第9回 我が影の名はライヴイヴィル

 白馬の王子様。


 カッコいい男性を思い浮かべることの比喩表現。

 そんな存在に憧れることは、引きこもりである叶羽にもあった。

 どちらかと言えば白馬よりも白い巨大ロボットに乗っていたが叶羽本人的には嬉しい。


 何もない田舎暮らしの可哀想な引きこもり少女をどこかに遠いところへ連れていって欲しい。

 そんな乙女の願望は現実となる。


 ◆◆◆◆◆


 何が起きているのか叶羽には理解できなかった。

 突然、目の前に現れた白い巨大ロボットが放った光で、行くはずだった中学校が、町が火の海と化した。

 好きでもない、むしろ嫌いだった田舎の風景が一瞬にして地獄に早変わりする。


「な……なんなのよ、これ? どうしてこんな……いや……いやぁ……」


 呆然とする陽子。

 視線の先には彼女の家である電器店が炎に包まれ、そして倒壊した。


「……天ノ川……コスモ…………っ!!」


 振り返る叶羽は中の人物から“ライヴレイブ”と呼ばれた白いロボットを睨む。


『やぁ、君を助けに来た』

「……助けにって、どういう?!」

『我には聞こえるのだ。心の中で泣いている君の声を……でも安心してくれ。かかならず救ってみせるよ』


 天ノ川コスモらしき声はと配信で聞くいつもの口調で話すと“ライヴレイブ”はゆっくりと近付き、陽子を包み込むようにして掴んだ。


「いや……イヤァァァァーッ!!」

「陽子ちゃんッ!!」

『彼女がいなければ君は苦しみから解放される』

「や、やめ」


 陽子を手にしたまま“ライヴレイブ”は力を込めて左拳を握った。

 手の隙間から吹き出したものが叶羽の顔にかかる。


「あっ……よ……うこちゃ…………」

『もう大丈夫だよ。君を苦しめるものはいない。これからは自由に生きるといい……そして、友達になろう?』


 地面に膝をついた“ライヴレイブ”は、陽子だったものから溢れた鮮血まみれの左手を広げ、叶羽に握手を求めた。


 ◆◆◆◆◆


 どこまでも広く燃え盛る田舎町。

 親友だった血の塊が乗った鋼鉄の掌を広げて白きロボットはお姫様に跪いた。


 しかし、夢にまで見たシチュエーションを体験した叶羽の心に宿った感情は“怒り”であった。


「…………なんだよ、正義って」


 自分の大好きな“ロボット”と言う存在を、正義の象徴という概念を汚された気分だ。

  

 叶羽にとってはこの田舎町がそれほど好きではなかった。

 お節介な陽子のことも苦手なところもあったが感謝もしていたのだ。


 ◆◆◆◆◆


 叶羽がVtuberとして活動をすることになったのは陽子がきっかけだった。


 学校に馴染めず引きこもっていた叶羽を、クラス委員長の陽子に担任からどうにか学校に来れるよう更生させて欲しいと白羽の矢が立つ。

 陽子は真月家に毎日のように通い詰め、徐々に叶羽の心を開くことに成功する。


 そこから人前で緊張しないように訓練しようと始めたのが動画配信、Vtuberだった。


 最初は叶羽も嫌々で苦難の連続だった。

 マイクの前で喋るのも恥ずかしがって出来なかったが、段々と克服して今のように明るく饒舌に話せるようになったのはつい最近の話だ。

 ただリアルの人前で話すのはまだ苦手で、近所の人やコンビニ店員相手にも声がどもってしまう。


 それでも前よりも明るく振る舞えるようになれたのは陽子のお陰である。

 たった一人の大切な友人だったのだ。


 ◆◆◆◆◆


「……こんなの間違ってる、こんなの、こんなの……っ!!」



 今すぐに目の前の存在を、許すことのできない悪を消し去ってやりたい。

 だが、叶羽は無力だ。


 ──これに成功したらボク、変われる気がするんだ!


 あの日、天ノ川コスモとのコラボ配信で喜んでいた自分。

 そして憧れていた天ノ川コスモの裏切り。

 今はただ、ただ憎く、相手を睨み付けることしか出来ない自分に対しても腹立たしい。


「……あんな奴、存在しちゃいけないッ!」

 

 その時、叶羽の身体に異変が起こる。


 沸き上がる怒りが頂点に達したとき、それは炎によって揺らめく叶羽の“影”から現れた。



 ◆◆◆◆◆



『来る、これが……っ!?』


 狙い通りの展開に歓喜するコスモ。

 影より飛び出した豪腕は白きロボット・ライヴレイブを殴り飛ばす。

 突然の強襲にライヴレイブは吹き飛んだ。

 数十メートルもの距離を田園地帯の上に転がりながら突っ込んで、純白の装甲を泥だらけにした。


『…………やっぱり、君は思った通りの人間らしいね……怒りと言うのはここまで人を強くする。女王の力は健在ってことか……!』


 コクピットの衝撃で頭から血を流す、天ノ川コスモの声をした謎のライヴレイブ操縦者は嬉しそうに言った。

 装甲がひしゃげたせいで隙間から田んぼの水が入り、コクピットの足元が浸水している。


『“ライヴシリーズ”のロストナンバー……嬉しいよ、あの人が言った通り、君は人類の敵だった!』


 伸びる影が叶羽を飲み込むと、入れ替わるように影は立体的な姿を現す。

 叶羽の影から現れたのは“漆黒の巨大ロボット”だった。


『あれが“LIVE・EVIL(ライヴイヴィル)”か……本当に今、会えるなんて奇跡みたい。何百年、何千年ぶりか!』


 なにか運命的なものを感じて嬉しそうに言う謎の操縦者。


 角張った箱形体型でアニメのヒーローロボを模しているようなライヴレイブは対象に、ライヴ・イヴィルと呼ばれた漆黒のロボットは、全体的に角のないつるんとした見た目で、デザインも非常に悪役的な姿、ファンタジー作品に出てきそうな“魔神”であった。


『なるほど、兄弟機という……お兄さんというだけあるか』


 真っ黒な装甲の全身に血管のように張り巡らせた赤いライン。

 十字に亀裂の入った顔面の中に怪しく光る目がライヴレイブを凝視する。


『せっかく友達になれると思ったのに……でも諦めないよ。例え君が私たちの敵だとしても、絶対に友達になってみせるよ……』


 追撃する漆黒の魔神、ライヴイヴィルが獣のように駆け出して、一気に距離を詰めて飛び掛かった。

 繰り出されるライヴイヴィルの鋭い手刀は田んぼや小屋を抉り取るも、ライヴレイブは空へ飛び回避する。


『楽しいね。でも君はもっと出来るはずだよ』


 戦う二機の姿を見ていた町の住民は、あまりの恐ろしさに震え上がった。

 さしずめ人類を滅ぼす天使とそれを守る悪魔のようだった。


『遅いよ』


 背部から生えた光る天使の翼、ビームウィングを展開して高速移動。

 迫るライヴイヴィルを寄せ付けない。

 飛び散るビームの粒子が舞い散る羽根のようだった。


『……そろそろ時間か。まあ目標は達成されたからね、この続きはまた会う日までだよ星神かなう。次に会うときは必ず友達になりたいな』


 撤退するライヴレイブを逃がすまいとライヴイヴィルは地面を蹴って思いきり跳躍した。

 だか、ライヴレイブは光のスピードで空の彼方に消えていく。


 地面に落下しながらライヴイヴィルの慟哭が燃える町に轟いた。

 

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