第17話
「それで、二人は、『答え合わせ』に行ったのか?」
「一応は、行きましたよ。今後、黒川教授に会いに行ったときに、トラブルになっても嫌なので。」
乾は、白井を本気で相手するつもりはないようだった。
おそらくは、相手の機嫌を損ねないためだけに行ったのだろう。
「俺も、行くだけ行きました。白井先生が求めている『正解』なんて分からなかったので、短い時間だけでした。」
野上も乾の言葉に同調して答えた。
「正解が分からないって、白井から答えを聞くことは出来なかったのか?」
風見の質問には、二人とも首を縦に振った。
「結局、何がしたかったんだよ。面倒臭い男だな。」
風見の言葉ではあったのだが、結城も同じことを考えていた。
白井が、自己陶酔型の人間であることは間違いないと考えられる。相手の話を聞かない人間で、自分の思考に自惚れてしまう手の負えないタイプであることは確実だ。
何が目的なのか見えてこない以上、この二人の時間を無駄に消費させないことが重要になってくる。
「二人とも、今後は、その白井って人とは関わらないようにしておけ。トラブルになるようなことになったら、俺が対応するから安心して無視していいよ。」
風見が注意を促して、白井の件についての報告は一旦終わった。
何となく、薄気味悪さを残してはいるのだが、これから何も起こらなければ問題はない。
問題が起こったとしても、風見なり結城なりが動くことになるのだから二人の負担は軽減できるだろう。責任から切り離してあげることが最良の手段ではあるが、通常の上司は言葉だけ立派でも部下を責任から切り離してあげることは出来ない。
その点、風見は有言実行であり、部下から切り離した責任を自分の責任にすることが出来る。
風見は、もう一つ気になっていることを最後に質問することにした。
「その黒川教授は、誰からの紹介だったんだ?」
「えっと、滝田部長からです。」
野上が意外な人物の名前を出したことにより、風見と結城の驚きの声が揃ってしまった。
「滝田部長が!?どうして?」
「それが、別の案件で以前にお世話になった大学みたいなんです。とりあえず、面白い研究をしているみたいだから、連絡してみろって言われたのでアポ取りしました。」
野上と滝田部長の年齢は近いはずだった。しかし、片方は出世頭の最年少部長であり、野上と滝田部長の接点は全くないと風見たちは考えていた。
若くして総括部の部長職になっているが、柔らかな顔立ちと謙虚な姿勢で、誰にでも丁寧に接するので隙がない。
総括部は全ての部署をまとめて、調整をする重要な部署となっている。そこの部長に自らの実力でのし上がったのだから、やっかみも現在進行形で多いと聞いている。
その滝田部長と、野上との間に接点があったことも意外だった。
「滝田部長と仲良かったのか?」
稚拙な聞き方になってしまったが、結城は野上に質問した。
「……いえ、偶然だと思うんですが、社内で情報を集めていた時にお会いして……。仲が良いとかではないんです。」
「まぁ、そうか。……分かった。いろいろと聞いて悪かったな、ありがとう。」
風見は、それ以上聞き出そうとはせず会話を不自然に終わらせた。
全員が揃った時点で、黒川教授の研究成果の品を説明するように野上と乾へ依頼をして、この場は解散となる。
四人での話が終わってから、しばらくして日高が出勤した。
日高も野上、乾と一週間会っていなかったので、何やら雑談を始めている。
結城は、滝田部長の名前が出てからの風見が気になってはいた。滝田部長の名前を聞いてから、何やら考え事をしているようにも見える。
その後、五人が揃ったことで野上と乾から黒川教授の研究成果についての詳細な説明が実施されることになった。
東部大学の黒川教授が研究していたのは、電気で伸縮するワイヤー状の素材である。電気を流すことで伸び縮みするワイヤーなのだが、当初は工作機械への導入を予定していたらしい。
しかし、耐荷重の問題や、微細な動作に適していないことで工作機械以外の可能性を探ることになったと説明された。
要するに、あまり重くないものなら大雑把に動かすことは出来るということになる。
打合せを進めていく中で、人の動きをワイヤーの伸縮で矯正する程度であれば現状の性能でも対応可能として、黒川教授から積極的に働きかけがあったらしい。
加工する手段などの情報提供も含めて黒川教授が全面的な協力が得られる約束もあり、ことらとしては断る理由もなくなっていた。
