第2話 ワレスは素敵なジゴロ7
禁断の恋の味は格別だ。
二人の仲は秘密だよと約束をかわして、ワレスはヴィヴィアンと別れた。
オードリッド邸を出たところで人影を見つける。身長と見おぼえのあるフードつきマントから、ジェロームだとすぐにわかった。
今度は、こっちは馬に乗っている。徒歩の相手をのがしはしない。サッと前にまわって行手を通せんぼする。
「あんた、ジェロームだろ?」
皇子さまのジェロームはそんな無礼なあつかいを受けたことがないのだろう。口をパクパクさせている。
「お、おまえは何者……ぼ、僕のヴィヴィアンになんの用が……」
「あんたさ。もしかして、ヴォルヴァ邸のマルクにも、しつこくつきまとってるだろ?」
「し、失敬な。つきまとうだなんて。僕はただ、ヴィヴィアンを守るために……」
「そういうのをつきまとうって言うんだ。まあ、いいさ。美人すぎる婚約者を持てば心配になる気持ちはわかる」
「……承知しているとも。ヴィヴィアンは僕にはもったいない人だ。僕には先祖伝来の身分しか誇るものがないからな」
「そうでもないだろ。皇子さまのわりに行動力がある。一途なところも悪くない。だが、恋敵を殺そうとするのはよくないな」
「殺す? 僕が? 誰を?」
「マルクに毒を盛っただろ?」
「そんなことしないぞ」
皇子さまはつぶらな黒い瞳をパチパチさせた。嘘のつける男ではないとふんだ。
ワレスは馬からおりて、ジェロームのおもてをのぞきこむ。
「でも、マルクの屋敷を見張っていた」
「う、うん。まあ……」
「怪しいそぶりのやつを見なかったか?」
「怪しいって? どんな?」
「たとえば、マルクの馬の手綱をナイフで切ったり、飲み物に何か仕込んだり」
「ああ。それなら、見たな」
「それはどんな相手?」
「言うから、そんなに近よらないでくれたまえ。そなたは男のくせに、やけに麗しいから、胸がドキドキする」
「…………」
もしかしたら三人の女の上に、オマケで皇子が釣れるかもしれない。しかし、それはヴィヴィアンの将来のためにやめておこう。
「誰でしたか?」
「うん」
ワレスがかがむと、耳元にジェロームはある人の特徴を告げた。
「わかった。そういうことか。ジェローム皇子。ヴィヴィアンはあなたの気をひくために浮気のふりをしていたのですよ」
「えっ? 僕の気をひくため? でも、そんな必要があるかい?」
「あなたがあまりに高貴な身分なので、令嬢は気おくれしていたのです」
「なんと!」
嘘八百だが、これでジェロームはすっかりヴィヴィアンの純潔を信じただろう。婚約者のいる女を寝とったのだから、そのくらいのアフターケアはするべきだ。
「いいですね? 結婚したら、彼女に優しくしてあげなさい」
「わかった!」
皇子は喜んで帰っていった。
これでマルクの暗殺をくわだてる者さえ捕まえれば、一件落着だ。
ふたたびヴォルヴァ邸へと、ワレスは急ぐ。
*
夕闇の迫るヴォルヴァ邸。そこにはまだジェイムズがいた。マルクの母や叔父たちと、神妙な顔で話している。ワレスが客間へとびこむと、ジェイムズはホッと息をついた。
「ワレス。今までどこへ行ってたんだ?」
マルクの第二と第三の女をくどいてたんだよとは、さすがに言えない。
「そんなことより、犯人がわかった。単純なことだったんだ。もしも、マルクが死ねば、ヴォルヴァ家の第一継承者は叔父になる。マルクの父も高齢だと言うし、さほど待たずして遺産のすべてを自分のものにできると思ったんだ。その男を捕まえてくれ。ジェイムズ」
蒼白になる叔父を、ジェイムズはひったてていった。
現金にも、マルクは犯人が見つかったと聞いて、すぐさまベッドから出てきた。
「叔父上が……そんな……」
「もちろん、叔父上はあなたが毒に用心していたのは承知だった。だが、精神的にまいっているのも知っていたから、
マルクはゾッとしたようだ。
「ありがとう。助かった。おまえには感謝する」
ワレスの手を両手でにぎってくる。
「お礼をしよう。おまえは私の命の恩人だ」
「いえ。けっこう。ジェイムズの頼みだからしたまでのこと」
それに、礼はすでにもらっている。
ワレスの恋人が百と三人になった。
何が起こったのか、マルクは知りもしない。女たちの態度に違和感をおぼえるのは、もっとずっとさきのことだろう。いや、案外、気づくことすらなく、自分はモテると信じながら、平穏に生涯を終えるのかもしれないが。
(ジゴロにケンカをふっかけるからさ)
ワレスはヴォルヴァ邸をあとにした。軽快な歌を口ずさみながら。
了
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