第12話

「自動運転技術よりも、先にやることって、例えばどんなことだ?」


 溜め込んでしまったのなら、吐き出させれば良い。

 結城は自身に与えられた情報の代価として、瀬川のストレス発散の時間を提供することにした。


「アルコール検知器をイグニッションに連動させて飲酒運転をなくしたり、ドライバーの目線を検知するシステムで脇見運転を予防したり、今の技術で簡単に事故を減らすことができるんです。」


「確かに、そんな技術についての議論がされていた時期もあったな。」


 ドライバーの脇見を記録できる装置は保険会社から提供されており、技術的にも証明されている。だが、それは事後の確認の手段でしかなく、未然に防ぐための装置ではない。


「それだけじゃなくて、速度リミッターを一般道と高速道路で切替えて、速度超過を機械的に抑制することだって技術的には可能なんですよ。取締りする必要なんて、ないんです。」


 日本に、速度無制限区間のアウトバーンは存在しない。一般道路と高速道路でそれぞれに最高速度は設けられているのだ。

 穿った見方をするならば、速度超過の罰則金が徴収できなくなることを防ぐために、自動車メーカーが協力している構図を深読み出来なくもない。

 時速180kmで走行可能な性能を持った自動車を製造出来れば、その速度以下は安全に走行出来るとの理論らしい。だが、安全性能の証明とそのまま販売することは別問題だ。


 瀬川の言葉には、しだいに熱が込められてきている。

 乾と同期だと記憶しているが、時々熱くなるタイプであることは共通しているかもしれない。

 本来の話題から逸れていることにも、気が付いていない。だが、彼の提供してくれた技術は、結城の業務時間を大幅に短縮してくれる。その見返りに、結城は瀬川の気が済むまで話し相手になることに心を決めていた。


 他にもメリットはあるだろ?――と、結城は問いかけてみる。


「渋滞は、事故が減れば必然的に発生箇所は少なくなりますよ。信号が青になったことも気付かないで、スマホ見ているドライバーもいなくなれば、自然渋滞も少なくなると思うんです。」


 ね、簡単でしょ。――と、瀬川は同意を求めてきた。


「でも、そんな簡単なシステムが導入されない理由は何だと思う?」


 この答えには、一言で片付けることが出来ない大人の事情が含まれていと結城は想像していた。


「……車自体が売れなくなる危険性があるから。……海外の自動車も同じにしないと日本での販売を許可できない。とか、ですかね。技術的には実現可能なんですから。」


「まぁ、たぶん、そんな感じの話もあるのかな。それが、一番難しい問題なんだと思うよ。事故で亡くなる人が減らないことよりも、経済に悪影響が出る方が嫌なんだ。」


 経済活動を優先させなければ、安定した生活を得ることができないのだからやむを得ないとも考えている。

 瀬川だって、それは理解しているはずだった。それでも、理解することと納得することは、脳内での領域が違う。


「だから、何年先に完成するのか分からない自動運転車に夢を持たせるんだよ。夢や希望があれば、現状に我慢できるんだからね。」


「完成しても、庶民には手が届かない高級品になるんですよ。それでも、ですか?」


 そうだよ。――と、結城は返事をする。世の中には、理解することが出来ても、納得出来ないことが山積だ。

 自動車が販売された当初なんて、マイカーが一家に一台の時代が来ることも「夢のような話」だったのだから。と説明を補足する。


「いずれ、値段は下がって、自分たちにも買える日が来るかもしれない。って思うんだ。」


「そんな日が現実になるまでに、何人の犠牲者が出るんでしょうか?」


「経営者も政治家も時間稼ぎが出来れば、それでいいと考えるんだ。それまでは、『遺憾』だとか『善処』だとかの言葉を使って逃げればいい。」


「人が亡くなっていても?」


「自分の命には関係がないからね。だから、社会のシステムを変えてしまうような動きは選択しないんだ。」


 瀬川は黙ってしまったが、これがトップの思考だと結城は考えている。自分が関わっている時間の中で、「まやかしの実績」だけを作れてしまえば問題ないのがトップにいることが問題だった。


「装置なんかに頼らないでも、スピード出し過ぎない、飲酒運転しない、脇見運転しない。ハイヒールで運転しない。それだけを人間が自制さえできれば問題ないんだ。人間がダメだから、機械に任せるしかない。」


 言葉にすれば、こんなにも簡単なことだと再認識する。こんなにも簡単なことが人間に出来ないことに落胆する。

 

