第6回 大炎上
『このゲームの影響で昔のロボット物を見るようになった。昔の作品はいいな、現在のロボット作品にはない良さがある。そう思わないか?』
『……………………………………』
問い掛けるコスモだったが、かなうからの返事がなかった。
画面の中の星神かなうは配信者の動きに合わせているはずなのに微動だにしていなかった。
突然の長い沈黙に放送事故が起こったのではないか、とチャット欄がざわついた。
『どうした? 回線の調子が悪いのか?』
『……え……あ、いや何でもないです。ははは』
コスモの発言に少しイラっとしてしまい、叶羽はマイクをオフにしてから机を離れ、ベッドの枕に顔を埋めて叫んでいた。
(落ち着け、かなう。別に良いじゃないか、昔のロボットアニメは最高よね。しかし、しかしよ、今のロボアニメだって最高じゃんかっ!)
『実はな、何かは言えないがロボットアニメの主題歌を任されている』
『うぇっ……へ、へぇ。そうなんですか、おめでとうございます』
『しかし、中々に良い詞が浮かばない。有名な会社の一大プロジェクトらしくてな、失敗は出来ないのだ。しかしなぁ……』
コスモも別に昨今のロボット作品を貶したいから言っているわけじゃないのだろう、と自分に言い聞かせてどうにか落ち着かせようとする叶羽。
だが、次の瞬間。かなう、いや叶羽の地雷をコスモは踏んでしまう。
『最近はロボットアニメの人気がないだろ? 時代遅れとさえ言われてるものをどう上手くヒットを導けるか不安なのだ』
『はぁっ?』
食い気味に思わず口から出てしまった、かなうから今まで聞いたことのない露骨な苛立ちの返事に一瞬、チャット欄のファン達がどよめいた。
しかしコスモは続ける。
『昔のように数もめっきり減ってしまったようだしな。今はファンタジーや異世界転生のラノベをアニメ化した物が人気だ。その時代に生きていた訳ではないが、あの時代のロボットアニメは良いものだった』
『……ちが……っ』
『リアルでは現在、工事現場や災害地に派遣する人型ロボットがあるそうだが、そういうのではないんだ、夢がない。やはり王者シリーズのような低年齢層の見れて憧れるロボット物も今や皆無で衰退していく運命に』
『違いますけどっ!!』
言い終わる前に、かなうの音割れするほど叫んだ言葉がコスモの台詞に割り込む。
もう我慢の限界だった。
かなうの感情のダムが決壊する。
『ん? 違う、とは……?』
《姫、止めろ》¥1000
『いいですか。最初に言っておきますけどロボットアニメは衰退なんかしていません。時代遅れ? 衰退? なぁにを根拠に言ってんですか?! 誰がそんなこと言ってんですか? どっかのクソまとめサイトかなんかですかっ?! 今年なんてイヴァとか戦ヘサの劇場版がメチャメチャ大ヒット作したし、ダイノザナンとかゼッターロボアースみたいな深夜の話題作もあるし、キッズ向けなら去年から続いて二年目のダイシャリオンがあるじゃないですか!? 大体ここ十年間ですよ、この年代のロボットアニメが一番作品数が多いし、名作良作が数多く輩出されてるんじゃん! 毎年毎クール、何がどこでやるのかちゃんとチェックしてますか? 1クールに最低でも3本ぐらいはやってますよ! ちゃんと調べてから言ってくださいよ! 影響力のある人がそういう迂闊なこと言うとすぐに変なアフィブログで拡散されるんですから。それで、あぁ最近はロボットアニメないのかぁ……って思う人が増えるんですよっ! それがイヤで日々、SNSとかネット掲示板で啓蒙活動してるのにあぁぁもおぉぉぉぉーっ!』
◆◇◆◇◆
その日。
天ノ川コスモとの生配信は星神かなう史上、もっと再生された動画となった。
しかし、最後の言動が原因で低評価も過去最高、コメントも大荒れとなってしまい、翌朝に動画は非公開となった。
◆◇◆◇◆
次の日の月曜日。
学校から帰宅する陽子は自宅には帰らず真っ先に真月家に向かって自転車を漕ぐ。
叶羽への電話もメールも返事がなく、一日ずっと心配していたのだ。
「おば様こんにちは! 今からパートですか?」
玄関先で自転車に乗り込む若い女性と出くわす陽子。
少女のようにも見えるほどの可愛らしいその女性は叶羽の母親だ。
「あらあら、陽子ちゃん……叶羽どうしたの? 今朝からずっと部屋から出てこないのよ。ご飯の時は呼べば必ず来るのに」
「その事で今から……時間大丈夫です?」
「まぁいけない! 陽子ちゃん、叶羽のことお願いね?!」
そう言って叶羽母は村の老舗スーパーマーケットのパートに出掛けるため急ぎ自転車を飛ばした
後ろ姿を見送りながら陽子は真月家に入っていく。
「姫、陽子だよ」
コンコン、とドアをノックして声をかける陽子。
すると鍵がガチャリ、と開く音。
息を飲み込み、陽子は恐る恐る部屋に入っていった。
「姫……」
「…………んん」
カーテンも締め切った薄暗い叶羽の部屋。
陽子は隅で頭から毛布を被り、モゾモゾ動く物体を発見する。
「姫ってさぁ……やっぱり短気なところあるよね?」
「んん……」
酷く落ち込んだ様子の叶羽は、毛布から腕だけ出して机の上のパソコンを指差した。
画面に映っているのは星神かなうのSNSとMyTubeのページだ。
「通知が、何これ表示バグってない?」
そこには夥しいほどのメッセージが届いていた。
しかも、どれも内容は星神かなうに対しての中傷ばかり。
圧倒的に多い天ノ川コスモのファンからなのか、炎上騒ぎに乗じて叩きたい荒らしなのかは判別はつかないが、どちらにせよ叶羽を落ち込ませるには過ぎた。
「……さっき弁解しようと思って書いたのが余計炎上しちゃって」
「何て書いたの?」
「もう消した」
いつもなら訳のわからない迷惑アカウントは即ブロックするが、誹謗中傷が多すぎて対応しきれなかった。
陽子は毛布にくるまった叶羽を優しく抱き締める。
「なんで、あんなこと言ったの?」
「……わかんない」
「そこまで許せないことだった?」
「…………うん……」
「そっか、叶羽にとっては大事なことだもんね」
部屋の周りに並べられたロボットプラモやフィギュアたち。
どうして叶羽がロボットにそこまで執着しているのか陽子はわからない。
それよりも陽子が気になっているのは天ノ川コスモのことだった。
「……あの人からなんか来てるよ」
MyTubeの画面上に新着動画の通知が届く。
陽子が変わりに通知を開くと、それはコスモから生配信のお知らせだった。
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