第八話 王女さまの猫

第8話 王女さまの猫1



 ジゴロをしているワレスでも、皇子や皇女に出会うことはそうそうない。ましてや、外国の王女になど。


 その日はたまたま、ジョスリーヌについていった夜会で、その人に出会った。

 美しい黒猫を抱いた、金色の髪の姫君だ。


「あら、めずらしい。アンネマリーさまね」と、ジョスリーヌが言うので、聞いてみる。


「ユイラ人じゃなさそうだな」

「彼女は北三国のうちの……えーと、地理は苦手なのよ。グラノア? だったかしら。とにかく北の国の王女さまなの」

「グラノアだろうな。ユイラと古来から縁の深い国だ。セレニアやセイレスはほとんど国交がない」


 なにしろ、とても遠い国だ。ユイラ皇国の北にはルイド大公領、十二公国があり、さらにその上に北三国という位置。聞いた話では、そのなかでもとくに北側のセレニアでは年間の半分が雪に閉ざされているのだとか。

 常春のユイラから見れば、別の惑星の話だ。


「ふうん。その王女さまが、なぜ、ユイラに?」

「あのかたは亡きエニティ皇子さまの元婚約者よ」

「へえ。あれが」


 先年、将来を嘱望しょくぼうされていた若き皇太子が夭逝ようせいした。今の皇帝陛下はたいへん高齢で、その陛下のゆいいつの皇子であっただけに、国民の多くは悲嘆に暮れた。人望があり、おだやかで優しい皇子だったという。


「そうか。グラノアは古くからユイラの皇室と婚姻関係があるからな」

「ええ。皇太子さまのお妃さまとなれば、そのへんの貴族の娘では務まらないものね。国内から相手をつのるなら、十二騎士の家柄か、公爵家の娘。国外ならグラノア、アウラ、十二公国の公女。そのくらいね」


 ワレスはチロリと自分の愛人でもある女侯爵をながめる。ジョスリーヌも十二騎士の家柄だ。外国の王女と張るほど高貴な血筋なのだと、今さらながらに思う。本来ならそばに立つことも、話をかわすこともできない身分だ。


「でも、皇太子は亡くなった。陛下の残る御子は末子の皇女が一人だ。第一皇女はすでにアルメラ大公に嫁いでいる」

「そうなのよ。アンネマリーさまはユイラの宮廷に居場所がなくなったわ」

「でも、それなら自国へ帰ればいいじゃないか? 何しろ王女だ。父王はまだ姫君を他国へ嫁がせることができる」

「ところがグラノアの王はどうしても王女さまをユイラに輿入れさせたかったのよ。ここ何代かユイラとの婚姻関係がなかったから、親密にしておきたいのね」


 国と国の縁戚関係は大事だ。とくに古くからの友好国は、そうやって定期的に王家や皇室の婚姻を結ぶことで絆を深めてきた。


「それで、どうなったんだ? たしか、皇太子が亡くなったあと、従兄弟の皇子が立太子したんだよな?」

「ヒース皇太子さまよ。ただ、ヒースさまはエニティさまの妹姫を婚約者になさったの。というより、そうすることで太子になられたのよ」

「うん。そのほうが皇位継承権がキレイにまとまる。でも、そうなると、王女さまの出番はないな」

「そういうことよ。だから、今は公爵家の子息から有力な候補をお探しちゅうなの」

「そういうことか」


 公爵は貴族のトップではあるが、その家系の始まりは皇子か皇女が臣下にくだることで成る。皇位継承権をすてることで身分を保証されるわけだ。

 そのまま、公爵家として代を継ぎ、その間、皇室の親族として婚姻関係を結ぶなどする。血筋の濃さをたもっていれば、もしも帝位を継ぐ者が一人もいなくなったとき、そこから皇帝陛下の養子になることだってできるのだ。臣下でありながら、皇族のカラーも持ちあわせている。


「たしかにそれなら政治的な地位も確保できるな。候補は何人いるんだ?」

「いまのところ三人だそうよ。ヒースさまの弟のファデリアさま。第一皇女のご子息アーティさま。それに、わたくしのお友達。ラ・ヴァン公爵よ」

「ラ・ヴァン公爵は男色家だろう? それに王女よりかなり年上だ」

「でも、家柄は申しぶんない」

「まあ、たしかに」


 事実、ここはラ・ヴァン公爵の屋敷だ。ジョスリーヌの友達だから、夜会に招かれてやってきている。


「そうか。じゃあ、今夜は王女と公爵の顔あわせの場か」

「そんなところでしょうね。でも、ギュスタンと結婚しても、王女は不幸になると思うわ。だって、女にまったく興味ない人だもの。ただ、生まれてくる子は全部、自分の子どもとして認めるでしょうね。父親が誰であろうと。王女が夫婦の関係にこだわらない人なら、自由に生きられるわ」


 高貴な人々はややこしい。

 異国から来た姫君は自分の境遇をどう思っているのだろうか?

 まるでかごの鳥。

 空を飛びたくはならないのか……。


 ラ・ヴァン公爵は如才なく王女に話しかけ、その手にキスをしている。だが、遠目に見ても王女の表情はかたい。


 見ための釣りあいはそう悪くない。二人とも高身長で、すらりとした体型。ならんで立つと、とてもさまになる。


 しかし、公爵はワレスとジョスリーヌに気づくと、王女をほっぽってやってきた。


「やあ、ジョス。大切な友よ。よく来てくれたね。それに、私の恋しい人」


 ワレスとジョスリーヌの手をそれぞれとって、くちづけてくる。


 それ、やめてくれませんかと、そのへんの貴族相手なら言うが、さすがに相手の身分が高すぎる。ワレスは黙って公爵の手にお返しのキスをした。


「いいところに来てくれた。じつは、ワレス。君にお願いがあるのだ」

「……それは、どういったご用件でございましょう? 内容によっては受けかねまする」


 公爵はきさくに歯を見せて笑う。


「何もそうかまえなくともよい。とって食ったりしないよ」


 いやいや。こっちが油断したら食うつもりだろう?


 ワレスは警戒おこたらない。すきを見せずにすましていたが、公爵は思いもよらないことを言い、手招きする。


「そなたにアンネマリー姫を紹介しよう。じつはな。姫はこのところ、亡霊に悩まされているのだ。姫の悩みを解決し、安眠をとりもどしてさしあげてほしい」

「亡霊……でございますか?」

「うむ。エニティさまの霊なのだそうだ」


 婚約者だった皇太子の霊。

 若くして亡くなったのだから、心残りはたくさんあるだろう。

 そう言われると、興味がわいてきた。

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