第16話

 風見は少しだけ思い悩んだ様子を見せた。

 研究成果を活用してくれる企業を探していたのであれば、教授の提示する条件が重いと予想していた。だが、予想と反して条件としては比較的手が出し易いものであり、整合性が取れていないのである。


「他に競合する会社はなかったのか?……そんな程度の見返りで良ければ、他の会社で協力するんじゃないか?」


「いいえ、それが興味を示しているのはウチだけみたいなんです。」


「はぁ?ウチだけって、そんなことあるのか?……資料を見たけど、結構使えそうな要素はあったぞ。」


「そうなんです。それが疑問なんですけど、黒川教授はそう言ったんですよ。」


 風見はそれでも納得いかない様子だったが、気持ちを切り替えて続きを話すことにした。


「詳しい報告は後で詳しく頼むよ。……それで、電話では別の先生からも何か話があったと言ってたけど、それは問題なかったのか?」


 結城は電話での報告内容を詳しく聞かされていない。

 一週間大学に通い詰めること中で、その「別の先生」との間にも何かがあったらしい。


 そして、風見の質問に答えているのが全て乾であることを結城は気になり始めていた。

 全体的に野上の反応が薄いように感じていた。


 社外との調整は、野上が主体で進めるのが基本である。今回の大学訪問でも乾は野上の補助だと聞かされていた。

 野上は手柄を独り占めする男ではないから、説明を乾に譲っているだけかもしれないが、野上の様子が違って見えている。


 普段は話している相手の顔を見る野上が、正面を向いたままで顔も目線も動かしていない。この場のやり取りに集中できていない様子だった。

 そんなことを気にしながらも、結城は乾の説明に意識を戻した。



「その人は、大学の講師らしいです。白井って、名前の男性です。その人が話をしたいことがあるので時間が欲しいと言ってきたんです。」


「その白井って人は、君ら二人のことを知ってたのか?」


「はい。勤めている会社のことも、その日の訪問目的も知ってました。黒川教授と、どういう関係かは分からないですけど手伝いをすることもあるみたいなんです。」


「でも、黒川教授から紹介されたわけじゃないんだろ?」


「そうなんです。黒川教授と話し終わって、帰る途中に、突然廊下で話しかけてきたんです。特に紹介とかはありませんでした。」


「君らを待ち伏せしてたのか?……それで、その白井さんの用件は何だった?」


「それが、黒川教授から提供された素材の活用方法があるって言われたんですよ。俺たちの会社の利益にもつながるモノだから、是非説明したいって……、なんだか強引で。」


 結城は、風見と乾の会話を黙って聞いていたが、そこでは割って入ることにした。


「その白井って人は、黒川教授と接点があるんだろ?何で、黒川教授に自分で直接説明しないんだ?君たち二人を巻き込む必要なんてないと思うんだけど。……なんか胡散臭くないか?」


 その言葉に野上がピクリと反応する様子が窺えた。

 言葉を発することはなかったのだが、一瞬だけ不快な表情を作ったのを結城は見逃さなかった。


「それは俺たちも謎で、興味が湧いちゃって。……野上さんも俺も、時間が空いた時に話だけ聞いてみることにしたんです。」


 乾は話しながら、野上の反応を確認していた。自分の記憶だけでは不確かな箇所を野上の記憶で補完しようと考えているのだろう。

 野上からの訂正は入っていないので、自信を持って話し続けることが出来ている。


 「それから?」と、風見が乾を促した。


「空いている教室に三人で入ったんです。そこで、白井さんから災害時の被災地支援活動についての話がありました。」


「ん?被災地の支援活動?それはまた、意外な展開になってるね。その人はボランティア活動でもしてるのか?」


 風見は腕を組みながら、少し困ったように言った。


「いえ、ボランティアではないみたいです。新しい技術は、被災地の救助活動でこそ有効だって力説されたんです。」


「余計に分からない話だな。黒川教授が研究している素材が、人命救助の何に使えるって言ってきたのか?」


「ええ。力仕事での筋力サポートみたいな活用方法があるって話になったんです。……でも、介護業界でも筋力サポート器具が注目され始めてるから、俺も興味を持ったんです。」


