第31回 少女の絶叫
ライヴロードのシルバを撃破し、機体を降りる叶羽とレフィ。
強敵に勝利する二人だったが、その間には険悪なムードを漂わせていた。
しかしレフィ、叶羽に対して文句を言うよりもまずはライヴロードによって無茶苦茶になってしまったYUSA社屋をどうするかの方が先決だと判断した。
「……皆が心配」
機体を修復するために宇宙の管理衛星に戻っていくザエモン魁を見送りながらレフィは呟く。
一方、叶羽はと言うと地面にぺたりとすわりこんで、自分の影をじっと見詰めながら手で触っていた。
「なんで……ちゃんと、上手くやれると思ったのに」
根拠のない自信ではあったが、自分の中に寝っている内なる自分を制御できると思っていた。
「ボクの意思は、ボクのものだぞ……!」
シルバのライヴロードが見せた謎の記憶映像。
ライヴイヴィルの中に存在するもう一人の“カナウ”の正体は古代月文明の王女だ叶羽は本能的に確信する。
「…………叶羽」
刀を鞘に仕舞うレフィが呼んでいる。
「あの……レフィさん、ごめんなさい。ボクはおかしい。自分でも押さえられないんだ」
戦いになると自分の心が別の何者かに上書きされる感覚に恐怖する叶羽。
その内、心も体も全て奪われてしまいそうで怖かった。
「このまま、戦いを続けてもいいのかな」
「……叶羽は精神が未熟。今度、鍛えてあげるから覚悟して?」
感情豊かな方ではないレフィだが叶羽には彼女が怒っているように見えて怖かった。
とぼとぼ、と叶羽はレフィの後に続いて歩いた。
◇◆◇◆◇
水浸しの社内は既に職員たちによって掃除が始められていた。
何人かの怪我人が出ているが死傷者はいないようだ。
「……楓」
『あ、レフィ?! そうか、ここのコンピュータからじゃなくこっちで連絡をすればいいじゃない』
防水仕様の腕時計型端末から司令室の椿楓に直接、通信を送るレフィ。
「敵は叶羽が倒した」
『それはよかったわ。でも、こっちは駄目ね。監視カメラと一部システムだけはどうにか動いてる』
「予算はレフィのポケットから出すから心配しなくていい」
この工場を直すのにポンと一声で出せるのか、と叶羽は隣で聞いていて驚く。
『そういえば正継はそっちに言ってない?』
「ううん、来てないよ?」
『そうなの? あのお客さんと一緒だからなのねぇ。二人が心配よ……今さっき、コールしてるけど……出ないわね』
「わかった。こっちから探してみる」
『こっちも急いで復旧するから正継君のこと、お願いねレフィ』
通信を切り、叶羽とレフィは正継たちがどこへ行ったかを思い出す。
あれは二人が動画撮影を一時中断した時である。
「あっ……正継さん、銀河さんと工場に行くって言ってたね」
「なら、こっちの道だよ」
二人は水浸しの廊下を駆け出す。
すると曲がり角で叶羽は人にぶつかりそうになり、急停止した。
「あ、すいませ……銀河さん?!」
「やぁ。二人とも無事だったかい?」
現れたのはびしょ濡れの上着を脱いでシャツ一枚の天領銀河だった。
透けた肌の銀河に叶羽は顔を赤らめ、目を手で覆う。
「急に水が押し寄せてきて、死ぬかと思ったよ」
「……正継は?」
レフィが質問する。
「申し訳ないが彼とはハグれてしまった」
「そう……」
少し銀河を怪しく思いながらレフィは残念がる。
「そうだ、銀河さんも一緒に探すの手伝ってもらえませんか?」
「あぁ、もちろんさ。流された機材も見つけないといけないしね」
叶羽の提案に乗り、銀河も含めて三人は建物内を散策した。
◇◆◇◆◇
足元に気を付けながら叶羽たちが向かう製造工場。
YUSAの冷凍食品は調理からパッケージの包装までの全てを行っている重要な場所だ。
本社と建物内で繋がっている通路から工場へと向かうと一人の少女が床に座り込んでいた。
「わ、何だ?!」
先の水害により全身が濡れている少女のではなく、顔や服は何かで真っ赤に染まっている。
叶羽はその少女に見覚えがあった。
「君は……IDEALの!?」
「違う! ルルじゃないっ!! ルルは、やってないッ!!」
声をかけられた少女。
ライヴイヴィルに敗北し、YUSAの地下医療ルームに隔離されていたIDEALの愛川ルルであった。
「……どうしたの? なにがあった?」
ルルの前でしゃがみこみ優しく問い掛けるれ。
「わ、わかんない。いきなり水がブワッと来てルルは流されたの。それで、あのお兄さんが助けてくれた。そ、それから水が収まって、助かったと思ったら“あの人”が現れた」
「あの人?」
「それで目の前がピカッと光ったと思ったら……あぁ、それで……っ!」
一生懸命、説明するルルは工場への通路を指差した。
一体何があるのか、三人は慎重にルルの赤い足跡を辿り、突き当たりの角を曲がるとそれはあった。
「あ……」
「……マサツグッ!?」
悲痛な叫び声を上げて飛び出すレフィは、赤い海の上に倒れる男性を抱きかかえる。
日暮正継は全身に無数の銃弾で撃たれたような傷から大量に出血していた。
視点の合わない虚ろな目、半開きの口から一切の呼吸はしていない。
「マサツグッ!! マサツグッ!! あぁぁ……!!」
普段のボーッとした姿からは想像できないほどレフィは感情的に泣き叫んでいる。
二人がどれぐらい親密な関係であったのかは知らないが、そんなレフィの背中を見ながら、彼女と同じぐらいのショックを叶羽も受けていた。
(まただ……陽子ちゃんに次いで、そのお兄さんまで。ボクと関わったから? ボクのこの力のせいで……?)
目眩が襲い、叶羽は壁に寄り添う。
痛みで頭を押さえながら、ふと顔を上げると遠くの方で誰かが叶羽に手を振っていた。
何処かで見たことある天使のような不思議な衣装に、手に赤く濡らした銃を握っている。
「…………コスモ……っ!!」
叶羽がその名を口にした瞬間、全身の血液が沸騰するような感覚に見舞われる。
それは親友の仇であり、全てのきっかけとなった因縁の相手だ。
拳を震わせて目一杯、空気を吸い込み叶羽は怒号する。
「天ノ川ぁ……コォスモォォォォーッッ!!!!」
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