第2話 ワレスは素敵なジゴロ5
クチナシの甘い香りに包まれて一刻。
「素敵だったわ。わたしのジゴロさん」
甘い目をして笑うと、エロディーは手早く衣服をなおしてかけていった。
ワレスも乱れを整えてから立ちあがる。
次は三人め。最後の女との決戦だ。
マルクの言うとおり三人のなかの誰かが犯人だとしたら、それはヴィヴィアンしかいない。もしかしたら難敵かもしれない。心して相対しなければ。
ジェイムズはまだマルクの母と話しているのだろうか?
しょうがないので、一人で馬に乗り、屋敷をあとにする。
ヴィヴィアンの住所は、前もって、ジェイムズから聞いてある。ただ、ワレス一人で行って相手にされるかという問題はあるが。
ヴィヴィアンの生家オードリッド家は地方の領主だ。皇都にある屋敷は別荘である。だからこそ、同じ領主家のマルクと結婚できない。
厳密に言えばできないわけではないが、女領主となるヴィヴィアンがヴォルヴァ家に嫁げば、領地はいずれヴィヴィアンの生んだ子どもが継ぐことになる。つまり、最終的にヴォルヴァ家に吸収されるのだ。
おそらく、ヴィヴィアンの両親がそれをよく思っていないため、廷臣の次男か三男を婿にとりたいわけだ。
要するに、ヴィヴィアンは貴公子をハントするために皇都へ来ている。マルクと恋仲になってしまったのは誤算だろう。
宮廷のまわりは昔からの廷臣が屋敷をかまえているので、オードリッド家の別荘は貴族区のなかでは、やや外れにあった。それでも門がまえは立派だし、近ごろ流行りの様式のモダンな屋敷だ。
ワレスが門戸をたたこうとしたときだ。鉄柵のあいだから屋敷をのぞく不審な男を見つけた。顔を隠すためのフードつきマントをはおっている。あからさまに怪しい。声をかけようとすると、男はあわてて逃げだした。
まあいい。さきに令嬢だ。
表門には門兵がついていて、ワレスがマルクの名前を出すと、意外とすんなり、なかへ通された。
ヴィヴィアンの両親にとってみれば、マルクなんて娘の縁談の障害でしかないだろうに、かんたんに受け入れられたので、ちょっと拍子ぬけする。
小間使いに案内されていった部屋は、ヴィヴィアン本人のものだった。おそらく、マルクから連絡が来れば、すぐに自分のもとへ届けさせるよう、令嬢が門番を買収しているのだ。
ゆったりした部屋着のヴィヴィアンが立っていた。
ひとめ見て、ワレスはうなる。マルクがエリアーヌ一人ではなく、かと言ってエロディーと二人でも満足できないわけがわかったのだ。
ヴィヴィアンは目のさめるような美女だった。
背が高く、すらりと伸びた手足。だが華奢というわけではなく、グラマラスでスタイル抜群だ。
造作も完璧と言っていい。少しきついアーモンド型の双眸が好みのわかれるところだが、とにかくゴージャスな女である。
思わず、ワレスは失笑してしまった。
「失礼な人ね。レディーの顔を見たとたん笑いだすなんて」
「いや、マルクは欲望に忠実な男だと思って」
マルクがエリアーヌにプレゼントしたドレスは、ヴィヴィアンが着れば、ひじょうによく映える。彼女なら夜会のどこにいても人々の注目の的だ。
つまり、こういう女がマルクの好みなのだ。ヴィヴィアンが婚約者だったなら、彼だって最初から浮気なんてしてなかったに違いない。
(自分好みの女に似合う服をプレゼントしておいて、許嫁に似合わないからって落胆するのは、失礼すぎやしないか?)
ワレスはマルクの無神経さにあきれはてた。
「でも、わからないな。令嬢。あなたほどの麗人なら、男なんて選びほうだいだ。マルクでなければいけない理由はないだろう?」
「あなたは誰? マルクの友人? 彼はなんて言っていたの?」
ヴィヴィアンはさぐるような目つきで、ワレスを見つめる。
「おれはただの使者だよ。マルクはあなたと別れたくない。だが、あなたが自分を殺そうとしていると思ってる。だから、怒りをしずめて、これまでどおりのつきあいを続けてほしいんだそうだ。なぜなら、あなたを一番、愛しているから」
率直に言うと、ヴィヴィアンは大きく吐息をついて、豪奢な椅子に沈みこんだ。
「そう。わたしが一番だと?」
「それは当然だろう。あなたは掛け値なしの美女だ」
「そうよね。わたしがほかの女に負けるなんて、ありえないわ」
やはり、思ったとおりだ。ヴィヴィアンはとてもプライドが高い。そして負けず嫌いだ。
ワレスはそのあとひととおり、ヴィヴィアンを褒めそやした。思いつくかぎりの
「だから、ヴィヴィアン。もう意地悪はやめたら?」
「えっ?」
ヴィヴィアンはあわてふためく。おもしろいように目が泳いだ。やはり、うしろめたいことがあるようだ。
「だって、あなたなら男は星の数だ。マルクはちょっとハンサムではあるものの、もっと美しい男だって社交界にはいくらでもいる。あなたがマルクとつきあっているのは、彼自身に興味があるからじゃない。彼に付属する何かに関心があったからだ」
ヴィヴィアンは黙りこんだ。
しかし、ワレスにはもうわかっている。
「エリアーヌ、だろ?」
「…………」
「あなたはエリアーヌと知りあいなんだ。女学校時代の友達といったところかな。エリアーヌの夫になる男だから、彼女から奪ってやろうと思った。そうなんだろ?」
あいかわらず、ヴィヴィアンは答えない。しかし、瞳がうるんでくる。
「あらゆる面で、あなたはエリアーヌに勝っている。美しさも、実家の裕福さも。あなたのために命令を聞いてくれる多くの騎士だっている。なのに、なぜ、おとなしいだけが取り柄のエリアーヌをいじめるんだ?」
ヴィヴィアンはため息をついた。
「友達なんかじゃないわ。わたしたち、口をきいたこともないもの」
「でも、エリアーヌを知っていた」
「ええ。いつも趣味の悪い服を着て、かわいそうねって、お友達のあいだで話してた」
つまり、女学生たちのカーストで、エリアーヌは最下層だった。あわれみの対象として見知っていたわけだ。
そのエリアーヌに対して、なぜ、ヴィヴィアンは意地悪をするのか?
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