第22話
「ところが、今日は違うんだ。……不機嫌そうな顔をしながらも、注意しなくていいと言われたんだ。」
「えっ?」
風見も結城も、言葉の意味が理解できない。
注意する必要はないと言われているはずの東山部長から呼び出されて注意を受けていることの矛盾。
東山自身も「怒っていない」と言っていたのだから、この件に関して呼び出しを受ける謂れは存在せず、不問にして終了になるものだった。
「AIのレポートについて、内容に問題はあるが『不問』と言ってきたんだ。……上が『不問』と言うなんて変だと思わないか?お前たち、何か心当たりはないか?」
「心当たりなんて、ありませんよ。不問にしてくれたんですから、俺たちには問題ないんじゃないですか?」
「……そうなのか?些細なコトでも逐一指導したがる奴等が変じゃないか?注意はしなくていいなんて指示は初めてだよ。なんだか気持ち悪くてな。」
風見と結城は顔を見合わせた。これも、「順調すぎること」の疑念に加えてしまっても良いのか判断が難しい。
ただ、注意されたり、指示されたり、余計な周囲の雑音が減って業務に集中出来ていることは勘違いではなさそうだった。
「あと、それと同時に試作機の製作許可が下りたぞ。」
「えっ、企画書を提出してから一ヶ月も経っていないですよ。何で、こんなに早く許可が下りるんですか?」
結城が、思わず割って入り話してしまった。
喫茶店での談議されたことが、現実的なっている状況に少しだけ恐怖を感じている。五人以外の力が影響して物事が上手く運んでいく様は、薄気味悪くなった。
「通常こんなに早く試作機の許可なんて下りるわけないんだ。俺も、初めてのケースだから驚いてる。」
東山部長は、風見と結城の顔を交互に見ている。
「別に悪いことではないんだが……。いつもは急かしても動かない鈍重な連中だから、俺も調子が狂ってる。」
「東山部長も、そう感じることがあるんですか?……俺たちも、仕事が不自然なくらい順調に進んでると感じてたんですよ。」
「それは別問題として、君たちが頑張っている結果だから素直に受け止めるべき点もあると思う。俺も、君たちチームの企画書には目を通したけど、面白い着眼点だった。……正しく評価されることは必要なんだ。」
木山部長は、静かな口調で一言一言を丁寧に伝えてくれる。
風見も「ありがとうございます。」と短い言葉で礼を述べた。
「いや、俺の言い方も悪かった。……オリジナル製品の開発を加速させたいことは間違いない。それでも、かなり『上の人間』が裏で積極的に働きかけている状況が気に入らないんだ。」
「……俺たちに注意しないように伝えてきたのは誰なんですか?」
東山部長は一時の逡巡の後で、
「北村常務、だよ。」
風見と結城には伝えておくべきだと判断したのかもしれない。
北村常務とは、簡潔に説明するとしたら「無能な野心家」だろう。これは、全社員共通の認識と言っても過言ではない。
年齢は五十代半で、社長の妹と結婚したことで常務の役職に就けている。外見だけは渋くキメているが、中身は全く伴っていないので、そこまでが限界と噂される。
危うい地位にいる男が、何らかの目的を持って風鈴チームの業務に関与し始めているらしい。
だが、風見と結城は得体の知れなかった疑念の正体を垣間見た気がしていた。
「北村常務が、実務レベルで積極的に干渉するなんてしい珍しいことだから注意だけはしておいた方がいい。……あの人が馬鹿なことしたらしくて、色々と策略を巡らせているかもしれないんだ。」
「えっ?馬鹿なことって何ですか?」
風見と結城が、ほぼ同時に質問していた。
「……まぁ、所謂不貞行為と言うヤツだ。」
二人に届くギリギリの小声の情報提供である。どの程度で裏の取れている情報かは定かでない。
現在の北村常務は、能力以上の役職に就けている。それは婚姻関係が起因しているに疑いの余地など無い。火のない所に煙は立たぬ。それが噂だとしても、致命的な傷に広がっていく危険な状況であることは間違いないのだろう。
「それなら、かなり焦ってるんじゃないですか?」
風見が溜息交じりの小声で応じる。呆れるより他に感情を表現できない。
それでも、結城は冷静に状況確認をしてみることにした。
「でも、それが『風鈴チーム』の進捗に手助けすることに、何の関係があるんでしょうか?チームとして結果が出せたとしても、業績に与える影響なんて高が知れてますよ。……常務を危機的状況から救い出せる起死回生の一打のはならないと思うんです。」
起死回生になる手柄を上げたいのであれば、そのターゲットに選ばれるべきは「風鈴チーム」ではない。
自嘲気味な考察ではあるが、その事実を否定するだけの材料は未だ持つことが出来ていない。満足いく収益が上げられるようになるまで、かなりの時間を要するだろう。
「今は、分からないことを気にしても始まらないな。それでも、君らのチームでやれることの幅は広がったんだ。」
東山部長は、「風鈴」の進捗状況を正確に把握していた。
「まぁ、そうですね。先週くらいから新たな技術に目処が立ってきていることだし、皆のペースも上がってますよ。」
風見が言った。
「予算が割かれることは単純に嬉しいです。社内で認められたわけで、組織化に向けて前進したことになるんですからね。」
結城も続いた。
ただし、今ある技術はバラバラで連動させなければならない。どんな組み合わせにしていけば良いのか、結城はイメージが固まっていなかった。
風見にも同じ心配があったのだろう、保険を掛けるように念押しをする。
「ところで、試作機ってことは、商品サンプルとは別の段階としての考えで大丈夫ですよね?」
「まだ、その段階じゃないことは分かってるから大丈夫だ。今のお前たちが持っているのは情報だけだろ。その情報を形にしてみることで考えもまとまると思ってる。」
「技術的に使えるレベルなのかテストするだけになるかもしれません。製品化に近づけるためには時間がかかりますけど、問題ありませんよね?」
「今は、とりあえず北村常務の後ろ盾があると思ってるから大丈夫だろ。利用できる物は利用しておけ。」
北村常務の後ろ盾には時間制限があるのかもしれない。目的不明な気味の悪い存在だが、現段階は利用する方法して前進する方が良いと判断していた。
しかしながら、チーム発足以降の展開が早すぎて息つく間がなかった。東山部長に相談したのだが、贅沢な悩みとして一蹴されてしまった。
東山としては、北村の「後ろ盾」にタイムリミットがあると考えているのかもしれず、二人に伝える判断をしるのかもしれない。
試作機の製作企画書が出来たら連絡くれ、と言い残して東山は部屋を慌ただしく出て行った。次の会議予定が迫っていたらしい。
結局のところ、何を話しに来ていたか曖昧になってしまていたが、二人も業務に戻ることにして部屋を出た。
開発ルームに戻る途中、風見は歩きながら囁くように結城に話しかけた。結城も考え事をしていたのだが、周囲の雑音にかき消されそうな言葉を聞き逃すことはしなかった。
かなり意外な伝達事項ではあるのだが、結城は冷静に受け止めている。
「……結城、東山部長にも注意しておけよ。」
それなりの企業であれば出世競争なんてものもある。それでも、正しく能力が評価されるシステムであって欲しいと、結城は考えさせられてしまった。
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