第10回 最悪な一日の終わり
日が暮れ、月が昇り始めた。
叶羽は呆然と一人、道の片隅に生えた木に座り込んでいる。
天ノ川コスモらしき謎の人物のロボットと、自分の影から現れた黒いロボット、ライヴイヴィルもいつの間にか消えていた。
「……お腹すいた…………」
スマホを確認すると夜の七時。
家を出てから丸半日ほど経過しているようだった。
一人娘が学校から帰ってきていないのに両親からの連絡はなく、こちらからかけても応答はない。
隣町から来た消防車や救急車のサイレンがひっきりなしに鳴りっぱなしで、生き残った人たちの救助活動を行っている。
だが必死の消火活動にも関わらず町を燃やした火は中々消えない。
泣き叫ぶ子供や悲しみに打ちひしがれる人々を撮影しようとする、テレビ局の取材班と町民がずっと言い争いを繰り広げている。
その一方で、消防士たちと同じく隣町から駆けつけた警察たちは、町を襲ったロボットたちが道に作った巨大な足型や戦闘の跡を調べている。
騒然とする光景を目の当たりにしながらも叶羽にとって今日一日、全てがリアルに思えないかった。
(なんだったんだ、あれ……それにボクの影からどうして)
自分の影から現れたライヴイヴィルと呼ばれる黒いロボットは田んぼのど真ん中に倒れ込み、沈黙していた。
それをぼーっと呆けた顔で影を見つめている叶羽に警官たちが状況の説明を求めて来た。
幸いにも叶羽が乗って、降りたところは誰にも見つかっておらず、警官たちもライヴイヴィルをどうしていいのかわからなかった。
顔をチラッと見るだけで何も答えなかった。
叶羽は適当に言い訳をして警官たちはその場を去っていく。
「…………帰らなきゃ」
ライヴイヴィルを見ないようにして叶羽は立ち上がる。
「夢だよ……ゆめ……ユメ」
今日は何もなかったし、見ていないし、何もしていない。
こんなところにいるのも夢であるし、家に帰って一眠りすれば全てが元通りになるはず、そう思うにする。
「うぅ……よ、陽子ちゃん……うっ!」
陽子の最期を思い出して、叶羽は喉奥から込み上げてくるとものを吐き出した。
目の前で潰された親友の姿が頭から焼き付いて離れない。
叶羽は大粒の涙を流し、暗い夜道の中、家路を辿った。
◆◆◆◆◆
フラフラとした足取りで息も絶え絶えになりながら、自宅までどうにか戻った叶羽。
町から家までの距離を歩くのがここまで疲れたことないが、異様な疲労感を叶羽に眠たさが限界だった。
「……電気がついていない」
時刻は夜八時。外から見える部屋の明かりがどこも点いていなかった。
真月家の就寝時間にはまだ早すぎる。
「……たっ、ただいまぁ……」
そーっと玄関を開ける。
家の中は静まり返っていた。
両親の靴はあるので出掛けた様子はないが何か不自然に感じた。
叶羽は泥棒のようにそろりと自室に向かう。
(お父さんたち怒ってるのかな……もう寝てるのかな?)
