第54回 古代月文明、崩壊の真実


 これは、ライヴイヴィルの中で数千年間も眠り続ける一人の少女の夢。


 ◆◇◆◇◆


 太古の昔。


 月の女王と呼ばれた少女は大きな翼を背中に携えた白い鋼鉄の巨人騎士を操り、月の大地を駆け抜けていた。


 討つべきは、たった一人で月に動乱を引き起こした者。


 月を統べ先頭に立つ者としての役割を全うするとき。


「許せない……多くの犠牲が出た。これから月は、私はどうすればいいのだ」


 高度な文明と永遠に平和が続くはずだった月の王国は戦禍に包まれ、黄金の大地は燃えていた。


 味方を、民を全て失った女王は、四匹の獣を身体に携えた黒き巨人騎士との一騎討ちに挑む。


「何故だ! なぜ貴様は戦乱の世を望むか!?」


 対峙して女王は黒騎士の操縦者に問う。


「このような戦うための“鎧”を作り、何故かと貴様は問うか?! 争いを望んだのは王宮!」

「違う! 我々は争いなど望まない!」

「それこそ嘘だな、王宮こそ戦乱を生み出す元凶よ!!」


 黒騎士に乗る男は怒りで答えた。


 月の大地を獣足で駆ける黒騎士の大剣が閃く。


「“鎧”は人と人とが争うためにあるのではない!! 管理者たる我々が蒼き星を守るため、来るべき刻に必要なのだ!」

「守るためなどという戯れ言は、聞きたくないなっ!」


 ぶつかり合う二振りの剣が火花を散らす。


「戯れ事ではない! この“鎧”は思いを繋ぐ! 思いの力さえあれば、人はどんな困難でも乗り越えられる」

「思いか、ならば俺の思いの方が強いぞ!」


 叫ぶ男のパワーに力押しで負けそうになる女王の白騎士は一度、距離を取るため隙を見て黒騎士の腹を蹴り、後方へと飛ぶ。


「……この俺自身、黒騎士に乗っていて理解できた。この“鎧”は特に危険だ。何物も取り込んでしまう。元は五体の“生気騎士”が一つとなってしまった……見よ!」


 黒騎士の胸の装甲が開く。

 その中身を見て女王は絶句した。


「本当は地下の“竜王”も取り込むつもりだったがな……俺の時間は、こごまでだ。真の王の座を取り戻したかった……!」

「そ、その姿は……?!」

「ふふ……これが王宮の作り生気騎士の、おぞましい正体よ!」


 そこにあったのは操縦者である男の生首。


 座席の角で横たわる体から分離されているにも関わらず言葉を話せるのは、首から下が操縦席から伸びた無数の管が人間の神経と繋がって、植物の根のように埋め尽くされていた。


「どうやら、俺は選ばれなかったらしい。王族ではない者が乗るとこうなる……もちろん試していて知っていたがな」

「なら、どうして貴様は戦いを起こした!? 何が目的でこんなことを……」

「それはな、女王。俺はお前の生き別れた……」


 最期の言葉を言う前に男の顔は蠢く神経管の群れに飲み込まれてしまった。


「な、ナウカァァーッ!」

「待っていろ今助ける。白騎士の光の力はこう言うときに……!」


 操縦席の中に手を伸ばす白騎士だが、操縦者を失った黒騎士は新たな主を求めて牙を剥く。


「しまった!! 中にまで……!?」


 装甲の隙間を縫って白騎士の体内に潜り込む神経管が女王に絡み付く。


「遥か宇宙の果てに確認された、外異生体用に対抗するため作られた黒い鎧が……我等、月の民に牙を剥くというのか」


 強制的に開かれた白騎士の操縦席から女王を引きずり出す。


 操縦士の男と交換するように女王は黒騎士の方へと乗り込まされた。


 どうにか脱出を試みるも、巻き付いた神経官が女王の体を締め付けて離さない。


「くっ、離せ! やめ……うぅっ、わあぁぁぁぁぁぁーっ!!」


 意識が闇の中に落ちる。

 女王を取り込んだ黒騎士は白騎士を破壊すると、体内の核をその身に取り込み白騎士の翼を背に生やして飛び立つ。


 六体全ての生気騎士の力を宿した黒騎士が飛翔すると、向かったのは月文明最期の希望である巨大騎士・竜王の元へ向かった。


(……これは怨念。戦いに敗れた月の戦士や死んだ民たちの無念が怨念となって黒騎士に集まってしまっている。これでは駄目だ。私も……取り込まれてしまう!)


 黒騎士の内部。

 感じた底知れぬ悲しみや怒りの魂たちを女王を感じていた。


(しかし、私もこのままでは死ねない。精神を強く持て……この肉体が溶けようとも心までは持っていかせてなるものか……!)


 このままでは黒騎士は蒼き星に侵攻を始めるかもしれない。

 そうなる前に女王がやるべきことは一つだった。


(すまない、月を守れなくて……未来の蒼き星の民よ、どうか我等の過ちを繰り返さないでくれ……っ!)


 女王は最期の力を振り絞り、胸元のペンダントを掲げる。

 そのペンダントは悪しき者が月を奪いに現れたとき、月の文明を崩壊させる禁断の力であった。


 こうして遥か太古に月で栄えた超文明は一夜にして焼失した、と思われた。


 ◆◇◆◇◆


 それから、数千年の刻が経過する。


 途方もなく長い年月を掛け、月の禁忌は現代の研究者真道アークによって発掘、解析されることになるのを女王が知るよしもなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る