第14話
「銃社会で生活する人に、銃は危険だから銃の所持を禁止しますって言ったら、どう答えると思う?」
風見が、更に質問をしてきた。
「……銃は、身を守るために必要だから所持を禁止されると困る。とか、ですか?」
「だろうね。人を傷付けるために持っているわけじゃない、保身のために持っているんだって、言うと思うんだ。」
結城は、そこまで聞いて風見が言った「一番最初の認識」を理解し始めている。
「あぁ、それで一緒ってことなんですね。人は、自分にとって都合の良い理由を選んでしまうってことですよね?」
風見は頷いてくれている。
自動車は、利便性を高めるために存在しているのであり、人を傷付けるためのものではない。
それでも、結果として、人を傷付けている事実が数多くある。
「一年間で三千人以上の人が、事故で亡くなっているんだ。それを、便利って言葉だけで認識しているのが問題なんだ。」
「でも、事故で亡くなる人って年々減ってるんですよね。」
「医療関係者の努力の結果だよ。事故死のカウントは、事故から24時間以内に亡くなった人の数だからね。本当の人数ではないと思う。」
結城は、風見の話を聞きながら、知識の幅に驚いていた。事故で亡くなった人数や、そのカウント方法などの情報が次々に語られていた。
「それだけの人数を『殺している』鉄の塊が、『人を殺せる道具』として広く認識されていないことの方が、問題あると思うんだけど。……どう?」
「それでも、乗っている人は、そんな目的で使ってないですよ。車が趣味って人も多いし。使い方次第、ですよね?」
「もちろん、その通りだと思うよ。でもね、銃だって、スポーツにもなってるし、使い方次第って意味では全く同じだろ?」
結城は、反論できなくなりつつあった。しかし、認めてしまうことにも不安がある。
自身も毎日のように使っている道具が、「銃」と同じだと認識することが出来なかった。
「酒を飲んで運転するのも、ハイヒールで運転するのも、スマホを見ながら運転するのも人の行いなんだ。そして、『引き金を引くのも人』の行為なんだ。道具に善悪なんてものはない。」
確かに何も違わないように感じてしまう。結城の複雑な心境が顔に出てしまっていたのだろう。
「悪かったな。悩ませることが目的じゃなかったんだ。ただ、結城にも考えてもらいたかったんだ。」
結城が自信なさげに、「何を、ですか?」と問いかける。
「自動車が『簡単に人を殺せる道具』として皆が認識していたら、『自動運転化の開発に着手した』理由に疑問を持つはずなんだ。」
風見は、そこまで語りニヤッと笑って結城を見た。
そのことを考えて、結城は恐怖する。それでも、風見が言うように考えなければならない問題かもしれないと思っていた。
数歳しか離れていない上司から問いかけられた言葉は、予想を遥かに超えて重かった。
「もしかしたら、『作ってはいけない物』を作ってしまうかもしれないってことなんですか?」
結城は、恐る恐る問いかけてみた。
「そんなことはないよ。技術の進歩は必要って言っただろ。ただ、そこに気付いて考えることが大切なんだ。」
そこまで語り終えて、風見は席を立った。
自身の分と結城のコーヒーを持って戻ってきた。「一息入れよう。」と、言いながらコーヒーを差し出す。
結城は、お礼を言ってコーヒーを受け取り、熱いまま一口飲むと、舌に感じた苦さが意識をハッキリさせてくれた。
「自動運転は技術的な進歩を保証するだけのものでいい。もし、自動運転が人間にとって必要不可欠なものになったら、人間なんて終わりだよ。」
「……その怖さを認めないといけない?」
「そうだな。自動運転の車より、人間が『引き金』を引ける銃の方が、よっぽど健全に思えるんだ。」
夕食を奢る約束がある。次に瀬川と話すときに、この話をしようと思った。
お互いに納得できる答えなど出ないかもしれないが、考えることを忘れてはいけないのだ。考えることを諦めてはいけない。
◇
コーヒーを飲み終えてからは、風見も自身の仕事に戻っている。つい先ほどまで、緊張感のある話をしていた人とは別人のように、気の抜けた表情でパソコンの画面を見つめていた。
瀬川が機器を一式貸し出してくれたので、結城は自分なりに運用方法を工夫してから資料をまとめることにしていた。
風見と話した内容は気になっていたのだが、一旦忘れて仕事を進めることに気持ちを切り替えた。
各人から報告は、金曜日に実施することになっているので時間には余裕が生れている。
カメラとセンサーは、十分すぎる精度があったので、これ以上の作業は不要だった。携帯端末の処理については、日高の得意分野であり、協力を仰ぐことにした。
ちょうど、その後に戻ってきた日高に見せた時の感想も、
「これなら、そのままでも使えそうですね。」
と、良好な反応であり、端末を大幅に改修することなく対応できるらしかった。
20時になり、結城は業務に区切りをつけて帰宅することにした。風見と日高は何らかの作業を継続していたのだが、野上と乾は未だ帰社していない。
「それでは、お先に失礼します。」
結城は、風見と日高に挨拶をして部屋を出ることにした。
お疲れ様です。――とだけ返事があり、二人も時計を見て時間を確認していた。
十分な成果を得られたので、その日は気分良く部屋を出ることが出来た。成果の大半が瀬川からの情報であり、「漁夫の利」的な感は否めなかったのだが、今だけは忘れることに決めていた。
その日以降の風見、結城、日高の3人は比較的平穏な毎日を過ごすことになった。
時々、他の研究室に訪問することはあったのだが、基本的にはチーム内で解決できる問題だった。
一方の野上・乾の2人は、大学での予定が追加されて直行直帰が連日続いている。
金曜日午前中は各人の進捗確認になるが、この場にも野上と乾の姿はなかった。
結城が提示した「客観的に人間の姿勢を確認する装置」については、現状でも実用可能なレベルとして認められた。
機器一式が、小型サイズであり、二つ一組であることからウェアラブルデバイスとして検討することにした。データ処理の方法については、継続して結城と日高で進めることになった。
次の段階にある「分析したデータを基に姿勢を矯正する装置」については日高からも報告できる内容は一部しかなかったので、野上と乾の成果を待つことになった。
月曜日の朝以降、野上と乾の姿は見ていない。乾に関しては、今週一度も顔を見ていないことになる。
風見には二人から連絡が入っているのだが、大学での説明に時間を取られてしまっているらしい。会社には他の3人が出勤する前の早朝に寄って、報告書を風見の机に置いたりもしていた。
金曜日の報告時にも二人が揃って参加していない状況となり、結城は少しだけ落ち着かない気持ちになっていた。
居酒屋会議の予定がない金曜日は、仕事終わりに「週末に寄り道がないのは寂しい」と、誘いがある。
現状、妻帯者は日高だけであり、結城を誘うのは野上か乾になるが、その2人ともが不在であった。ほぼ毎週金曜日、帰宅時間が遅くなるのは大変ではあったのだが、誘いがないのも調子が狂ってしまう。
もちろん週末の誘いがないことだけが、結城の落ち着かない理由ではない。2人が、これだけの時間を拘束されてしまう程に教授が積極的であることが不安だった。
――面倒なことになってなければいいんだけど……。
そんなことを結城は考えていた。
妻帯者の日高を誘うことは憚られたので、おとなしく帰ることにした。
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