第8回 正義の執行

 昨日の天ノ川コスモらと謎の男、真道アークを名乗る男の配信から一夜明ける。


「……どう、なった?」

「…………消えてる……?」


 結局、陽子は真月家に泊まることになり、叶羽と二人一緒に夜を明かした。

 と言うのも天ノ川コスモが配信で言った“処刑”の一言は直ぐに星神とうかのチャンネルやSNSにも飛び火。

 もちろん学校もあるので泊まると言うのは難しいが、山のようにくる誹謗中傷やは殺人予告に乗ってるんでしょ?怯える親友のためにもここは了承する。


「夜中ずっと通知が来てた変なリプライも綺麗さっぱりないし、低評価爆撃も……むしろ高評価が増えてる?」


 そして、朝。

 どういう理由なのか、もの勢いで送られてきた星神とうかへの何百件にも及ぶアンチコメントはいつの間にか全て削除されているようだった。

 もちろん、こちらから相手のアカウントをブロックしたりミュートしたわけじゃない。


「アンチした人を全員を処刑するなんて言ってたけど。もしかしてドッキリ……じゃないんだよね?」


 まさか自分の炎上のせいでこんなことになったのでは、と不安がる叶羽を余所に、陽子はMyTubeにアクセスして天ノ川コスモのチャンネルを開く。

 昨日の配信は残ったままであった。


「陽子ちゃん……なに、するの?」

「まず低評価を押す。それと“星神かなうに迷惑をかけないでください”って書いたった」

「え、ちょっもう止めなよ!?」


 止めようとする叶羽を無視して陽子はコメントを送信する。

 だが、しばらく待っても特になにか問題が起きる様子はない。


「ほらね。なにも起きない。そんなこと出来るわけないじゃん」

「でも、これから起こる……ってことも?」

「ナイナイ! 何が正義の鉄槌よ。自分のキャラに酔いすぎ。あの動画もフェイクに決まってるって」


 陽子はふと時計を見て飛び上がった。


「……って不味いよ姫! もう学校行く時間じゃない?!」


 陽子はスマホの時計を見ると時刻は七時半になる。

 叶羽の家からだとそろそろ出発しないと登校時間に間に合わない。

 借りたパジャマから急いで制服に着替えた。


「い、行かないで陽子ちゃんっ!!」

「えぇっ?! それは流石に姫の頼みでも」

「だって……」


 今日ほど一人で心細い日はない。

 そんな叶羽の弱味に付け込んで陽子はある提案をした。


「じゃあさ、姫も学校に行こうよ」


 ◆◇◆◇◆


「遂に叶羽も中学に復帰かぁ。父さん嬉しいぞ!」

「本当ね、我が子の、ように」


 約一年ぶりの制服に袖を通した叶羽。

 まるで入学式の時に戻ったかのようなその姿を見て両親はとても喜んだ。


「もう恥ずかしいよ……」

「恥ずかしがってる時間もないよ! 遅刻ちゃうんだからねっ」

「あっ、うん。じゃあ行ってきます」


 陽子に急かされて叶羽は家を出た。

 叶羽は自転車に乗れないので陽子は持ってきた自転車を押して走る。


「……いきなり行って大丈夫かな?」

「いつでも来れるように姫の席は私と一緒にしてあるから問題ないよ」


 急いで向かい時刻は八時十分。

 田舎の田んぼ道から民家や個人商店も増えて賑わいが出てくる。

 駅へ向かい会社への出勤で通る人の数、そして学校へ登校する生徒たちも増えていった。

 都会と比べれば全然少ないが、久々に見る沢山の人の光景をまの当たりにして叶羽は緊張し、息が荒くなりしゃがみこんだ。


「ひ、姫っ大丈夫?!」


 心配そうに背中を擦る陽子。

 道の真ん中で突然、苦しそうに座り込む少女に通りすがる人も注目するが、それが返って叶羽の緊張と恐怖を大きくしていった。


「……ねぇ、陽子ちゃん……ボクがVtuber“星神かなう”だってこと、皆しってるの?」

「うーん、最初始めた頃に何人かには教えたよ」

「…………ボク」


 叶羽は突然、踵を返すと来た道を戻ろうとする。

 とっさに陽子は叶羽の腕を掴んだ。



「ここまで来たんだよ? あとちょっとなんだよ、頑張ろうよ?」

「でも……なんか、やっぱ怖いっ! 放してっ!!」

「叶羽!」


 必死に止める陽子の制止も振り切って叶羽は来た道を逆送した。


(……無理、無理、無理、無理!!)


 まだ叶羽は昨日の夜のことが頭から離れていなかった。

 もし本当に人が亡くなっているのだとしたら一端を作ったのは紛れもなく自分だ、叶羽は思っていた。

 馴れないことをしてしまった結果、不用意な発言で騒がせてしまったのだ。

 相手は大人気Vtuberで、かなうは活動一年ちょっとの新参者。


(学校行くの怖い……もう嫌だ)


 もし、自分が星神かなうだと正体が中学校にバレていたら。

 あの放送で星神かなうに敵意を剥いている人がいたら、と思うとやはり引きこもっていた方が良かった。

 そんな思いで逃げる叶羽の前方、一本道に誰かが立っている。


「…………誰……?」


 後ろ姿で顔は見えない。

 その人物は手にしていた銃らしきものを天にかざして引き金を引いた。


「きゃっ、なに?!」

「眩しい……!?」


 次の瞬間、叶羽たちの視界は真っ白に包まれる。

 あまりにも目映い閃光に目が眩んで、何も見えなかった。


「叶羽っ!!」


 背後から叫ぶ陽子の声に叶羽が振り返ろうとしたその時、激しい揺れと熱い風吹き、叶羽たちを襲った。


 ◆◆◆◆◆


「…………うっ、うう……」


 全身に痛みで気が付くと叶羽は地面に突っ伏していた。

 どれぐらい気絶していたのかわからないが辺りの景色が妙に暗い。


「起きて、ねぇ起きて叶羽……!」

「……もう起きてる。やっぱ外に出るんじゃなかった…か…」

「違うの! あの、あれが……昨日のあれみたいなのがっ!」


 何かに怯えているのか必死な陽子が泥だらけ叶羽の体を持ち上げる。


「いたた、自分で起きるから……待っ、て…………っ!?」


 陽子に支えられて立ち上がる叶羽は絶句した。

 暗く感じていたのは叶羽たちの前に突然現れた“巨大な人型”に太陽が遮られていたからだった。


「……何なの、一体?」

「ロボ、ット……」


 周りの民家よりも遥かに大きい巨人が町中にそびえ立つ。

 白く屈強な鋼のボディと鎧武者のような金色の大きな角に男性型のフェイス。

 その姿は誰が見ても、アニメに出てくるようなスーパーロボットその物だと言うだろう。


『これより正義を執行する。行け、ライヴレイブ!』

「…………そ、その声……まさかっ!?」


 叶羽が驚くよりも前に“ライヴレイブ”と喚ばれた白いロボットが口を大きく開けると口内に光が集まっていく。


『君を悲しませるモノは私が罰する。そう言ったよね』


 その視線の先、叶羽たちが行くはずだった中学校に向けて放たれた白き巨人の咆哮。

 一直線上にある全ての物が光に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。

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