第11話

「早速ですけど……、先輩が、ご所望の機器なんですが……。」


 瀬川は、話をしながらブルゾンのポケットを探った。

 外出しない社員は、会社から支給されたブルゾンを着ていることが多い。こだわりを持った自意識の高い社員で白衣着用者も一定数いる。


 瀬川が取り出したのは、指先くらいの大きさをした円筒状の黒い物体だった。

 取り出した物体を結城に差し出しながら話をする。


「このカメラは、数種類のセンサーを内蔵してるんです。自動運転車用に設計されてますから、精度はかなり高めですね。動体検知で、人間の動きを検出することも出来ますから、結構使えると思いますよ。」


 結城は、小さな円筒形の物体を瀬川から受け取って、じっくりと観察してみた。

 彼の人差し指と比較してみたが、太さは同じくらいで長さは第二関節くらいの小型カメラだった。

 カメラからは細いケーブルが出ていたので、無線機能ではないらしいが、特に気になるような造作ではない。


「カメラの画角に対象者を納めれば、勝手に人の動きだけを抽出してくれるってことか?それで、このサイズなら使えそうだ。」


「このカメラは二つ一組で使用予定なんです。人間の「目」と同じで左右一対で、奥行き情報も計測できるようにセンサーを組み込んでます。」


 3Dで再現できるのか?――結城が問いかけると、瀬川は黙って頷いていた。

 結城の反応を見ていた瀬川は、少しだけ得意げな顔つきになり、今度はスマホを取り出した。


「ところで、先輩は、Vtuberってご存知ですか?」


「んっ?Vtuberって、アバターで動画配信してるヤツだろ。ちゃんと見たことないけど、知ってはいるよ。」


「俺も、知ってるだけのレベルなんですけど、3D配信してるケースもあって、モーションキャプチャーの応用みたいなもので考えているんです。」


「でも、あれは撮影される側の背景を緑一色にして、全身タイツみたいなの着てないとできないんじゃなかったけ。」


「……先輩、それは少し情報が古くないですか。今は、ネット配信者が簡易な設備でも簡単に処理できるようなものもあるんですよ。それなりに費用は掛かるみたいですけど、勉強不足ですね。」


「悪かったな、知らなくても生活に困らない話には興味がないんだ。」


「その言い訳は、この会社で働く上で、職務怠慢になると思いますけど。……まぁ、一般的に流通しているソフトよりも進化させているので、本当はもっと大掛かりな装置になるんですけどね。」


 瀬川は、指先大のカメラに付いているケーブルをタバコの箱サイズの送信器に差し込んだ。

 そして、スマホを操作してアプリを起動し、結城にスマホの画面が見えるようにした。


「ほら、こんな感じになります。」


 指先大カメラで、結城を撮影するように向きを変えて調整すると、スマホの画面内には、線だけで表現された人形が座っていた。

 赤い球体の関節を緑の線で繋いでいるだけの省略された人形だが、人間を表現していることは確実だった。


「肉付けや表情も必要ないので、骨格データだけで人間を表現した情報で十分だと思うんです。これを、リアルタイム処理することで、先輩の目標に近づくんじゃないですか?」


「まぁ、そうだけど……。」


 今までの説明を聞いていて、少し疑問が生じていた。

 カメラやセンサーの技術は自動運転車のものだとしても、スマホで骨格データを読み取る技術は瀬川の業務と関連性が見えてこないので、違和感を抱いていた。


「これって、君たちの研究開発のテーマとは別物じゃないのか?こんなにコンパクトにする必要もないはずだし。」


 結城は、疑問に感じたことを率直に質問してみた。


「このカメラとセンサーは、俺たちの成果ですよ。モーションキャプチャーと3D化については、他所の開発ルームから拝借してきた試験中の新技術が入ってますけどね。」


「……だろうな。でも、何で、そんなことまでしてくれたんだ?」


 チーム風鈴の課題にとって、瀬川が提供してくれた情報は間違いなく有益なものである。

 数分で説明が終わってしまうほどの情報量ではあるが、余計な枝葉になる情報はカットされており、必要最低限だった。


 この段階まで準備するには、それなりの時間と労力が必要だったと思う。況して、他の開発ルームでの技術まで盛り込んでいるのであれば相当な苦労が考えられる。


「あれ?もっと喜んでもらえると思ってたんですけど。」


 瀬川は、言葉とは裏腹に残念に感じている様子は見られない。笑顔で結城の反応を窺っていた。

 瀬川は、結城が疑問に持ってしまう状況も想定していたのだろう。


「いや、かなり助かるから、嬉しいんだけど……。これだけで、対象者の姿勢がどうなってるかを簡単に観察することが出来るんだから。」


 それは、噓偽りのない感情。結城が、数日かけて調整するつもりだった業務が今の短時間だけで大半が片付いてしまったことになる。 


「大丈夫ですよ。別に見返りなんか要求しませんから。」


「いや、逆に要求して貰った方がいいレベルなんだけど。……これだけの情報なんだから、タダでって訳にはいかない。」


「ホントに、要求することなんてないですよ。……実を言うと、俺のやってみたいことにも使えそうな技術だったんで、先輩の話がある前から準備してたんです。だから、先輩への情報提供は、『ついで』みたいなものです。」


 瀬川は「ついで」と言ってくれているのだが、甘えてしまって良いのか結城にとって難しい判断になっている。

 とは言っても、結城の風鈴チームからは提供できるような技術も情報もないのが実情だ。

 

 結城が困惑した表情を見せていると、瀬川が助け舟を出してくれた。


「それなら、メシでも奢ってくださいよ。」


 それを聞いた結城は合意したのだが、それだけで相殺できるとも思ってはいなかった。


 少しだけ躊躇う様子を見せた瀬川が、


「いや、実は、自動運転の自動車を作ることに意味を感じなくなってきてるんです。」


「えっ?……作る意味?」


「もちろん、仕事ですから、ちゃんと取り組んでますよ。でも、自動運転の車ができたからって、何の役に立つのか疑問で……。今は、もっと他にやるべきことがあるんじゃないかと思ってるんです。」


 いつも快活な男が、珍しく俯き加減で静かに語っていた。


「役立つものだとは思うよ。交通事故の減少や渋滞の緩和、高齢者送迎の手段……メリットは色々あるんだし。必要になってから開発を始めても手遅れだから、今から技術を向上させていくんだろ。」


 結城は、自身の杓子定規な言葉に嫌悪感を覚える。

 瀬川の悩みに対して、誠実に向き合っていない人間の回答に思えてしまっていた。


「本心から、そう考えてますか?先輩だって、本当は同じこと考えてたから、エスドラルームを離れたんじゃないですか?」


 部署替えについては、会社からの指示だよ――、結城は、言葉を濁すしかなかった。


「自動運転車を作る前に、克服しないといけない問題が沢山あるのに誤魔化してるだけなんですよ。皆の目先を自動運転技術に向けさせてるだけなんです。」


 明らかに苛立った様子で語り始めている。


「それでも実用化には、かなり近付いているだろ?既に技術の一部は市販車に採用されている。」


「まだ、ほんの一部です。それに、一般の人間が手の届く物になると思いますか?」


 瀬川は、真面目な人間だ。結城が転属してから、身近に相談できる相手がいなくなって想いを溜め込んでしまったのかもしれない。


 この会社で働いている人たちの多くは、自身が作り出すものにしか興味がない。それが、社会にとって有益だと確信することで、他者の思考に配慮することは少ない。

 実際には、その姿の方が会社にとっては正しい在り方なのかもしれない。

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