第24話

「俺も、会社の在り方には問題を感じているし、諦めて従ってるわけでもない。でも、『怖い人間』を相手にしなきゃいけないから相応の準備が必要になるんだ。」


「『怖い人間』って、会社の幹部ってことですか?結局は、長いものに巻かれているだけですよね?」


「違うよ、そんな表面的な話じゃない。」


「……それじゃあ、『怖い人間』って何なんですか?」


「AIの導入先を部下に考えさせて、レポートを提出させる人間のことだよ。」


 野上も乾も、結城が言いたいことが理解できていない。レポートの提出を求めた人間は上司であり、同じ意味になってしまう。

 それでも、結城は難しい話をしているつもりはなかった。


「分からないか?自分たちが『不要な存在』だと気が付いていないから、そんな暴挙に出られるんだよ。自分のやってる仕事が、AIに取って代わられる可能性が一番高いなんて微塵も思っていない人間なんだ。」


 二人の様子に少しだけ変化が見て取れた。


「もしかしたら、『会社の上層部をAIに代えれば利益が大幅にアップする』ってレポートを提出される可能性だってあるんだ。」


「……そんなことを書くヤツなんていませんよ。」


「いないことが分かっているから強気でいられるんだ。自分たちは守られた存在だと信じて疑っていない。」


「何をやっても許されるってことですか?」


「何もしないことは許されないけど、何かやってさえいれば許されるんだ。……これが厄介なんだけど。」


「時間の無駄遣いでしかないレポートを要求するだけの仕事でも、仕事さえしていれば許される、ってことですか?」


「許されるわけではないけれど、許されることが分かってるんだ。……正確に理解することは難しいと思うけど、ここまでは大丈夫か?」


 野上と乾の表情は怪訝そうではあるが、何とか頷いていた。


「さっきも言ったけど無駄なことに時間を費やす上司がいなければ会社にとってはプラスに働くんだ。AIは、そんな不要なレポートに社員の時間を費やすことなんてしない。」


「機械的に判断したら当然の結果ですよね。」


「日高は『聖域なく』って言ってたけど、レポートを要求した人間だけは『聖域』の中に入ってしまうんだ。……『聖域』は絶対になくならない、その範囲が移動するだけだ。」 


「それって、AIの導入について考えるだけ無駄ってことなんですか?」


 ここまで黙って聞いていた乾が堪えきれずに質問する。


「考えることは無駄じゃない。指示されて考えることが無駄なんだ。……ちょっと言い方が難しいけど、既得権益を守る側の人間は存在し続けるのを忘れてはいけない。」


「少しだけなら、分かった気がします。でも、それが『怖い人間』になる理由が分からないです。」


 野上も語気を強めることはなくなっていた。問い詰めるような聞き方ではなく落ち着いて考えながら話していた。


「……それじゃあ、順番に話を組み立て直すか。」


 結城の言葉に、二人は頷いて返して集中いている。


「そもそも、AIで代替え不可能な仕事って何があると思う?」


 二人は、お互いに発言を譲り合うような素振りを見せた。結果、乾が自身の考えを述べる。


「一般的には、芸術系の仕事やタレント、教師とかが言われてますけど。身近な話だと、営業職や接客とかもですかね……。」


「その時点で間違いなんだ。AIで代替えが不可能な仕事なんて存在しないんだよ。やろうと思えば、何でも出来るようになるんだ。」


「『何でも』……ですか?」


「そう、何でも……。でも、順番がある。今、乾が挙げた職業は、AIが導入されるとしても最後の方ってだけの話だな。今は、その順番を決めているだけなんだ。」


「導入先が順番で決まるんですか?」


「でも、その順番が問題になる。順番を決めている側の人間が、既得権益を守りながら順番を決めているんだ。……世の中に役に立つとか、現在の技術でも対応可能なものとかの判断基準はない。」


 『そこまでは大丈夫?』――と、結城は問いかける。二人が頷いたことを確認してから話を続けた。


「だから、どんな仕事もAIで代用は可能だけど順番は前後する。そんな状況でAIの導入について考えさせるなんて無意味だろ?」


 結城は、一旦話を区切り水を飲んだ。

 

「裁判官や政治家をAIに置き換えるって話も、本当は簡単なことなんだ。……無駄に高い給料をもらってるだけの上司もAIで十分代用出来る。」


「……でも、そんな人たちが主導になって技術開発を進めているんですよね?」


「そうだよ。AIを導入すれば一番効果的な場所にいる人間が、自分の居場所を守りながら議論をしてるんだ。怖くないか?」


「怖いですか?」


「怖いだろ?そいつらは、他の意見を受け入れた瞬間に自滅することになるんだ。だから、人の意見は絶対に聞き入れないで、自分だけで完結させることになる。」


「……会話が成立しないってことですか?」


「するわけがない。会話を成立させてしまったら、自分の居場所を失うことになるから会話する意思さえないと思う。言葉の通じない相手ほど怖い人間はいないよ。」


 野上と乾は、そんな人間を相手にする場面を想像していた。これまでは、仕事の出来ない人間を『無能』とだけ考えていたが『怖い』存在であることを教えられたことになる。


「そんな人間が自分たちの上司でいることは不幸だけど、他の会社でも似たようなものだから仕方ない。……だから、諦めずに、時間を掛けて相手の隙を探すしかないんだ。」


「なんで、そんな人間が出世できるんですかね?」


「……昔は有能な人間だったのかもしれない。でも、出世した後は自分の居場所を守ることが仕事に変わるんだ。それと年齢だな。」


「年齢ですか?歳を取るとダメってことですか?」


「いや、歳を取ることに問題はない。でも、残りの時間を考えてしまうことが問題だと思う。……残り10年を居座ればいい年齢になってしまえば、失敗しないことだけを考える。」


「俺たちは、あと30年もあるから失敗を恐れてたらダメで、頑張るしかないですもんね。」


「そういうこと。」


「結城さんの話を聞いてると、会社の役員全員をAIにしたくなりました。」


「自分の居場所だけを守るだけの頭の固い人間が指示を出してることを考えれば、簡単にヴァージョンアップ出来る機械の方が良い会社になると思うよ。」


「……でも、そんな人間は自分の居場所を『聖域』にしちゃうんですよね?」


 『それも堂々巡りですか?』と、言って野上が少しだけ笑った。

 結城は、久しぶりに野上の表情が変わったように感じている。


「ちなみに、風見さんもそのことに嫌気がさしてるのは一緒だよ。だから、皮肉を込めて『裁判官』のレポートを作ったと思うんだ。」


 ワインを口にしてから、「何故ですか?」と乾が聞いた。


「実は提出前の資料を少しだけ見たんだけど、『会社組織でも同じことが考えられる』って一文があったんだ。『ただ過去の事例に従って、判断を下すだけの作業ならば機械の方が低コストで効率的である』って。……ある意味では、風見さんが一番怖いのかもしれないね。」


「えっ?それを提出したんですか?」


 さすがに二人は驚きを隠すことが出来なかった。ここで結城は、この話をまとめることにする。


「俺も、自分が勤めている会社が良くなるなら、出来ることは惜しまないよ。でもね、自分の役職を守ることが仕事になってる相手は厄介なんだ。なりふり構わない非常識な相手だと特にね。」


 結城は、そこまで言って野上を見た。

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