第3回 親友はプロデューサー
午後一時。
叶羽はまだベッドの中だった。
「……姫……姫、起きて! 叶羽ちゃん、ねぇねぇ起きてよーっ!」
「うーん…………うるさいなぁ。土曜日ぐらい寝かせてよ……」
耳元で叫ばれる大声と体を揺さぶれながらも寝ようとする叶羽だったが、髪を三つ編みした丸眼鏡の地味目な少女に毛布を剥がされてしまった。
「平日もずっと寝てるんでしょ? そろそろ学校に来なよ」
「だってボクはVチューバー星神かなうだよ? プロデューサーの日暮陽子さん?」
三つ編み眼鏡少女は叶羽の言動に深いため息を吐いた。
彼女の名前は日暮陽子(ヒグラシ・ヨウコ)。
叶羽とは中学一年生からの付き合いで、この田舎町に一件しかない電気屋の娘だ。
引きこもりの叶羽がVtuberをやっているのも陽子のおかげだ。
「それと昨日の配信……と言うか最近のゲーム実況、プレイが雑だよ。結構SNSで書かれてるんだからね」
そう言うと陽子は叶羽のパソコンで、Vtuber真月かなうについてのSNSの反応を検索する。
動画内で書き込まれているファンのコメントとは違い、個人のSNSでは昨日のゲーム実況について辛辣な言葉が多い。
〈最近のかなうの実況は後半になるとやる気ないのかダレてくる〉
〈かなうタルおじ下手くそすぎ。一時間たって戻ってきたらまだ同じとこ〉
〈この短気さはもしかして中身三十代の気配〉
「あ、アンチの書き込みなんて気にしたってしょうがないしぃ。そういうアカはブロックしてるから見えませーん」
陽子からマウスを奪い取り、アンチ的な書き込みをしているアカウントと片っ端からミュート設定にして自分のアカウントから相手を見えないようにした。
「Vのまとめサイトとかでも紹介されるようになってるんだから気を付けないとダメだよ?」
「はんっ、まとめサイトって!! ボクが一番嫌いな六文字だよ……履歴に残るからやめて!」
陽子がまとめサイトのページを検索しようとするのを阻止する叶羽。
検索サイトのAIが閲覧する内容で、その人にあったオススメのページを表示してまうためだ。
「てか、流行ってる奴みーんなツマンナイんだよ! やってらんない」
「じゃあ例えばなんのゲームがやりたいの?」
「ハイロボとか」
「却下」
即答する陽子。
叶羽が言うハイロボとは“ハイパーロボット戦線”と呼ばれる古今東西のロボットアニメを集めた人気シミュレーションRPGの事で、叶羽の大好きなゲームである。
「どうして?」
「このゲーム長すぎて実況に向かないし、そう言うだろうと思って調べたけど伸びてる実況動画なんてほとんど無いよ」
「ほとんどでしょ! あるところにはある」
陽子からマウスを奪い取る叶羽は、MyTubeのページを開いて“ハイロボ 実況”で検索する。
陽子の言う通り、
「ほら! この天ノ川コスモちゃんって子、チャンネル登録数も五十万を越えてる。最近完結したハイロボVTの実況も人気だったんだよ?! 今はバーストアースやってるし」
「それは知ってるけど他所は他所、かなうはかなう。今さら路線変更したって視聴者が離れるだけでしょ! ほらもうさっさと脱ぐっ!」
そう言うと陽子は無理矢理、叶羽のシャツを上からスポンと脱がせた。
上半身スポーツブラだけになる叶羽。
「キャーエッチ!」
「ほら、そろそろ着替えて。レビュー動画の撮影するんだから、お菓子買いにいくよ!」
外着に着替えさせられた叶羽。
部屋を飛び出し、いざ外の世界へ。
◆◇◆◇◆
道中、二人でお喋りをしながら田んぼ道を真っ直ぐ歩く。
遠くに山、たまに民家が見えるだけで何もない、だだっ広い田舎の風景が叶羽は好きではなかった。
