第13話
「でも、自動運転車の技術開発チームで、それを否定するようなことを考えてたら解雇されても文句言えないぞ。」
「大丈夫ですよ。従順な社員を演じるのは上手いですから。」
そして、少しの沈黙の後、瀬川は続けた。
「自動運転の技術は、未来の可能性の話ですよね?それなら、人間の成長も、未来の可能性の話にはならないんですか?」
結城は先日の居酒屋会議で、野上が「裁かれる人のいない世界」と、言ったことを思い出していた。
どちらも、人間へ期待するという意味では、共通した考えだ。
「次の世代の為に作るべき物は、自動運転車なんかじゃなくて、人間が正しく操作できる環境なのかもしれないけど、それを期待しても無意味かも。」
「どういうことですか?」
「君も、事故の記事を沢山読んでいけば、自ずと分かるよ。」
結城の言葉は少し意味深になってしまったが、それしか言うことが出来なかった。居酒屋会議の夜、結城は事件や事故の記事を読み続けたのだが、とても将来に期待を持てるような文面に出会うことはなかった。
気が付けば、かなりの時間を別の話題に割いてしまっている。
これから本題についての話をすることになるのだから、予定した時間に戻ることは不可能だと判断した。
結城は内線を借りて、戻り時間の変更を風見へ連絡することにした。
二人は昼休憩を先に取ることにして、食堂で昼食を済ませた。お礼の第一弾として、ささやかながら結城が御馳走する。
休憩後は、機器の使い方や取得できる情報など、本来の目的を果たすことに集中した。
かなりの時間延長になったのだが、それを上回るだけの成果を持ち帰ることが出来るのだから、結城に文句はない。
瀬川に礼を言い、次は夕食を御馳走する約束をしたところで、ソファーから立ち上がった。大した仕事はしていないのに、疲労感に襲われていた。
「ところで、先輩。」
立ち上がって伸びをしていた結城を、瀬川がニヤニヤした表情で見ていた。
「なんだよ、その顔。……気持ち悪いな。」
「いや、俺の奥さんから先輩に、一つだけ助言があるんです。」
結城は、瀬川の結婚式にも参列したし、奥さんとは上司として会話はしたことがある。だが、助言されるほどに接点もないので、驚いていた。
「……助言?」
何を言われるのか全く予想できない状況だったので、緊張してしまう。
「子どもへのプレゼントで誤魔化さないで、堂々と買った方がいいですよ。ってことらしいです。」
結城は、一瞬何のことなのか分からず困惑した。
少しだけ考え込んだ後、指摘された内容を理解したのだが、
「えっ、なんで?……昨日、見てたのか?」
昨日、「変身ベルト」購入時の行動を見られていたらしい。
「買い物途中で偶然見かけて、一部始終を観察してました。真剣に選んでいる様子だったから、声を掛けるのは止めておいたんです。」
瀬川は、ずっと笑ったままだ。
鬼の首を取ったかのような態度には腹が立つ。腹は立っているのだが、結城には言い返す言葉が見つからない。
「……でも、先輩が特撮モノ好きだとは知りませんでした。」
下手な言い訳はしたくなかったので、素直に認めることにした。結城の顔は赤くなったかもしれないが、出来るだけ平静を装ってみることにした。
瀬川には、前日の土曜日に映像を偶々見たことで「何となく欲しくなった。」と、教えたておいた。
「にわか、じゃないですか?」
と、瀬川は言い、今度は声を出して笑っていた。
「……悪かったな。」
年長者の余裕を見せることも出来ず、小声で文句を言うあたりが情けない。
「うちの奥さんも、特撮好きなんで、ゆっくり語り合ってみたいって言ってましたよ。」
「あぁ。よろしく言っておいて。」
結城は、それだけを言い残して、「エスドラルーム」を後にした。
疲労感に羞恥心が追加されてしまい、重たい足取りで風鈴の開発ルームに戻ることになった。
結城が戻ってきた時、開発ルームには風見しか残っていなかった。予定時間より延長したことを詫びて席に座わることにした。
「結構、時間かかったけど、成果はありそうか?」
風見が声を掛けてきた。
結城は、簡単に受け取った機器の情報を説明した。
「古巣の元部下が優秀なのは、ありがたいことだな。俺も、その彼と話をしてみたいよ。」
風見の言葉を受けて、瀬川が憂慮していることを話してみることにした。風見が、どんな見解かを結城は知りたくなっている。
瀬川と交わしたやり取りを、風見は黙って聞いてくれた。
「風見さんは、自動運転車について、どうお考えですか?」
腕を組んで、少し考えてから風見は、
「将来的にどうなるかは別として、技術を進歩させるのは必要だと思うよ。作れるって事実が大切で、どう使うかは後の問題かな。」
やっぱり、そう思いますか?――と、が結城が言うと、
「世界で開発競争になっている技術だからね、遅れを取るわけにはいかないでしょ。でも、瀬川君が言うように、自動運転車が完成しても、今ある問題が解決するとは思っていない。」
その考察については全くの同意見である。それから風見は具体的に問題点を語ってくれた。
語られた内容は、免許制度の問題、自動車保険の問題、ナビゲーションシステムの問題、車検制度の問題、などの多岐に亘っていた。
結城は、詳細に語られる言葉を聞いて驚いた。
風見は、自動運転車に関わる業務を担当したことはなかったはずだった。それにもかかわらず、問題点を詳細に列挙することが出来てしまう。
「簡単に考えただけでも、これだけの問題が山積しているんだ。俺たちが、現役の間に、実現出来るかも分からないよ。」
結城は、同意した。
「瀬川君は、事故で亡くなる人を減らしたい的なことも言ってたんだよね?」
「そうですね、『何人が犠牲になるんだ』って言ってたから。」
「……それについては、技術が問題じゃないと思うんだ。自動車を使用する人の認識が間違っているんだよ。」
「認識……ですか?」
「そう、結城は、自動車については、どう認識してる?」
「えっ?……改まって聞かれると困りますね。……人や物の移動手段として、便利な乗り物。仕事や遊びでも活用できて、日常生活に必要な物。とか、ですか?……ありきたりですけど。」
「まぁ、人それぞれ多少の違いはあるけど、最初に出てくる認識は、そんな感じが大多数だろうね。」
たぶん、似たり寄ったりの答えしかないだろうと思われる。
だが、それなら改まって風見が質問してくる意味がない。何かが違っているのだろう。
結城は、答えを出した後も悩んでいる。
「でも、その一番最初に頭に浮かぶ認識を、『簡単に人を殺せる道具』としたら、どうなる?」
「どうなる?って……。それは、間違えではないですけど、ちょっと極端じゃないですか?別に人を殺す目的にしている道具ではないですよね。」
「そうかな。俺は、銃と同じ認識なんだけど。」
「……じゅう、ってピストルとかの?」
結城は、聞きながら、右手の親指と人差し指を立ててピストルの形を作って見せた。
「そう、その銃。車社会と銃社会は一緒なんだよ。」
結城には、その二つが一緒になる理由が思い浮かばなかった。何を言ったらいいのか分からず、黙ってしまうしかない。
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