第27回 ウォーター・ハザード

「では諸君。俺たちは工場の方へ行くよ」

「じゃ、またね?」


 爽やかスマイルで手を振る銀河は正継に連れられて部屋を出ていった。

 銀河の背中をずっと睨んでいるトウコを余所に、叶羽は銀河から貰った物に夢中になっていた。


「叶羽」

「……はぁ、マジかぁコレ……うわっ?!」


 ニヤついた顔で表紙を見詰める叶羽からレフィは本を取り上げる。

 すると、いきなり帯や表紙を取り外して裏側を確認したり、ページを高速でパラパラと捲りだした


「むー……」

「なっ、何をしてるの……!?」

「むぅ…………あった」


 レフィがページの間から発見したのは一枚の“栞(しおり)”だった。

 出版元である集学社のロゴと漫画のキャラクターたちが集合したイラストが載っている。

 小さく非売品と書いてある。


「あった」

「……栞がどうかしたの?」


 質問する叶羽を余所にレフィは栞を振ったり曲げたりして何かを確かめている。


「叶羽よく見て」

「どれ?」

「これ、紙じゃない」


 レフィは栞の折れた端っこの印刷の表面をゆっくりと捲り上げる。

 すると、


「これは……うっ、ケホッゲホッ!?」


 その時だった。

 部屋中を白い煙が包み込む。


「ちょっ、レンジなんか焦がしたんじゃない!?」


 ジリリリリリ、とけたたましいベルの音が鳴り響く。

 部屋中に広がった白煙は、天井の火災報知器が作動させるとスプリンクラーから雨のように水を降らせた。


「むぅ……」

「あぁー、本がビシャビシャに……って、えっ?!」


 叶羽は銀河から貰った本を庇うように抱くと、足下に違和感を覚えた。

 ただの水ではない何かを粘着質なものを感じて下を向く。

 一面に広がるその水。

 それは叶羽の膝下まで浸からせるほどだった。



 ◇◆◇◆◇



「全ての生命は水から始まった」


 真芯湖の上空に突如として現れた謎の浮游物体。

 水の巨大な立方体(キュープ)がYUSAの社屋の真上で静止する。


「水域展開」


 急速落下する水の立方体が社屋の敷地を覆い込み、中の人間を捕らえる水の檻が完成した。


「黒き廃神に取り込まれた同胞たちよ、今助ける……待っていろ」


 風で波打つ水の上に浮かぶ黄土色の巨人。

 その男はIDEALからやって来た第三の刺客。

 神父シルバはライヴイヴィルに捕らえられた仲間たちの復活をコクピットの中で祈る。


「だが、その前に……真道アーク、お前の計画の一端を見せてもらうぞ」


 羊のような渦巻き状の角を頭から生やす重装甲マシン“ライヴロード”は水に囚われたYUSAの人々らの心を覗いた。



 ◇◆◇◆◇



「……なに、これ」


 あまりに非現実的すぎた状況に何が起きているのか叶羽には理解できなかった。

 スプリンクラーの水は既に止んでいる。

 だが、廊下からも大量に水が流れ込んでおり増水は止まることを知らない。

 既に腰のあたりまで迫っていた。


「なんなんだ、これはァーっ!?」


 異常事態に混乱して思わず叫ぶ叶羽。

 更に窓が割れ、外からも水が入り込んで来ていた。

 撮影部屋はプールの様に一面が水で張り巡らされしまい、叶羽とレフィはテーブルの上に退避する。

 だが、ここからの逃げ道など何処にもなかった。


「むぅ……」

「ダメだ、水がどんどんっ……!」


 揺れる水面が勢いを増し、叶羽とレフィは室内で高波に襲われた。

 その衝撃は凄まじく、流された叶羽は壁に身体をぶつけてしまい、残った息を全て吐き出してしまう。


(ヤ、バイ……水……飲んじゃっ……息…………っ) 


 叶羽は泳げなかった。

 パニックでもがけばもがくほど水は身体に侵食する。

 状況が何もわからないまま、叶羽の意識は深い闇に沈んだ。

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