第6話

「自分勝手な理由で罪を犯している人が大勢いるんです。そんな人間の人生を背負って裁判に臨む覚悟が必要で、重い罰を与えられないのであれば……。」


 日高が風見の顔を見ながら話す。


「それが人間としての限界ってことですか?」


「たぶんね。やっている本人たちは絶対に認めないと思うけど、AIで無機質に裁いた方が良いかもしれないね。」


 風見も自分なりの結論を出して話をしている。


「人間は、所詮感情の動物だからね。個人的な感情を露骨に出して判決を下した方が、もしかしたら納得できるのかもしれない。AI導入の対象として見られたくなければ、『私は、この事件を許せません』みたいに裁く裁判官がいてくれた方が比較出来て良いのかもしれない……。『罪を憎んで人を憎まず』なんて言うけど、本当の意味で実践するなんて無理だな。人間は罪を犯した『人』を憎むんだ。」



 居酒屋に似つかわしくない空気が五人の周囲を包んでいた。

 それでも不思議なことに、五人全員が居心地の悪さを感じてはいなかった。


「……殺人犯を裁く権利があるのは、身近な人を殺された人だけだと思うんです。被害者の気持ちを理解出来る人が、出した結果なら納得出来ると思う。……でなければ、AIの方がいい。」


 静かに日高が言った。


「犯罪が起こらないことが一番ではあるだろうな。」


 おそらくは実現することがない究極的な言葉を野上が最後に口にしたことで、この話題は途切れることになった。


 実現することがないとしても、そんな優しい世界を言葉に出来る人間が近くにいることで穏やかな気持ちになっていた。



 だが、野上の本領は発揮され続ける。彼は話題の脈絡を無視して、思いついたままに発言することが出来るのだ。


 そして、彼が放った一言が会話の流れを再び大きく変えることになった。


「ところで、〇〇戦隊とか〇〇ライダーとか、捕まえずにやっつけちゃってるけど、それこそ裁判にかけてなくて大丈夫なんですかね?」


 全員を穏やかな気持ちに変えてから数分しか経過していないのだ。発言の落差に驚き、四人は揃って野上の顔を見た。

 確かに裁判としての要素は含まれているのだが急激な変化で即座に反応出来ていない。あまりにも不意打ちだった。


 誰からも返事がなかったので、野上は説明を補足し始める。彼は自分の説明が不十分なために返事がないと判断したのだ。


「いやっ、ちゃんと警察が証拠を集めて逮捕してから送検して、裁判する段取りが必要なんですよね?その段取りを無視して、いきなり倒しちゃったら、違法行為ですよね。悪者には人権が認められていないんですか?」


 正論ではあるのだが、絶対に触れてはいけない危険な領域なのである。その部分に触れてしまえば、大半のアニメや特撮ヒーローが成立しなくなってしまう。


 普段であれば真面目に議論することなどないのだが、全員がそれまでの話題で奇妙なテンションになっていた。

 そして、この話題に乗ってしまうことになる。


「……あー、えっと、政府の特別機関所属とかで大丈夫なようになってるんじゃないかな?」


 まずは結城の回答である。


「現行犯だから証拠集めも必要ないんじゃないですか?」


 続いて野上の回答。


 まだ脳内が話題に追いついておらず当たり障りの無い回答で流れを作ることにした。ちょうど数日前に結城もテレビで見ていたが現代版の詳しい事情は知り得ておらず、子供の頃の記憶でしかないのだ。


「でも、特別な機関でも黙って倒しちゃったらダメですよね。それって、民間人には内緒で処理してることになって、公の場で裁くことにはならないですよ。現行犯だったとしても認められているのは逮捕だけじゃないのか?」


 野上は二人の考えに対しての不備を同時に指摘した。

 他の四人は野上の熱意を感じ取り、日高の話題同様に扱うべきかもしれないと思い始めた。


「……それこそ裁判所の立場がないですよね?」


 野上は不満気な様子を見せている。残念なことに、この手の話題に対応できる知識を有している者が、この場には不在だった。


 全員が三十代であり記憶も曖昧なはずだったが、野上は違っているのかもしれない。結城も先日見ていたヒーローを思い出してみる。


「『裁判』ってキーワードだけ残して別の世界に飛ばされた気分になりますよね。」


 日高が笑みを浮かべながら結城に小声で話しかけた。


「正義の味方なら正々堂々として欲しいんですよ。そうじゃないと倒した相手が本当に『悪』だったのかハッキリしないですよね?」


 誰かが「TV番組だから仕方ない」の一言を発することで、この話題を簡単に解決することは出来る。しかし、野上の真剣な表情がその言葉を封印してしまう。


 倒した相手を警察に引き渡して、裁判の結果を待つ。たぶん、三十分の番組編成では無理だと分かるし、もはや子供向けですらない。

 また、特撮ヒーローの企画書をテレビ局に提出して認められるとは到底思えない。


 裁判をAIが担当する時代の到来の方が可能性として遥かに高いと結城は感じてしまう。


「きっと、ネットとかで事件の顛末を報告してるんだよ。こんな悪いことをしていたので逮捕しようとしたけど抵抗されたので倒して処理しました……、とか?」


 ここでは風見が回答を出してくれた。

 子供には聞かせたくないような現実的な報告書方式を例に挙げたのだった。

 

 報告書を作成しているヒーローなど見たくはないし、見せたくもない。上司から修正を申しつけられている姿なんて最悪だ。

 きっと悲哀が含まれてしまい大人の共感は得られるだろうが、子どもからの人気は得られない。


「……お年寄りでパソコンを使わない人だと分からないから、ネット以外でもテレビとかで報道して欲しいですよね。」


 完全にツッコむポイントを野上は間違えているのだが、少しだけ納得したような表情になっていた。

 最近の業務で高齢の方を相手にする機会が増えていたので、そんなことも気になったのかもしれない。


「それなら、特別に広報誌とか発行して配布するとか?」


 これは乾の発案だが、即座に日高が反応する。


「広報誌って、全国版になるのかな。日本中で配布するなら結構な予算が必要だよね。」


 真剣な顔で話をしているが、頭の中まで真剣なのかを三人は疑っていた。少し面白がってしまっているのかもしれない。


「日本だけではダメだろ?世界征服とかが目的だった場合は世界規模で影響が出るんだから。」


 こんな時に限って、野上の頭の回転は早かった。


「世界中が影響されることで、日本だけが費用負担させられるのは不公平だよな。」


 と、結城も応じてしまったことで、その後の議論は無駄に白熱してしまっていった。


 「あれって日本以外でも同じような戦いがあるのかな?」「海外なら銃火器で対処するんじゃないか?」「名乗ってから戦うのって日本だけらしいぞ。」

 関係ない話も混ざって入るが、緊張と緩和でバランスのとれた良い内容になっており、想像以上に会議は盛り上がりを見せた。


「なんだか裁判がテーマみたいになったけど、面白かったですよ。ヒーローが正義の味方か疑わしい話になったのは残念でしたけど。」


 乾の発言に、「そんなつもりはなかったんだ。」と、野上が返したことで皆は声を上げて笑った。


「野上は正しいことをするなら方法を間違えちゃダメって言いたかっただけなんだろ?気持ちは分からなくもないよ。……でも、善悪なんて曖昧なものだから、あまりこだわり過ぎないようにしないとね。」


 風見が何気なく口にした言葉であったのだが、結城は凄く大切なことのように感じていた。


 善悪を客観的に判断することは難題なのだ。立場や環境次第で善悪の境界線は事も無げに位置を変える。

 日高が裁判にAIを導入させたかった理由がそこにある。

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