「まぁ、介護向けにも使えるなら興味を持って当然だとは思うけど……。白井さんは、君たち二人に介護器具としての活用を提案してきたわけじゃないだろ?」


「……残念ながら、白井さんは介護器具の活用方法には全く関心がなかったです。そのことを野上さんが伝えたんですけど、被災地の活動についてばかり話をするんです。」


「野上や乾に話を聞いてもらいたいなら、興味ある話をした方が効果的なのに?俺たちは営利目的で開発を進めてるんだから、売り込み先が違うだろ?」


「そうなんですよ。それが自衛隊が被災地で効率的な活動をすることができる『方法』があるって話になって……。その日は、それだけでした。」


「なんだか、自分勝手な人物だな。……自衛隊だと一般競争入札になるのかな?」


 風見は結城を見ながら、「防衛省の入札参加実績なんてあるのか?」と、確認した。


 結城は、「自分が知る限りない」と答えてから乾へ質問をしてみる。


「目的が、全く分からなかったんだけど。その日以外にも、白井さんからの接触はあったのか?」


「次の日は、黒川教授の実験に立ち会ったりしていたので、忙しかったんですけど。……水曜日の午後にも、話しかけてきました。」


「その時は、どんな話になったんだ?」


「被災地の資料映像を見せられました。……自衛隊員が、瓦礫を片付けていたり、救助活動していたりする映像なんです。」


「また、意味が分からない状況になってるな。」


「そうなんですよ。普通にニュースなんかでも見た映像を、改めて見せられたんです。……それから、これで分かるはずだって言うんですよ。」


「救援活動で力仕事が必要なことを映像で説明してきたのか?……そんな程度の話なら映像を見なくても知ってるだろ?」


 その映像に、別の何かヒントになるものが映っていたのかもしれない。回りくどい方法なので、風見と結城は理解に苦しんでしまう。

 ビジネスでの説明は、結論がない話はあり得ない。相手に考えさせて答えを導き出させるのは教育になる。


 結城は話を聞いただけなのだが、白井と言う人間に負の印象を抱いていた。

 自身の思惑だけを一方的に伝えて、相手の思考に歩み寄る姿勢がないのだ。その上で結論のない話をして相手の時間を奪う。


 利己的。この言葉が、白井という人物の評価として相応しい。

 結城は不快感を露わにして言葉に出してしまっていた。


「なんだか、嫌味な男だな。……説明なしに、そんなものを見せるなんて、相手を試しているみたいじゃないか。」


「黒川教授からの説明も途中ですから、教授の研究成果と何が結びつくかなんて、答えられるわけないですよ。」


 誰でも、同じ状況になったとしたら、意味が分からないだろう。風見も、仕方ないと同意見だった。

 

 結城は、黙ったままの野上にも質問してみることにした。


「野上も一緒だったんだろ?どうしてたんだ?」


 この質問で、野上が初めて結城の目を見て答えた。


「俺ですか?俺も、意味が理解できなかったので、その日は、そのまま帰宅しました。」


 野上の回答には余計な言葉がなく、簡潔だった。

 その簡潔さが気持ち悪い。いつもの雰囲気との違いを明確にしているように結城は感じてしまった。

 

「その日以降は、どうなったんだ?」


 風見は野上の様子を気にすることもなく、会話を続けた。


「それからは、黒川教授からの説明と実験に追われてました。……でも、白井さんが、金曜日の午後に『答え合わせ』をしたいと言われたんです。」


 先週の金曜日に二人がいなかった理由は分かった。

 それにしても、「答え合わせ」という表現が結城には気にくわなかった。学生でもない、野上と乾に対して使う言葉ではない。

 

 風見と結城は、白井の態度に怒ることなく大人な対応ができた二人に感心することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る