セイギのミカタ
ふみ
第1話
AI=人工知能が進歩していけば、人間を殺す時代が到来すると言われている。それはSF的な見地であれば、AIを搭載した兵器が人間を駆逐する行動を取り始めてしまうことであり、人間と機械の戦争をイメージしてしまう。
だが、上司から言われた言葉は違っていた。
「AIは、もう人を殺し始めているぞ。」
と言われてしまった。そして、さらに続く話で、
「まぁ、殺そうとして殺してるわけではないだろうな。AIは、無駄なことに時間を使ったりしない。」
「……どういうことですか?」
「それは、この会社で働きながら自分で考えてみることだ。だけど、お前がもし、俺と同じ答えに辿り着いたら仕事を続けられなくなるかもしれないな。」
入社早々、とんでもないことを言う上司だと思った。それでも指導は丁寧で優しく、色々なことを教えてくれた。人情味に欠ける社員が多い社内では珍しい人だったことを後になって痛感させられている。
そして、入社して一年が過ぎた頃に、その上司は会社を去って行った。もしかすると、もっと早くに会社を辞めていく予定だったのかもしれないが、教育してくれるために一年という時間を与えてくれたのかもしれない。
その時に感じていたのは、寂しさと得体の知れない恐怖心。
一人でやっていける自信がなかったわけではないが、この会社から「心」が奪われていくような錯覚があった。
だが、それでも月日は流れて十数年が経過してしまう。
◇
特撮ヒーローの番組を見るなんて何年ぶりのことだろう。日曜日の朝、朝食を食べながらのBGMに流していたはずのテレビに結城彰は集中してしまっていた。
前週までの放送を見ていない彼がストーリーの展開を把握するには至らなかったが、呼び覚まされるモノがあったのかもしれない。
36歳になった彼が記憶しているヒーローと現在の画面に映し出されているヒーローを比較すると、かなり進化していたことには驚いた。が、それと同時に肉弾戦が基本路線として継続されていることにも驚いていた。
普通の服を着ている主人公とは違い、特撮ヒーローの動きには誤魔化しが利かない。闘っている一つ一つの動作が綺麗であり、強さの表現を手助けをしているようにも感じらる。
昨晩寝る前に見ていた映画は初老の刑事が主役だった。猫背でヨレヨレのコートを着ていたが哀愁を感じさせる独特の格好良さがあった。
しかし、猫背の特撮ヒーローは許されない。
余韻に浸りながら朝食を終えて、彼はテーブルを離れて姿見の前に立ち自分の姿を眺めていた。
――やっぱり背筋は伸ばした方がいいな……。
年齢の割にはスタイルを維持している方である。それでも寄る年波には勝てず、隠し切れなくなっている衰えは出始めている。
彼は肩を落として背中を丸めてみた。
――哀愁……は、感じられないか。
鏡の中にはただの疲れた大人が立っている。外見だけを似せたところで哀愁は滲み出てくるものではないのだと思い知らされる。
彼は内側から滲み出る魅力を諦めることにして、再び背筋を伸ばした自身の姿を見た。
――姿勢って大事だよな……。
子どもの頃に憧れた存在なのだが、大人なってから見てみると現実的な感想でしか持てなくなっている。
それは当然のことで、大人になった彼が純粋にヒーローを求めることの方が問題である。
――ヒーローにはなれなかったけど、せめて格好良い大人にはなりたい。
36歳は微妙なお年頃なのだ。
仕事でも責任あるポジションを任されていて、人生の中で到達可能な地位は予想出来てはいる。だが、予想した上限を超えるために挑戦する野望を抱くことは中々に難しい。
無難に現状維持を優先してしまうことはやむを得ないことだ。
世の為、人の為。等とはいかないまでも恥ずかしくない大人であるために彼は鏡の前で背筋を伸ばして胸を張ってみた。
――ヨシ!……頑張ろ。
予定のない日曜日の朝、無駄な気合を入れることになってしまったのだった。
――でも、子どもが感じる格好良さって何なんだ?
記憶を辿って子どもの頃に特撮ヒーローに憧れた感覚を思い出そうとしてみた。
――幼い頃に「動作が綺麗」「姿勢が良い」のを見て、「格好良い」とは思ってないよな?
数ある悪と戦うストーリーの主人公の中でも特撮ヒーローへの憧れは強かった記憶がある。実写であったからかもしれないが、「頑張れば自分もなれるかもしれない」ヒーローだった。
その日は買い物に車は使わず、歩いて行くことにした。
◇
月曜日の午前中、結城は会社に隣接する喫茶店に来ていた。高齢の夫婦が切り盛りしている昔ながらの喫茶店は、席数もさほど多くはない。店名を「道楽」と付けているのだから繁盛させることは狙ってはいないのだろう。
それでもランチ時となれば満席になることもあるが、この時間には疎らにしか客の姿はなかった。
「悪いな。社外にまで呼び出して。」
「いえ、それは構わないですけど。……風見さんに、改まって呼び出されるなんて、意外だったから驚きましたよ。」
ボックス席に結城は風見聡と向かい合って座っていた。
社内の同じ開発チームに所属しており風見は結城の上司であり、チームの責任者となっている。
とは言え、チームは総勢で五人しか在籍しておらず、年齢が近い人間が集められたので上下関係を意識することはあまりなかった。
「別に改まった感じではないから気楽にでいいんだ。俺たちのチームのこれまでについて、結城の意見も聞いておきたかったんだ。」
「『これまで』のこと、ですか?」
「冷めないうちに飲もう。」と、風見はコーヒーを勧めてきた。
結城は勧めらてコーヒーを一口飲んだ。この店は彼も何度か利用したことはあり、苦みは少なく後味もスッキリしているコーヒーは好きな味だが職場から近すぎることが災いして頻繁には利用しににくいのだ。
――「これから」のことじゃなくて、「これまで」のことか?
コーヒーを飲みながら結城は風見は相談内容を考えていた。わざわざ過去の事案を振り返ることに疑問を感じていたのだ。
新規事業の部門立ち上げを目標として、風見と結城を含めた五人が招集されたのは半年ほど前のことである。
彼らが勤務しているフューチャーシェアリング株式会社は、主軸業務がロボットの企画・開発となっている。製造ラインの自動化、インフラ整備、様々な場面での効率化を図るために導入する企業向けロボットの開発をしている。
需要が見込めるものであれば対応することが多く、導入先の企業は多岐に亘っていた。
そんな中で福祉介護用具での市場調査や販路拡大の見通しを立てるために突然に五人はチームとして編成された。
現在、介護や福祉は無視できない業界となっており、将来的に会社の利益を上げられるだけの部署になるのかを探っている段階であった。
五人だけのチームでは各人の職責を果たして前進させるだけで精一杯の状況であり、改めて振り返って考える余裕などはなかった。
「まぁ、これまでの仕事の『進み方』について、どう考えてるかってことを聞いてみたいんだ。」
風見は、コーヒーカップを覗き込むように俯いたままで語り掛けた。
「今までの状況ですか?……急ごしらえのチームだった割には、とりあえず順調にいってると思いますけど。問題になるようなこともなかったし……。」
「そうだよな。五人だけのチームで活動期間が一年とすれば順調ではあるんだよ。……でも、結城なりに感じたことを聞いてみたいんだ。」
風見の言い方を聞いていると順調に進んでいる事実に対して不満を感じているように思える。ただ、風見自身も不満の対象が分からないために漠然とした質問になっているのだろう。
責任者として順調に進んでいることは喜ばしい状況でこそあれ、疑念を持つ必要性が結城には思い浮かばなかった。
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