第4話
こんな機会でもなければ理由を明かすことなかったのだろうと思う。思わず本心を語ってしまった恥ずかしさが風見からは漏れ出していた。
しかしながら、何気ない会話の流れではあったが、「聞けて良かった」と、四人が同じように感じたのは間違いない。
「……まぁ、いいじゃないかチーム名の由来なんて。他の話を進めててよ。」
これ以上、この話題を掘り下げて聞くことは難しいだろう。風見からのシャットアウト宣言が発せられてしまった。
その後、しばらくは静かに飲んでんいた。
チーム名に込められた想いとプロジェクトの在り方を考えて、各々思うところがあるのかもしれない。
しんみりとした空気を打ち破ったのは、天然由来の野上発言であった、
「でもさ、ロボット開発の会社って言っても、ロボット作れないんだよね。なんか、ちょっと残念だよ…。」
野上から前触れもなく語られたのは驚きの言葉だった。
発言者の性格上、この場の空気を変えるための話題転換を狙った発言ではないと思われた。
野上の頭の中にはアニメで見るようなロボットが想像されていたのだろうが、このタイミングで発言した理由は不明だ。
新入社員の発言ならまだしも入社して十数年は経過している彼に疑問を感じてしまう。
「えっ?ロボットなら作ってるだろ。」
淡々とした正論で日高が野上に応じた。
日高の興味を示していないような態度に油断していると危険であり、会話の内容はしっかりと記憶されている。後日、野上をからかうネタにされる心配をしながら三人は見ていた。
「予想していたロボットとは違うんだよ。もっと派手なものが作りたいよね。」
野上が披露したのは想像通りの答えだった。
社員の多数が口に出す勇気がなかったとしても同じことを期待していた時期はあったはず。この場で野上の意見を聞いていた4人も身に覚えはあった。
「まぁ、地味ではありますけど、それぞれ役には立ってるものじゃないですか?」
乾の言葉に野上は渋々納得した様子を見せた。そして発言者の乾が少しだけ躊躇いながら話を続けた。
「でも、俺たちが便利に使っている技術って、軍事技術の転用と聞いたんですけど……。GPSだって、元々は軍事目的の衛星からですよね……。」
言葉を探しながら話は途切れた。あまり過激な内容にはしたくないのだろう。
「軍事目的に限った話じゃないよ。企業として利益を生んでくれるものは開発速度が早くなるんだ。」
負の思考と負の感情は伝染してしまう。この場の全員が何か嫌なものを感じる話題から遠ざけようとして結城は話した。
「携帯電話がスマホになったり、ドット絵のゲームがVRになったりとか……、ですか?」
乾が質問で返してきた。
「他にもあるだろうけど、分かり易い例えだとは思うよ。商業価値があると判断されれば、急速に進歩する。」
結城は当たり障りないように応じて終わらせようとしたのだが、乾は更に話を続けた。
「それなら、莫大な軍備拡張予算を企業が見逃すわけないってこと……、ですよね?」
軍事費・国防費・防衛費。指し示す言葉は違っていても同じことである。日本の防衛費は約5兆円だが、世界中の3パーセントにも満たないのだ。
「……否定はしない。」
結城はそれ以上何も言えなくなった。
アニメの中で戦闘目的で作られているロボットは異常な速度で進化する。アニメの設定上、新キャラが必要になるのだから当然のことであるのだが現実世界でも大差ないかもしれない。
「軍事目的で技術は向上する。」その可能性を考え始めると嫌な気持ちになってしまった。
そこには風見がチーム名に込めた想いと全く別の思惑が存在していることになる。
お人好しな五人は「平和ボケ」のままで生きていけることを願い、改めて「風鈴」のチーム名での意味を考えた。
居酒屋会議は金曜日開催になっているので、週末の店内はかなり混雑していた。
この雰囲気でアルコールが入ってしまえば当然のように「会議」として集まっていることは忘れ去られるので、結城は忘れないうちに決めごとを処理することにした。
