第15話

 結城は土曜日の朝、早く目覚めることが出来た。とは言え、出勤日よりは、ゆっくりと眠れている。訪問者もなかったので、静かに休みを満喫した。


 日曜日は目的もなく車を走らせて、単純にドライブを楽しんむことにした。

 瀬川の影響で、風鈴チーム配属が決まった直後にマイカーをマニュアル車に買い換えていた。それでも、通勤や買い物以外で運転をする気になったのは久しぶりだった。


 クラッチを踏んで、シフトレバーを操作する。両手両足を使う運転は、車を操作している実感を与えてくれる。

 マニュアル車を運転するには、座席の位置が身体に合っていないと余計に疲れてしまう。また、瀬川の言葉を再確認するように、サイドミラーの見え方を確認してみたりもしてしまう。


 それと同時に、風見からの言葉も思い出していた。

 自身で、人を殺せる道具を操作しているかもしれないという考えは緊張感を生んでくれた。


――風見さんが言ってたことを皆が理解出来てれば、軽い気持ちで運転なんて出来なくなるんだ。


 シートに深く腰掛けていないと、クラッチを踏み込む力が入らない。シフトレバーの操作に影響が出ないよう、身体を斜めにすることもない。

 瀬川からの話を聞くまでは意識していなかったのだが、運転するときも姿勢は重要なポイントだと実感した。そして、気楽に扱ってはいけない道具だと思うことで、自然と背筋は伸びていた。


 風見が言っていたように、全ての人が自動車の認識を「銃と同じ」とすることが出来れば、何もかも解決出来るように結城は考えていた。


 

 それでも休日の運転を楽しむことは出来た。通勤や買い物でも車を使用しているので、欠かせない存在になっている。

 風見が言うように、「簡単に人を殺せる道具」であることを否定するためには「人を殺した事実」があってはならない。だが、自動車が自発的に「人を殺す」ことはない。道具を使うのは人間であり、道具に責任はない。


――でも、自動運転車はどうなる?……道具が人を殺してしまえば、それは誰の責任になるんだ?それでも道具は道具なのか?


 休日の一時に運転する時間を楽しむことが出来るように、自動車に不名誉な称号を与えてはならない。結城は、より慎重にハンドルを握っていた。  



 先週の休日は、野上の話からヒーローの在り方を検証してみたくなり、長時間の視聴をした。

 今週の休日は、瀬川の話から車の運転を楽しもうと思い、ドライブに出掛けてみた。

 

「俺って、意外に人の話に影響されやすいのかな?」


 結城は信号が青に変わる瞬間を待ちながら独り言を漏らしてしまう。けれど、そんな休日の過ごし方も悪くないとも思えていた。



 毎週繰り返される、月曜日の憂鬱な気分。雨が降っていれば、尚更気分は重くなる。結城は、野上と乾のことが気になっていたので、いつもより少しだけ早めに出勤することにして家を出た。


 家を出た時間を少し早めただけなのだが、道路が空いており予想よりも早く到着することが出来た。

 普段の出社時間より一時間ほど早く到着したので誰も来ていないと思い入室したのだが、風見は仕事を始めていた。


「あっ、おはようございます。」


 挨拶に反応して、風見はゆっくりと振り返った。


「おはよう。今日は、早いね。」


「いや、風見さんも早いじゃないですか。何かあったんですか?」


「あぁ、うん、今日が提出期限だったの忘れてたんだよ。」


 チーム風鈴での業務に期限が設定されていることは少ない。

 いつまでも結果が出せない状況を許されるのではないが、これまでも一定の成果を上げているので問題はないとされていた。


「期限って、何かありましたか?」


 結城は少しだけ心配した様子を見せてしまったが、風見は落ち着いて答えてくれる。


「ほら、前回の会議で話しただろ。『AI導入』についてのレポートだよ。」


「あっ……、ありましたね、そんな話。」


 そんな宿題があったことを、すっかり忘れてしまっていた。居酒屋会議の席では、別の話題で盛り上がってしまい結論が出ないままだったと結城は記憶している。


「それで、大丈夫なんですか?何か手伝いましょうか?」


「間に合いそうだから、問題はないよ。ありがとう。」


 会議の時は、日高が発言した「裁判官」についてを議論していた。まさか、とは思いながらも結城は風見に確認してみたのだが、


「えっ?日高の案を採用した資料を作ったよ。とりあえず、提出しとけば大丈夫だろ。」


 本当に、それで良いのだろうか。と、多少の不安がある。けれども、この段階で作り直す時間は厳しいと考えられた。

 

 ここでのやり取りは全て忘れよう。結城は心に誓った。


 15分程が経過して、ガチャッとドアが開く音がした。風見と結城は、ドアの方向を見て誰が来たのかを確認した。


 入ってきたのは、乾だった。

 乾は2人が揃っているのを確認すると、申し訳なさそうな表情を見せた。


「おはようございます。……えっと、先週は、スイマセンでした。」


「おはよう。うん、まぁ、構わんよ。問題はなかったのか?」


 乾は風見の問いに、「大丈夫です。」と答えた後で結城を見て挨拶をした。

 結城が、乾の顔を見たのは居酒屋会議以来になっていた。


「電話では簡単に聞いたけど、野上が来たら詳しく教えてくれないか?」


 風見の言葉に、「ハイ、分かりました。」と乾は返事をする。そして、乾から遅れること5分、野上が出勤してきた。


「おはようございます。先週は、申し訳ありませんでした。」


 普段と変わらない日常に戻ったような感覚と、何か違っているような違和感。野上を見た時、その両方を結城は感じ取った。

 2人が先週一週間も大学へ直行直帰を繰り返している間に何かがあったことを直感していた。



 2人の報告を聞く場には、結城も同席するよう風見から指示を受けた。

 滅多に使わない応接スペースのソファーに、話す側2人と聞く側2人が向かい合わせで腰を下ろす。

 

 まず、野上と乾が訪問していた相手は東部大学の黒川教授と言う人物と聞かされた。訪問の結果自体は、かなり有意義なものになっているらしい。


「二人共、先週はずっと、大学に通ってたのか?」


 風見の質問に乾が答えることになった。


「そうなんです。訪問予定だった教授との話も順調で、試作品のテストに立ち会えることになったんです。テスト結果のデータも、もちろん受け取ってます。」


「随分と気前のいい教授だな。研究結果なんて絶対に出し惜しみすると思ってたよ。」


 これには、この場の4人が同意見だったと考えられる。


「いえ、研究結果自体は以前から公開しているみたいです。ただ、その研究を活用する手段が見つかっていなくて、方々探っていたんみたいなんです。」


 風見は、「あぁ、それでか。」と納得した様子で言った。


「黒川教授としては、研究成果を活かした製品が拡散して欲しいみたいです。」


「パテント料は?」


「商品カタログに、協力表記に東部大学・黒川研究室って入れることと、売り上げに応じた研究支援金を希望してます。」


 風見は珍しく唸り声を出して、悩んでいる様子だった。


「えっ?それだけ?……それだけしか要求してこなかったのか?」


「……そうですね。俺も不思議に感じたんで、何度も確認したんですけど、その程度しか要求してこなかったんです。」


 乾は、少しだけ野上を見て同意を求めた。野上は、小さく頷いて応じたので、間違いないのだろう。

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