部屋に到着し、音を立てないようにドアを開けた。
「やぁ、今日は月が綺麗だね。満月だ」
「………………へぇっ……?!」
暗がりの中、突然の声に叶羽は飛び上がる。
見知らぬ男が叶羽のゲーミングチェアに座っている。
しかも、叶羽の宝物であるクジで当てたアニメキャラの仮面を付けていた。
「このマスクいいねぇ。劇中そっくりなシセアのマスク、あの配信もこれを付ければよかったよ」
叶羽はその声に聞き覚えがあった。
天ノ川コスモの配信に出ていた男、真道アークである。
「それにしても良い部屋だ。よくこれだけのものを集めた。感動するよ 」
「あ……あっ……」
優しげな口調で部屋のロボット玩具を誉める真道に叶羽は口をパクパクさせるだけで声を上げられなかった。
「ダイシャリオン好きかい? 私と趣味が合うよ、真月叶羽くん……ありがとう、制作者冥利につきる」
「ど……どう、して…………っ?!」
叶羽は真道が右手に持っている光る何かを注目する。
月明かりが反射しているそれはナイフだった。
しかも、よく見ると赤い液体が刃から滴り、フローリングの床を濡らしていた。
「…………お父さん、お母さん……ッ!?」
叶羽は急いで自室を出ると、家の中を確認する。
「おと……さ……」
頭の中に浮かんだ最悪の光景を否定したいが、嫌な予感は的中してしまった。
「う……うそ…………うそだっ……!」
やって来たのは両親の寝室。
照明のスイッチを押して部屋を覗き込む。
「じ、冗談でしょ……そんな…………」
ベッド横の床に倒れていたのは叶羽の母親だ。
うつ伏せになり背中や腰など複数箇所から大量に出血していた。
叶羽は膝から崩れ落ちる。
「……彼は、君の前ではコスモと名乗っているんだったかな。君と友達になりたいそうだ」
ナイフをちらつかせ、叶羽の後ろから真道がゆっくり近付いてきた。
「あ、あなたがやったの……?」
「……ああ、それが世界のため、人類のため。正義のためだからだ」
「ど……どうしてっ!?」
「うーん、そうだなぁ。君が生まれたことそのものが罪、じゃあ納得しないかな?」
真道の口許は笑みを浮かべているが仮面から覗き込む目は全く笑っていない。
ジリジリと近付いてくる真道に、叶羽は絶対に背後を見せないよう壁伝いに距離を取る。
「納得する必要もない。何もわからないまま死ぬか、それとも……」
「い、いやぁ……嫌だ…………っ!」
追い込まれる叶羽の足下には母の遺体が横たわる。
前からはナイフを構える真道がにじり寄る。
次々と起こる事態に頭がパニック状態となり、その場から一歩も動けなかった。
「逃げろ叶羽ッ!!」
切羽詰まった声で叫ぶ男性。
真道が叶羽に向けてナイフを振りかぶろうとした瞬間、真道の背後に現れたのは叶羽の父だった。
部屋に入ってきた勢いで真道に体当たりした。
「真月武(シンヅキ・タケル)……まだ生きていたんですか」
「しぶとさだけが取り柄なんでな。ちゃんとトドメを刺さなかったお前が悪いっ!」
叶羽父こと真道武は真道を壁に押さえ付け動けないようにする。
凄まじい剣幕を見せる武だが、全身は真道にナイフでやられた刺し傷だらけだった。
「お、お父さんっ!?」
「すまないな叶羽。お前に父親らしいこともやれないで、もっとしっかりしていればこうならなかった」
「しっかり、か……君の発見したアレが人類の破滅を呼ぶ。その自覚はあるのかい?!」
真道の膝蹴りが、武のナイフで刺されている腹部に何度も食い込む。
血反吐を出すも武は叶羽を守ろうと真道を絶対に離さない。
「こう、なる……ことはいずれ来ると予測していた。だから叶羽、心配するな。お前を助けてくれる人がいる。早く……家から離れろっ!」
普段は温厚な父の必死な訴えに、叶羽は素直に従うしかなかった。
「う……お父さんっ」
「いきなさい」
両親を残して叶羽は部屋からから逃げ出した。
靴を履いている余裕すらなく、靴下のままで玄関から外へ飛び出す。
「やっぱ置いてくのは……お父さっ」
足を止め振り返ろうとした瞬間、目の前が真っ白になる。
気が付いたときには叶羽の身体は灼熱の熱風と共に宙を舞っていた。
(なんだこれ……何なんだよ……?!)
その日、叶羽が最後に見たのは、黒い煙を上げて炎上する我が家と自分に近づく何者かの影だった。
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