「一応、今回はテーマの提供者は風見さんとなっていますが、何について話し合いますか?」
この会議が雑談だけで終わったとしても業務には一切支障ないのだが、十回目であることと今回の議題提供者が風見であることから確認だけしておきたかった。
普段の風見であれば苦笑いを浮かべて誤魔化すのだが、今日は少しだけ考えた表情を見せた後に語り始めた。直前にチーム名の由来について聞かされた四人は風見に注目する。
「……いや、AIについて皆の考えを聞いてみたいんだ?」
神妙な雰囲気での問い掛けに全員の動きが一瞬停止した。
「人工知能についての考えですか?」
結城は当然のことを聞き返しただけだった。そして、入社当初の話を思い出している。
風見の質問は大雑把なことが多いので答える側は質問の内容を精査しなければならない。
「そう、人工知能について。」
現代社会において様々な分野でAIの導入は活発に進んでいるが「AI:人工知能」としての定義は曖昧な点も多くある。また、AIが人間の役割を奪う可能性や倫理的な論争が起こったこともある。
風見の質問を受けて四人は様々に考えを巡らせ始めていた。
「あー、AIの将来性について会社にレポート提出しなきゃダメなんだよね。」
だが、風見が拍子抜けな理由を伝えたので周囲を取り囲んでいた緊張感は一気に吹き飛んでしまう。
単純に会社へ提出する「宿題」に苦慮していたであり、小学生の悩みと同レベルのものだった。
「……えっと、AIの技術導入先について、とかですか?」
乾が残念な想いを滲ませながら静かに問いかけた。
「いや、限定した話ではないんだけど……とにかく、AIについての展望が書ければ問題ないと思うんだよ。」
風見から一切のやる気は伝わってこない。とりあえず提出さえ出来れば問題なし、といったスタンスで臨んでいるらしい。
チームの責任者であれば会社からも評価される人物であって欲しいと四人は望んでいるのだが、同時に風見の性格を理解していたので諦めてもいる。
「現実的な話じゃなくても大丈夫なんですか?」
質問に対して最初に反応を示したのは日高だった。
こんな場面で真っ先に参加することは珍しいのだが、日高の表情は真剣だった。
「荒唐無稽なものじゃなければ構わないよ。」
現実的な考えではなくても根拠さえ存在していれば問題ないらしい。
「可能性ってことで考えれば、俺は現状で効果的なAI導入先は『裁判所』だと考えています。」
日高が発した言葉の意味を四人が理解するまでに少し時間を要した。AIと裁判所を直接結びつけて考えることが出来なかったのだ。
司法制度へ話題が向かったことが意外であり、触れることに躊躇いはあったが、日高は迷いなく発言していた。
「……裁判って、……何でそんな内容が出てくるんだよ。」
ここでは野上が日高に問いかける。
「いや、だって裁判の判決に納得いかないケースが多いじゃないか。あれって、判例に従ってるだけみたいに感じられるからだろ?……犯罪の割に短い刑期なことが多くて、反発ばっかりじゃないか。『民意』とか無視して、勝手にやってる雰囲気が強いから、裁判官の存在に意義を感じないんだよね。」
一歩間違えれば過激な内容であるのだが、少なくともこの場にいるメンバーは共感していた。
「だから、裁判官の仕事をAIが変わって担当するのか?」
結城はザワツク心を落ち着かせながら、再確認するように日高に話しかけた。
「いえ、裁判官に限った話じゃないんです。検察官や弁護士も全てがAIで良いんです。」
「それって、裁かれる人以外はみんな機械ってことか?」
日高の話しから結城が想像していたのは、裁かれる人間が画面に映し出された判決文を読むだけの無機質な裁判だった。
「そうですね。……死刑を宣告するにしてもAIなら躊躇いなくできるし、曖昧な判断基準もなくなると思うんです。」
日高はビールを飲んで、熱を帯び始めた自身の身体を冷ました。
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