第23話
呼び出された内容についての説明をするのだが、東山部長から聞かされた余計な内容は省いている。
試作機の製作許可については開発チームに活気を与えてくれるものであり、個々のモチベーションを上げる話になる。
目標が明確になっていくことで、早々に企画書作成について段取りを決めることになった。
二人が席を外している間に野上が外出してしまっており不在だが、企画書については風見と日高で対応することになった。東部大学との契約についても、待ったなしで進めなければいけなくなっている。
「何か手伝いましょうか?」
結城が風見を気遣って声を掛けた。
「いや、今回は俺たちに任せてくれて大丈夫。……ちょっと考えてることもあるんだ。」
珍しく積極的な姿勢を風見が見せている。意欲を示している時の風見の仕事が早いことを結城は知っていた。
「手助けが必要になったら声かけるから、それまでは自分の業務に集中してくれて問題ないよ。」
野上も夕方には戻っており、結論だけを伝えることになった。
その日は早めに切り上げることにして、来週からの業務に向けて英気を養うことで一致した。
この日の結城は、乾からの久しぶりの誘いを受けて食事をしてから帰ることになった。乾は野上にも声を掛けていたらしく、一緒に行く話がまとまっており、結城は少し安堵する。
風見と日高は、先約を理由に断られてしまったらしい。
二人は自然な流れで結城の車に乗り込んできた。
野上と乾にとっては通常営業であり、仕事終わりの飲酒も決まっていたことで通勤に車は使っていない。
それでも結城は嬉しく感じている。
野上の態度は少しおかしなままで、以前のような快活さは影を潜めていた。だが、乾の誘いには応じていることで普段に戻った気がしていた。
「それで、今日は何を食べに行くんだ?」
結城は会社の駐車場でエンジンを始動させて、助手席にいる乾に質問した。
「今日は、英気を養うために肉にしましょう。」
そう言いながらスマホを操作して、画面に店の住所を表示させてくれた。結城は、画面に従ってカーナビを入力して出発した。
乾指定の店は、会社から車でも三十分ほどの距離にあった。食に限定した話ではないが、乾はこだわりに従順な男だ。
初めて来たお店で少し高級な佇まいだったが、乾は事前に予約を入れていたらしく個室に通された。
「予約なんて、いつ入れたんだ?」
「昨日の昼です。結構人気のお店だから本当にラッキーでした。」
「……それで俺が断ったら、どうするつもりなんだ?」
「結城さんが断るなんてことは、想定に入れてません。あとは人数だけの問題ですね。」
「……俺って舐められてるのか?」
「違いますよ。部下からも慕われてるんですって。」
そんな言葉の直後、店のスタッフが注文を聞きに入ってきた。
乾の味方をするように絶妙なタイミングで、その話は中断せざるを得なくなった。
注文については、乾に任せてしまうことが多い。事前に収集した情報量から違っているのだから、店のおススメを聞く必要もなかった。
とりあえず一通りの注文し終えたところで、
「俺と野上さんの分でアルコール頼んじゃってもいいですか?」
「……俺がダメって答えることは、想定に入ってるのか?」
「入ってませんね。」
「それなら、確認なんかせずに注文してくれ。」
「では、遠慮なく。」
そう言うと、乾は野上と相談を始めている。
ここの店ではワインが合うらしく、二人はそれぞれグラスワインを注文することにした。
ハンドルキーパーの分は、見た目がお酒に近いとの理由だけでジンジャーエールを注文の品に加えることになった。
運ばれてくる食材は、どれも高級そうな見た目で美味しそうだった。優秀な幹事は財布事情も鑑みて店選びがなされているので、心配は不要になっている。
「木本部長との打ち合わせ、結構時間が掛かってましたけど何かあったんですか?」
肉や野菜を焼きながら、乾が結城に話しかけた。
「ああ、居酒屋会議の時にAIについて話したの覚えてるか?……風見さんは、あの時に皆で会話した内容をそのままレポートにして提出したんだ。そのことを少しだけ注意された。」
「あの裁判官の話ですか?……風見さん、別の案を考えるのが面倒になったんですか?」
「んー、それは違うと思うな。あの人は面倒くさそう発言することも多いけど、仕事で手を抜く人ではないからね。……裁判官の話でレポートを作ったのは、風見さんなりに考えはあったと思う。」
「そうですよね。それで、部長からは結構怒られたんですか?」
「いや、軽く注意を受けた程度で済んだよ。木山部長からは、日本の政治家をAIで置き換えるくらいのレポートを出せ、とも煽られたくらいだからね。」
それまで静かに食事をしていた野上が、ワインを一口飲んで話しに割って入る。
「政治をAIでやらせるって、木山部長が提案したんですか?」
「提案はしてないよ……。それくらい思い切ったことを提案してみろってところかな?」
「日高が話してた内容では、中途半端ってことなんですか?」
「そうじゃないと思う。少しくらい過激な意見でないと、議論するための材料としては物足りないのかもしれない。」
「……議論の材料でしかないんですね。」
そう言うと、野上は再び黙り込んでしまう。
「でも、他の開発ルームは、どんな内容でレポート出してるんですか?部長から聞いてないんですか。」
会話に隙間が出来たので、乾が質問を続けた。
「いや、他の内容なんて気にしてもしょうがないよ。当たり障りのないものを出して、適当に誤魔化してるんだから。」
「んー、それがイマイチ分からないんですよね。……仕事に必要だからレポートを提出させられるんですよね?それを誤魔化して終われるなんて、変ですよ。」
「変ではない、かな。上の人間は仕事してるフリをしたいからレポートを提出させる、下はフリだと分かってるから無駄な時間は使わない。……ただ、それだけのことだ。」
「それだと、やってること全部が無意味ってことですか?」
「全部とは言わないけど、無意味なことは多いかもしれない。もちろん、うちの会社に限った話でもないけどね。本当に必要な仕事をしている時間なんて、意外に短いんだ。」
「それなら人件費削減って簡単に実現可能なんですか?」
「……簡単だよ。それを見抜かれないようにしたいから、レポートを出させたりするんだ。……堂々巡りってこと。」
そこまで黙って聞いていた野上が話しに参加する。
「結城さんは、それで問題ないと考えてるんですか?」
急に少しだけ強い口調になって、結城を追及してきた。
「問題ない、とは考えてない。」
「問題ないとは考えないけど、諦めて受け入れてるんですか?」
「んー、諦めてるわけでもないかな。」
「それなら、なんで茶化して話してるんですか?」
険悪な雰囲気になっていると感じた乾が慌ててフォローしようとする。だが、結城は野上が突っかかってきても問題ないと思っていた。
「野上さん、ふざけて話を聞いてたのは俺の方です。結城さんは説明してくれただけで……。」
その場を自分の責任にして収めようと、結城は静かに制して話を続けることにした。
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