「結城が進めている端末からデータを受け取って、この素材を伸縮させて人間の動きをコントロール出来れば、かなり面白いことになるかもな。」
風見の談であるが、確かにワクワクさせてくれる。
ワイヤーの耐荷重を上げることが出来れば、姿勢を矯正するだけでなく、筋力補助を目的とした器具の部品としても十分検討する余地がある。
風見からの一言は、野上と乾の費やした時間が無駄なものにならなかったことを証明していた。
チームとしての目的は、福祉・介護の仕事で役立つものだが、他の業界でも転用可能な技術となれば、開発コストを下げて考えることも出来る。
チームとして次なる一手を提案するために必要な情報が集まりつつある。また僅かな時間で順調に進んでいたが、これは個々人の努力の結果であり、素直に喜べるものだった。
結城が持ってきた機器も、日高のアプリ修正を施されている。持ってきた段階でも使える内容だったが、更に改善することで実用化に近付く。
センサー内臓カメラとアプリをセットについては、チーム内で「棚ぼたカメラ」と呼称することに決まった。
黒川教授が研究している素材に関しては、野上が教授の窓口として話を進めることになった。
乾は、その素材に興味も示す開発ルームが他にもないか聞いて回ることになった。「風鈴」以外でも活用したいチームが存在すれば、経費の分担を図ることも可能になる。
この通電で伸縮するワイヤーについては、便宜上「くろかワイヤー」と呼称することで決まった。
「この呼び方はチーム内だけだからな。絶対に本人たちの前で使うなよ。」
この呼称を決めた張本人である風見が他の4人に注意を促した。注意が必要であるのなら別の呼称を決めなければ良いのだが、それは風見の中で許されないことらしい。
時々、妙なこだわりを発症してしまうのが風見だった。
そして、来週の木曜日に5人全員で大学を訪問することになった。野上へ黒川教授のアポ取りを依頼をして、チーム全員が対面を済ませることになる。
仕事が順調に進み始めると、毎日の業務は急に慌ただしく感じられる。ただ、目標地への道標が明確になることの喜びと、充実感も同時に生まれていた。
訪問については、野上の調整で黒川教授と午後一でアポイントが取ることが出来たので、チーム全員が予定を調整することになる。
順調に進んでいることは間違いないが、風見が指摘していたように結城は不自然さも感じていた。本当に「見えない力」が働いているのかは分からないが、風見の話の後では疑いたくなってしまう。
◇
穏やかな日々は過ぎて、全員が東部大学へ向かうことになった。
訪問当日は、野上と結城の車に分乗して大学へ向かうことが決められて、早めに出発して学生食堂で昼食を済ませてから教授と面会する予定が乾によって組まれる。
大学の敷地は広大で、学生食堂はかなり大きな二階建ての建物だった。建物の二階は書店とコンビニがあり共有スペースも設けられており、一階の全域が食堂となっていた。
チームの全員が最後に学食で食事をしてから十年以上が経っており、奇妙な緊張感がある。
「乾と野上は、ここで食べたりしてないのか?」
「学食は初めてです。教授が気を使って、野上さんと俺の弁当を用意してくれてたんです。」
風見がキョロキョロと周囲を見渡しながら、乾と話をしていた。
「……でも、学生時代に近いのは乾だから、注文方法も記憶があるだろ?」
「いや、俺だって卒業してから10年は経ってるんです。卒業した大学とも違うし、記憶なんて意味ないですって。」
「やっぱり食券を先に買うんじゃないのか?ずっと来てる野上だったら分かるんじゃないのか?」
「いえ、俺一人で来ている時はコンビニで済ませてたんで、食堂は利用してないんです。」
大学の食堂で、三十代スーツ姿のオジサン集団が挙動不審な動きを見せながら発券機を探し始めた。
まだ、お昼の休憩時間前で空席が目立って入るが、それなりの人数で学生もいる状況で変な注目を集めてしまう。
「風見さん、あれじゃないですか?」
日高が、指さした方向で数名の女子大生が食券を購入している姿を確認出来た。
広い食堂の中で、太い柱の一本に並ぶようにして発券機が設置されていた。しかも、入り口からは影になり、分かり難い位置に置かれている。
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