第2話 ワレスは素敵なジゴロ6
ワレスの疑問はとつぜん解けた。
そのとき、外からノックとともに声がかけられた。
「ジェロームさまがお見えです。会いたいとおっしゃっておられますが、いかがいたしますか?」
女の声だ。さっき、ワレスを案内した小間使いだろう。
ジェロームって、誰——と、ワレスが視線を送ると、ヴィヴィアンは美しいおもてをしかめた。
「今日は帰ってもらって。気分がすぐれないの」
「はい」
いったん、足音が去る。しかし、じきに今度はもっとドタバタと派手に走ってくる。
「ヴィヴィアン。ヴィヴィアン。僕だよ。入っていい?」
男だ。ジェロームがやってきたらしい。
ヴィヴィアンは急いでワレスをクローゼットのなかに押しこめる。ジェロームにワレスの姿を見られては困るということか。
なので、そのあとはヴィヴィアンとジェロームの会話を、たくさんの衣装にまぎれて聞くはめになった。
「あれ? ヴィヴィアン。男と会ってなかった?」
「わたしが? 誰と? 変な言いがかりはよしてちょうだい」
「だって……門の外に男がいたよ。金髪のものすごい美男子だった」
ワレスはハッとする。門前で見かけた不審な男だ。あの男が今、そこにいる。しかも、男はヴィヴィアンと知りあいだ。
(エロディーが見たと言っていた怪しい男。あれも、コイツかもしれない)
なんとしても見てみたい。
ワレスは扉に耳をあてて、外の気配をうかがう。話し声が続いていた。
「そんな人、知りません。今日はもう帰ってくれない?」
「君のことが心配なんだよ」
「あなたに心配してもらわなくてもけっこうよ。うちにだって医者は置いてますからね」
「そうじゃなくて、君のことがウワサになってる」
「……だったら、婚約破棄したらよろしいんじゃなくて? わたしはぜんぜん、かまわないわ」
なんと、相手はヴィヴィアンの婚約者だ。ますます見たい。
クローゼットの扉をそっとあけてみる。
すきまからのぞくと男が見えた。マントを外しているので、顔を視認できた。
それで、ヴィヴィアンがエリアーヌの男を寝とったわけがわかった。悔しかったからだ。
ジェロームはお世辞にも美男とは言えなかった。整った顔立ちがあたりまえのユイラ人のなかでは、だいぶ見劣りする。
それに背も低くて、高身長のヴィヴィアンとは見るからに不釣り合いだ。ヴィヴィアンが美しいから、なおさら
ヴィヴィアンは浮気を責められて、泣くどころか怒り狂った。たしかに彼女と結婚したい貴公子は皇都に何十人といるだろう。いや、何百人か。なぜ、選ばれたのがジェロームなのか疑問なくらいだ。
ジェロームは平謝りしていたが、けっきょく、ヴィヴィアンに部屋から追いだされた。
ワレスはやっとクローゼットから出ていくことができる。
「あれが婚約者か」
ヴィヴィアンは自嘲的に笑う。
「冴えないでしょ? でも、ああ見えて、ジェロームはものすごく家柄がいいのよ。レンド称号を持った公爵家の次男よ。皇子さまなの」
「それはスゴイ」
皇室出身の皇子か皇女を始祖に持つ、千年以上続いた家柄だ。廷臣どころか、皇家の親族。これは家名に箔をつけたい地方領主には最強の婿だ。
「じゃあ、ことわれないな。いくら、あなたが気に入らなくても」
「そうよ。両親は絶対にジェロームじゃないとダメって。ジェロームもひとめ見たときから、わたし以外とは結婚したくないって」
「それはそうだろう。あなたは天下の美女だ」
だが、ヴィヴィアンの頬には涙がすべりおちる。
ワレスはその肩に手を置いた。
「バカにしていたエリアーヌが、自分よりずっと見栄えのいい男と結婚する。それが我慢ならなかったんだな?」
「そうよ! わたしは学生時代、みんなの女王だった。どんなときにも、わたしが中心にいた。騎士学校と合同の学園祭では、誰もが憧れるハンサムな寮長と踊ったわ。なのに、じっさいにパートナーになるのは、ジェロームなのよ」
「貴族の結婚とは、そういうもんだ」
「顔だけなら我慢できたの。でも、身長がね。あれじゃ夫婦で踊れないじゃない? あの人、かかとの高いサンダルをはいても、まだわたしより低いのよ?」
「そうだな」
「これからは一生、どこの舞踏会へ行っても、わたしは笑い者だわ。そう思ったら、カッコのいい男と結婚が決まったエリアーヌが憎らしくて……」
ワレスはヴィヴィアンの両頬を手で包みこむ。ワレスとなら、彼女の背丈はちょうどいい。
「誰も笑わないよ。あなたは大輪の薔薇だ。堂々としていればいい」
くちづけをかわすために、もう言葉はいらない。
*
甘いひとときをすごしたのち。
すっかり満足して、やわらかな寝具の上にのびのびと肢体をよこたえるヴィヴィアンの頬に、ワレスはキスをする。
「あなたがジェロームと結婚しても、ときどきには、おれと会ってくれるといいな」
「そうねぇ。そのくらいの楽しみはゆるされるべきだわ」
「それに、ジェロームはあなたにベタ惚れだ。親の決めた相手と結婚しても、夫に見向きもされない貴婦人は大勢いる。愛されてるだけ、あなたはマシだよ」
「そうかもしれない。わたし、マルクとは別れるわ」
「マルクをすてても、あなたは愛をささやいてくれる男に一生、不自由しないよ」
ヴィヴィアンのおもてに微笑みが戻る。
「ほんとに、そう思う?」
「もちろん」
「なんだか気分が晴れたわ」
きっと、そのうちには、ヴィヴィアンもうわべだけの男に飽きて、ジェロームの真心に気づくだろう。
しかし、一つだけ解けない謎が残る。
「ヴィヴィアン。マルクを殺そうとしていたのは、あなたじゃないよな?」
「もちろんよ。マルクが死んでしまったら、エリアーヌにわたしの存在を見せつけることができないじゃない?」
「そうだよな」
一人の男に三人の女。
女が一人消え、二人消え……これで誰も犯人がいなくなった。
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