第30回 誰がための勝利

 IDEALのシルバこと、シルバーノ・ガレリアは日本の教会で神父を勤める三十歳。


 彼は故郷で大量殺人を犯して逃亡の身であった所を偶然、出会った教会勤務のシスターに命を助けられたのだ。


「俺はもう、組織という群れの中で生きていくのが辛くなった」


 神という存在への信仰。

 圧倒的な何者かへ身を捧げ、考えを委ねることがどんなに楽か。


 シルバへの追っ手は彼を助けたシスターに牙を剥く。

 せっかく手に入れた安息は長くは続かなかった。


 絶望に打ちひしがるささ彼を救ったのが真道アークだった。


 ──私は君に自由を与えるためにきた。何者にも邪魔されない真の自由を……。


 シルバは楽になりたかった。


 その為に、今の世界は消さなければならない。

 だから、アークという“神”に協力することを誓ったのだ。



 ◆◆◆◆◆



 天高く空に舞い上がる水の竜巻に吸い込まれたライヴイヴィルとザエモン魁。

 ミキサー状態の中を大量の瓦礫が襲い、二機はひたすら耐え続ける。

 揉みくちゃなりながら竜巻は雲を越えて、成層圏まで伸び上がると遂に収まった。


『大丈夫、ゆさえもん?』

『このザエモン魁は旧式だけど、装甲の頑丈さは現行機にも負けないぴょん!』

『それはよかった。じゃ、反撃と行こうか! 剣に変形して』

『合点ぴょん!』


 ザエモン魁は巡航形態である剣の形をした姿に変わる。

 ライヴイヴィルの全長を越える漆黒の大刀を抱えてカナウは眼下を見下ろす。


『地球は青かった。そして、月は…………』

『叶羽……どうしたぴょん?』

『……ううん、何でもないよ! それじゃあ、レッツ紐なしバンジータイムだ!』


 大刀と化したザエモン魁のスラスターで勢いをつけながらライヴイヴィルは降下する。


『また竜巻が来るぴょん!』

『おっそーい!!』


 ライヴイヴィルの新たな力、両肩の獅子の瞳が輝くと全身に青白い稲妻を纏うと大刀を真下に向ける。


『獅子奮迅雷剣!』


 稲妻と化したライヴイヴィルが伸びてくる竜巻の中を駆け抜ける。

 高さ数千メートルを光速で落下し、ものの数秒で地上のライヴロードを眼前に捉えた。


『成敗ッ!!』


 漆黒の大刀がライヴロードの重装甲を縦一文字に両断する。

 二つに分かれた身体が重い音を立てて倒れた。

 それと同時に竜巻で空に舞い上がった水が雨のように町へと降り注ぐ。


『……はい! と言うわけでご視聴ありがっとう! かなりハラハラドキドキしたけど、何とか倒せました! これで世界平和にまた一歩近づけたかなぁ? たまにはね、生配信以外の動画もやっていくので楽しみにしててください! じゃ、今日はここまで! 乙かなぁ!』

『…………あっ、えーと……バイバイびょーん!』


 視聴者に挨拶を済ませて今回の配信を終わらせる。

 だが、敵の息の根をはまだ止まっていなかった。


「……それが、今のお前か」


 分断されたライヴロードの断面に水が集まっていくと、二つの身体が水によって引き寄せられる。


『やっぱりね。前と同じように再生能力があるのはわかったよ。でも……』


 ライヴイヴィルの姿が三度、変化する。

 丸みを帯びた頭部に禍々しい二本の角が生えてきた。


『チェックメイトだよ子羊さん』

「ふっ……ははははッ!」


 切られた肉体が元に戻るなりシルバは突然、高笑いする。


「おい星神……いや、真月叶羽よ」

『ん、なんなのよ?』

「お前じゃない。お前の中にいる者に聞いている。お前、それでいいのか?」


 シルバの問いにカナウは少しイラついた。


『このカナウちゃんは完全無欠。中の人などいない……っていうかVチューバーに中の人とか言うのはタブーなんだからね!』

「お前は、自分の過去を見られたか?」


 おどけるカナウが言うことは無視してシルバは続ける。


「このライヴロードの力……水の中に閉じ込めた者の過去を覗く能力でも真月叶羽の過去は見ることができなかった。だがな、これだけは言える。真月叶羽、お前はもう一人のお前に騙されているぞ」

『さっきから何、意味のわからないことをピーチクパーチク言ってんだか』


 ライヴイヴィルが両手をかざすと胸の中心から光が迸る。

 再生すら出来ないほど跡形もなく消滅させてやろうと力を込めたエネルギーを溜めるが、そこへ人型形態に戻ったザエモン魁のレフィが現れる。


「叶羽!」

『レフィ……前にも言ったよ? カナウは父と友人を殺したIDEALを許さない。ただそれだけよ。それだけがカナウの生きる理由よ!』


 ライヴイヴィルの一つ目がザエモン魁に向けて瞬いた瞬間、見えない衝撃波がザエモン魁を数十メートル先の廃墟へと吹き飛ばす。

 

『覚悟はよろしくて?』

「……復讐は身を滅ぼすぞ?」

『“神”であるカナウは滅びない。滅びるのはお前たちだ』


 放たれる超高出力エネルギーの光線がライヴロードを飲み込む。

 真芯湖の範囲を越えて市街地まで届いた光の奔流は、射線上にある全ての存在を一瞬で塵一つ残らず消し去った。


『ふふふ、アハハ……アーッハッハッハッ!! 待っていろIDEAL! 真道アーク! 貴様たちはこの星神カナウが鉄槌を下す。お前たちに逃げ場なんかないぞ!! キャハハハ!!』


 狂った笑いが真芯湖にこだまする。


 そんないつまでも笑い続ける叶羽の瞳からは涙が零れていた。


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