方が助かる。」


「そんな……、別に想うことなんてありません。」


 そう言って、また窓の方に顔を向けてしまった。

 結城も、それ以上無理に聞き出すことはしたくない。


 以前の結城であれば、強引に聞き出そうとしたのかもしれない。その点については、風見という上司と付き合い始めたことで変化しており感謝していた。


「……最近。……俺、何も出来てないなって考えてて。」


 ポツリと漏れ聞こえてくる野上の言葉だった。


「空回りしているっていうか。……もっと何か出来ることがあるんじゃないかって不満で。」


 苛立ちの原因は、自分への不満らしかった。

 だが、自身に対して不満を持つことは悪いことではないと結城は考えている。


「それは、自分に出来ることがあると信じてる証しだから、大事な感情だと思うよ。空回りだって、悪くない。」


 それを聞いて、野上が再び運転席の結城を見ている。


「でも空回りって、自分だけジタバタしてるだけで、前に進んでないじゃないですか?自分の行動に意味があるのかなって……。」


「意味のない行動なんてないよ。空回りって言っても、ちゃんと回転してはいるんだから大丈夫。何かきっかけがあれば噛み合って、凄い勢いで前に進み始めるから安心しな。」


「……前に進めますか?」


「当然だ。それに、今のチームは全員が空回りしてる状態で、乾だけが気にする問題じゃない。」


「えっ?全員が空回りしてる?」


「あぁ、歯車が空回りするのはお互いの溝が浅いからで、今の俺たちは溝を深くしてる段階だ。乾が空回りしていると感じるのは、俺たちの責任でもある。」


「……そんなことはありません。」


「いや、お互いの歯車がしっかり噛み合わない状態で、自分だけ責任を感じることは間違ってると思う。」


 結城は、前を見て運転しているので野上を見ることはなかったが、鼻をすする音が聞こえてきた。


「大丈夫だよ。風見さんも俺もいる。日高だって乾だっている。俺も、このチームに来る前は少し腐ってたんだけど、今は良かったと思ってる。……お前は、ちゃんとやれてるよ。」


 多少気障な表現で結城には気恥ずかしさもあるが、伝えられる言葉の出し惜しみをして後悔はしたくなかった。

 結城の言葉が野上にとって、どのくらい救いになるのかわ分からなからない。それでも、チームには仲間がはいてくれる。


 そのことを野上が忘れずに実感出来ていれば、大丈夫だと思っていた。結城の言葉が、そのきっかけになれさえすれば良かった。



 野上のマンションは、人家の比較的少ないエリアに建っている。それほど遅い時間ではないのだが、周辺は閑散としていた。


 結城は、マンションの下に車を止めた。到着するまでの時間に野上は落ち着きを取り戻していた。


「何か、今日はいろいろスイマセンでした。ありがとうございました。」


「土日は、しっかり休めよ。お疲れ様。」


「お疲れ様でした。」


 野上の表情には、まだ固さが残っているように見えた。

 完全に吹っ切れているわけではなさそうだったが、今日はこれでいいと結城は考えて、車を発進させた。


 そして、独りになった結城は少しだけ遠回りして帰りたい気分になって、夜のドライブを楽しんでから帰宅する。



 その週の休日、風見は仕事で使用する資料集めに動き始めていた。

 効率よく行動するために頭の中で予定を立てて、車で一時間も掛けて大型の本屋まで来ている。自分のアイデアを最大限に活かすために写真集が欲しかった。

 自身が欲しているような写真集が存在するのかも分からなかったが、実際には想像した以上の種類が棚に並んでおり驚いてしまう。


 厳選したつもりだったが、会計は一万円を軽く越えてしまっていた。それでも経費として領収書を切ってもらうことはない。


 次の目的地は玩具屋だった。少しマニアックなお店で、ここへも一時間近くを掛けての移動になった。

 専門のコーナーが設置されており、何体ものフィギュアが展示されていた。ここでの品定めも一時間を要してしまう。


 出掛ける前は軽い気持ちでいた風見だったが、今は感動している。フィギュアが予想以上の完成度で、素晴らしい物だった。

 風見が子どもの頃に買ってもらったフィギュアとは、レベルが違い過ぎていた。当然、その分は高価な設定にはなっている。


 この店では、三万円近くの出費となっていた。

 風見は、どちらかと言えば物欲がなく、普段は散財をすることもない。だが、この日は違っていた。


 気付かないうちに仕事でストレスを溜めていたのかもしれないが、目の前に並んだモノを見た高揚感を抑えきれなかったのだろう。

 積極的に行動することが少ない分、行動に移した時はこだわりのために時間を惜しまない性格だった。


 結構な金額を使うことにはなったが、風見は満足している。

 今日の戦利品を眺めながら美味しいお酒を楽しもうとして、帰宅途中に普段より少しだけ高価なお酒を買ってしまった。


 居酒屋会議の後、野上の話が気になっていて特撮ヒーローを視聴したのは結城だけではなかった。風見も、暇つぶし程度で見ているつもりだったのだが、いろいろな想いが甦ってしまった。


 風見は、物事に無頓着な印象を持たれることが多い。

 しかし、風見の場合は許容する能力に優れており、過剰に反応することをしないだけで比較的熱量は高い。

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