第2話
「順調なことで、何か問題でもあるんですか?」
結城は益々分からなくなり、思ったままに質問を返すことにしてみた。
「んー、確かに、福祉介護の需要は多くなっていると思うけど、順序良く行き過ぎている感じが、何か釈然としないんだ。……結城は、そんな風に感じたことはない?」
風見の言葉を聞くまでは考えることもなかったのだが、折角の機会であるので結城は振り返ってみた。
「チームが出来てスグは、何から手を付けていいか分からなかったので、既存の商品の改良から手を付けましたよね?」
風見は黙って頷いて聞いている。
「うちの会社には基準に出来る商品なんて無いから、提携している会社の商品を改良することから始めることにしました。」
結城の言葉を聞きながら風見も追想しているのだろう。
「とりあえず電動車椅子と介護ベットのセンサーや電子制御を改良した商品から着手して好評だって聞いてます。」
「そうだよね……。他のチームで開発した部品も取り入れて、次の試作機でテストも始めてる。」
「そうですね。……僅か一年足らずで、かなり順調だと思います。」
結城は自分が発した言葉に違和感を覚えた。
――僅か、一年で……?
そこで結城は風見が抱いている疑念について、理解し始めていた。「順調過ぎる」ことが、問題になっている。
「提携企業との段取りで『上』の確認が必要なときも、余計な時間も取られることもなくスムーズ、でした……。」
風見は、表情を変えることなく再び黙って頷いた。
「提出したきた企画書が、修正指示が入ることなく許可されたのも、何だか変だ……。」
結城は言葉にしながら確認作業をしている。彼らが属しているのは良くも悪くも組織であり、あらゆる場面で当然のように承認が必要になる。
「なっ、おかしくないか?」
「……おかしい、ですね。」
風見が言いたいことを結城も分かっていた。
――でも、そのことに何の意味があるんだ?
風見と結城は大学を卒業して以降、変わることなく現在の会社に勤め続けている。お互いに社歴は二十年に満たないのだが、それなりに内情は理解している。
研究開発と言う表向きは進歩的な業種を謳っていても、企業としての体質は旧態依然としている。社内承認にも時間が掛かるし、余計な横槍が入ることも数多ある。
鉄は熱いうちに打て。と言われるが、ゼロから立ち上げた部署にしては異常な展開だった。承認を待っているだけで時間が経過していく会社にしては展開が早すぎる。
「それに、五人の構成も不自然、かもしれないですね。」
チームの構成員は、全員が三十代である。
責任者の風見は役職が課長であり、副責任者の結城は課長補佐である。残る三名は全員が主任となっている。
同年代の社員と比較しても就いている役職は高めではあるのだが、準備段階の部署とは言え平均年齢が若過ぎた。
「『年が近い方が、意見交換しやすい』とか『クロスチェックもしやすい』とか、そんなことを言ったんだ。あり得ないだろ?」
「まぁ、あり得ない理由ですね。」
五人の選別について、そんな理由が風見に伝えられていたことを結城は知らなかった。いかにも、もっともらしい文句ではあるのだが結城には嘘臭く聞こえる。
「結果として、意見がぶつかることも少なくて、仕事が早かったんだけど。アイツらが、本当にそんなことまで考えて人選すると思うか?」
「当然、思えませんね。」
風見が「アイツら」と呼称するのは、偉そうな役職名だけを冠して、何の仕事をしているか分かり難い連中のことだ。
自己の利益を優先することしか頭にない人種が、現場の利益を鑑みての人選するはずなどない。
しかし、会社に隣接する喫茶店で上層部の人間を「アイツら」呼ばわりしている風見も肝が据わっていると結城は思っていた。
「冷静に考えてみると、何だか気持ち悪い展開ですね。」
「高齢化社会の中で、福祉介護は無視できないと判断したことは、企業として至極当然だと思うよ。俺も色々と調べてみて賛同することも多い。……でも、今回は会社の対応が何か違うと思うんだ。」
「……何か、違うって。それって、何なんでしょうか?」
「ゴメン、それは分からない。ただ、何だか居心地が悪く感じるときがあるんだよ。」
風見は面倒臭がりな印象で愛想も良くはない人間だ。
だが、管理能力は高く、風見が出す指示も的確なのだ。出世欲がないにもかかわらず今のポジションにいることが能力の高さを証明していると考えられる。
付き合いとしては短い時間だが、結城は2歳年上の上司を尊敬していた。
その風見が何か違うと判断していて、この状況を気味悪がっている。
二人の間に沈黙が流れて、同時にコーヒーを口にした。
「これまで提携会社の介護用品を改良する手伝いだけだったのが、オリジナル機器の開発を進める許可が出されてるんだ。……皆の意欲を削ぐようなことはしたくないんだけど、結城にはこのことを気に留めておいてほしいんだ。」
会社としても全く実績のない業態へ進出することはリスクがあり、それなりに神経を使う仕事の連続になっていた。何もかもが手探りであり、勉強の毎日だった。
五人しか居らず、自分の専門分野以外でも避けて通ることはできない中でストレスも感じているはずだった。
その苦労を無駄にはしたくない、無駄にして欲しくない。二人は共通して熱願している。
「これまでは流通している製品に改良に使える技術を社内から探してくるだけの作業でしたからね。元の製品の品質に助けられた感じは否めないですけど、それなりに苦労しましたから。」
一年近くは他社製品を良くするために自社の技術転用を提案する地味な作業の連続だった。企画の段階から評判が良く、それなりの利益が見込めていることで社内でも比較的高く評価されているらしい。
その評価の結果、次の段階への移行するように指示を受けたばかりで、一番士気が上がっている時かもしれない。
「でも、順調にいっていることに不信感を持つなんて、悲しい話ですよね。自分の勤めている会社ながら情けないですよ。」
「確かにね……。これまでは、アイツらの考え方が多少柔軟になったのかなって看過してきたんだけど。……さすがに、開発企画書のチェックが数日で一発オーケーなんて、あまりにも不自然すぎるから。」
もちろん、風見にも迷いはあるのだろう。
現在の状況が、いかに不自然だとしても、そんなことをして何の意味があるのか全く分からないのだ。
風見たちの仕事が円滑に進むことで会社側にもメリットはあるのだから、疑うこと自体が無意味なことなのかもしれない。
「全く根拠のない話で申し訳ないんだけど、今は、記憶に留めておいてもらえるだけで構わないから。」
「分かりました。」
風見の要求に、結城は言葉短く応じた。そして、結城なりに考えを巡らせてみる。
ありふれた企業で、福祉介護に関わる機器を製作するだけの仕事でしかない。世間から注目されている業態でもなければ、莫大な利益を生み出す製品開発でもない。
風見が憂慮するのは社内トラブル程度のことのはず。上層部の気まぐれで起こる問題に部下が巻き込まれないように先手を打った程度のことなのかもしれない。
結城はコーヒーを飲みながら窓から外を眺めた。そこには十数年間通っている見慣れた会社の外観があった。
それなりに大きな組織とはなっているが、ありふれた企業でしかない。働いていれば苦労もあったが、それは日常のレベルでの話であり、寝不足と愚痴で乗り越えることが出来ていた。
だからこそ、結城は「余計な心配だった」と杞憂に終わってくれる日常を想像することしか出来なかった。
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