第二話 ワレスは素敵なジゴロ
第2話 ワレスは素敵なジゴロ1
一年を通して温暖な常春のユイラにおいても、季節の移り変わりはある。
ルーラ湖畔の旅から帰ってきた皇都は、そろそろ秋になりつつあった。
なんとなく人々が物悲しくなる時期である。ジゴロが貴婦人に恋をしかけるにはもってこいだ。
だが今、ワレスの前には二人の男がすわっている。
一人はジェイムズ。
もう一人はジェイムズがつれてきた貴族の
「私の名はマルク・ウィリアム・オルレー・ルワンド・(中略)・レンド・ラ・レイ・ヴォルヴァ次期侯爵だ」
と、いきなりフルネームをかましてくる。
中間あたりは意識がとんでいた。貴族のフルネームはとにかく長いのだ。愛人で後見者であるジョスリーヌでさえ、ワレスはフルネームを知らない。
「それで、おれに用って?」
ジェイムズがどうしても相談に乗ってもらいたいと言うから、友人のよしみで来てやったのだ。長いネームを拝聴するために来たわけではない。さっそく本題を切りだす。
次期侯爵は顔をしかめた。
ワレスの態度を
まだ若いのに、目の前のマルクはそういう男らしかった。
見ためはそう悪くない。褐色の髪がゆるくウェーブし、瞳はベビーブルーだ。ユイラ人の多くは黒髪黒い瞳なので、その髪と目の色は個性的と言える。
もっとも、ワレスの鮮烈な青い瞳には遠くおよばないが。
顔立ちも美男の部類だ。だが、それは美形の多いユイラ人のなかでは、まあ、上の下くらい。
しかし、大貴族の跡継ぎだから、まわりはチヤホヤするだろう。絶世の美男子であるかのごとく褒めそやされることになれているに違いない。
マルクは自慢げに嘆息しつつ、悩みとやらをうちあけた。
「じつはだね。私には三人の恋人がいる」
それはマルクは健康で(そこそこ)美男子で、何より大金持ちだ。言いよれば断られることはないだろう。なんなら女がほっとかない。
おれだって恋人くらい百人はいるよ——と胸の内で独白しながら、ワレスはたずねる。
「それで? 恋人と別れたい? それとも浮気がバレて本命に逃げられたとか?」
そんなことでおれを呼ぶなよと、ワレスはジェイムズをにらみつける。ジェイムズは小さく手をあわせておがんでいる。何やら事情があるのだろう。
マルクはそれに気づいているのかどうか、しばし
「彼女たちが私に夢中になるのはわかるよ? 私ほど美男はそういないからね。老女と赤ん坊以外は誰だって惚れこむさ。だからといって殺そうとするなんて、どうだろう? いやぁ、モテる男はツライね。浮気なんかじゃない。みんな本気なんだ。そこをわかってもらいたいものだね。とくにエリアーヌは両家の定めた
自分に酔ったふうで嘆いているのだが、あまりにも長話なので、またまた後半、意識がとんでいた。
マルクが答えを求める目つきでワレスの顔を見つめるので、ワレスは視線をジェイムズに送った。うなずいて、ジェイムズが説明してくれる。
「つまり、令息はこのところ、誰かに命を狙われているようなんだ。おそらく、三人の恋人のうちの誰かではないかと。それが誰なのか、つきとめてほしい」
「ふうん」
恋情のもつれで恨みを買ったのなら自業自得だ。しかし、ジェイムズに頼まれれば、やらないわけにはいかない。恋人は百人いても、友人はジェイムズただ一人だ。
「つきとめるだけでいいのか?」
すると、ふたたび、マルクが口を出す。とにかく自己主張が激しい。さぞや、甘やかされて育ったのだろう。
女たちは、この男のどこがいいのだろうか? やはり顔か、あるいは金。もちろん、身分も魅力的だ。どこか遠くに広大な領地を持っているらしい。
「そうではないんだ。つきとめたあと、説得してもらいたい」
「なんと?」
「おたがいに争わないように。私はほんとにみんなを愛しているのだから、それでいいじゃないか? まもなく、エリアーヌとの婚儀が迫っているものの、これまでの関係をそれぞれと続けたいのだと」
ワレスはあきれた。
あまりにも虫がよすぎる頼みだ。いや、ワレスだって貴婦人たちにそれを強いているわけだから、他人のことをとやかくは言えないのだが、それならそれで自分で始末すべきだ。人任せとは無責任すぎる。
「相手が心底、あなたを憎んでいて、ほんとに殺したがっていたら?」
マルクは眉をつりあげた。
「そこを説得するのが君の役目だろう? ジゴロなんて、貴婦人にたかるウジ虫だ。そのくらいできなくて、なんの価値がある?」
カチンときた。
ジゴロはウジ虫。
他人の恋の尻ぬぐい以外、無価値。
ワレスは静かにその言葉をかみしめる。
ジェイムズはワレスの性格を知っているから、ハラハラしている。ワレスが怒り狂って令息につかみかかっていくとでも考えたのだろう。
(いいよ。そこまで言うなら、ジゴロの本領を見せてやる)
ワレスはニッコリ微笑み、従順に承諾した。
「よろしいですよ。仰せのとおりにいたしましょう」
なんだか、ジェイムズが青くなっている。ワレスの魂胆に気づいたのかもしれない。
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