 それだけのために、膨大な技術を投入しなければ解決に至らないことが情けなかった。


「全てのドライバーが正しく行動できれば、技術なんて必要ないってことなんですか?」


「そう思ってるよ。でも、それが無理だと分かってるから、技術で対応するしかないんだ。……技術が進歩すること自体は、悪いことじゃないし。」


「でも、これだけの技術を使って目指していることって、『飲酒しない』『脇見をしない』『速度を守る』『信号を守る』『飛び出しに注意する』だけなんですよね?」



 瀬川は指を折って確認しながら話をしていた。


「そうだよ。人間が『その気』になれば簡単に実行出来ることに膨大な費用と時間をかけて取り組んでるんだ。……あとは楽をするためなのかな?」


 二人とも、技術の進歩は絶対に必要なことだと共通の認識を持っている。ただ、その技術の使い方に疑問があるだけだった。

 自動運転車は、技術的に実現可能である証明だけをすれば良いのであり、人間が厳格でさえあれば、販売する必要など無い。

  

「輸送のドライバー不足も軽減されるとか言ってますけど、乗用車サイズの自動運転も完成できていないんですよ。トラックなんて何年先になるんですかね?」


 瀬川は、これまでとは別の切り口で攻めてきた。

 この応接スペースには時計がないので、時間経過が分からなくなっていた。


「同じ話だよ。可能性があるだけで十分なんだ。」


「……どういうことですか?」


「そもそもが、十年後、二十年後の成功なんて、あまり意味を持たない人たちが主導で進めてるんだから、完成した時の真実なんて不要なんだ。もっともらしいメリットを掲げて、期待させることができさえすれば、問題ない。」


「なんだか、無責任な話ですね。」


 責任者という肩書きは存在するが、本当に責任を全うしている人と出会う機会は少ない。社会人になって、結城は痛感していた。

 

 納得させるだけの答えに導いてあげられなかったが、瀬川が溜め込んでいたものは吐き出せたと結城は考えている。


 僅かな沈黙の後、瀬川が再び語り始めた。


「……自動運転車は別にしても、今の自動車についてサイズが画一的なことに疑問を感じたことってありませんか?」


「ん?今、普通に販売されてる車のことか?サイズなんて、種類が違えば全然違うじゃないのか?」


 どうやら、瀬川の不満は吐き出し切れていなかった。


「そうじゃないんです。同じ車種でも、ドライバーの身長に合わせて、運転席をS・M・Lみたいサイズ分けする必要はないのかな?って思ってたんです。」


「あー、見た目のサイズ感の話じゃないんだね。ゴメン、その発想はなかったわ。……瀬川は、乗る人に合わせて、シートが前後するだけでは不十分だと考えてるんだ。」


「そうなんです。それって、先輩たちが課題にしている『姿勢』の問題の話と同じになるんじゃないですか?正しい姿勢で運転できていない人の方が多いんじゃないですか?」


 全く関連がない会話をしていたと思っていたのだが、結城の開発協力に積極的だった理由は、そこに帰着するらしい。


「シートの位置が前後するだけなんですよ。サイドミラーは鏡の角度が変わるだけで取付位置は変わらないんです。シートが一番後ろの人と前の人では顔の向きが違いますよ。」


 早口で説明されてしまったので、結城は即座に理解することができなかった。


 結城は、頭の中に思い浮かべた運転席に座ってみた。

 シートが一番後ろであれば、顔の向きを少し変えるだけでミラーを確認できる。逆に一番前にすると顔を大きく動かさないとミラーは確認できない。


「……なんとなく分かった気がする。」


「この前、誰も乗ってない車が走ってるのかと思って焦ったんですけど、小さなお婆さんが運転してました。」


 結城は、日本人の成人男性としては平均的な身長だから、特に自動車の運転席に不都合を感じたことはない。

 しかし、座席が前後したり、ハンドル位置が少しだけ調整できる程度なのは、乱暴な解決策なのかもしれない。


「緊急時には身体が反射でブレーキを踏むんです。正しい姿勢が保てないと無理なんです。いつもと同じ場所にブレーキがあるから無意識でも踏めるんです。悪い姿勢で運転している奴が事故を起こすのは必然なんです。」


 もしかしたら、人間の姿勢を骨格データで表示するシステムは、ドライバーの姿勢を矯正するために考案したのかもしれない。結城は、そんなことも考え始める。

 自動運転車の技術として開発したものを、人間が正しく運転させるための装置に転用する発想もある意味では暴挙だ。


「その考えなら、自動運転車が完成すれば、ドライバーの姿勢なんて問題なくなるって反論が出ると思うぞ。」


 瀬川は、低い唸り声を出しながら、腕を組んだ。

 結城が伝えたかったのは、「いたちごっこ」の理屈だった。


「俺、怖いんですよ。自動運転車は、カメラやセンサーだらけになるんです。常に整備された状態で乗っていないと、誤作動が起こるんです。そんな繊細な機械を一般で運用することなんて、実際には不可能だと思うんです。」


 先輩だって、その点については指摘してましたよね?――と、結城からの意見が求められた。


「そうだね、基本は人間が操作して、緊急時だけ自動運転がアシストするだけの車が理想的だと思ってた。その程度でいいと考えてた。……全てを機械任せにすることには懐疑的な立場で、自動運転車が完成したとしてもインフラが間に合わない。」


 その意見を聞いて、瀬川は満足そうに頷いていた。

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