しばらくすると、すれ違い様に農家の人から声をかけられた。
「こんにちは」
「はい、こんちには!」
「…………あぅ」
元気に挨拶する陽子に対して、恥ずかしげにうつむき小さく唸るだけの叶羽だった。
真月家を出発して二十分後。
この田舎町で一件だけのコンビニに到着した叶羽と陽子。
「この企画は前は利きチョコレートやったから次は利きポテチにする?」
「姫ぇ……それ応募券が欲しいだけでしょ?」
手に取ったスナック菓子は叶羽が好きなアニメである“ダイシャリオン”とコラボしたポテトチップである。
「食べ物系はしばらく止めよう。姫の健康に悪い」
しかし、カゴの中にたくさんのポテトチップを入れたが陽子によって全て棚に戻されてしまった。
「ねぇ姫。これ可愛くない?」
「猫の帽子?」
「姫なら似合うと思うなぁ」
陽子が叶羽を“姫”と呼ぶのもVtuberの設定からだけでなく気分を良くして貰おうと最初は呼んでいたのが、いつしかアダ名のように定着してしまった。
「ほんと最近はコンビニも便利なグッズ多いよね。そうだ、これをランキング形式でレビューしよう」
陽子は日曜雑貨コーナーの物を手当たり次第カゴに入れていく。
「この先がグルグルしてる耳かきとかASMR動画に使えそうだよね姫」
「……耳かきで思い出した。姫、なんでダミーヘッドに変なアイマスク着けてるアレなんなの?」
商品で一杯のカゴを引きずりながら質問する陽子。
ダミーヘッドとはASMR動画に使用するマネキンの様な大きさの人間の頭の形をしたマイクのことである。
少し埃を被ったそれには現在、謎の仮面が装着されていた。
「アレ? 少佐」
「し、しょう……さ?」
「シセア少佐だよ、ダイシャリオンに出てくる流星のシセア。ボクの中でお耳を掃除する相手役は全部、少佐なんだ。クジの特賞で当たった」
妄想に浸る叶羽を他所に、陽子は満杯のカゴを持ってレジに向かい会計を済ませた。
◆◆◆◆◆
買い物を済ませた二人は元来た道を戻り、歩き始めた。
「はぁ……全く。姫はさ、本当に引きこもりやめるつもりあるの?」
「あるよ! ありよりのあるだよ!」
「だったらロボット趣味なんて止めたら?普通は男の子趣味でしょ?」
「女の子だってロボアニメ好きでもいいでしょ!」
「それにしたって部屋の中、もうちょっと女の子らしくした方がいいと思うよ」
叶羽の部屋は見渡す限りのロボットフィギュアやプラモで囲まれている。
これらのほとんどが通販で頼んでいる物だった。
この田舎町にも古くからやっている模型店はあるのだが、お城や自動車に軍艦などがメインであった。
最新のロボットプラモなどは入荷しないため工作ツールだけを買っている。
「どうしてそこまでロボット好きなの?」
「うーん、難しい質問だね。そう言われるとわからない」
「ウチのお兄ちゃんも昔はフィギュアとか集めてたなぁ。姫のお父さんが好きとか?」
「いいや? そういうのはないかな。趣味と言うか油絵を描いてる」
叶羽の父は芸術家である。
主に風景画を得意とした作家で、この田舎町に引っ越してきたのも都会の喧騒を離れて山々の自然を堪能したいと言うのが父の主張だった。
父娘揃って引きこもりなせいで母親は少し困っている。
「うーん、なんでなんだろう……どうしてボクはそんなにロボットが好きなのだろう?」
改めて考えてみると、何故ロボット好きとなったのかハッキリとした記憶がなかった。
物心ついたときから着せ替え人形よりも変形ロボットをガチャガチャ触って遊ぶのが好きな女の子だった。
「あれだ! 奈良の大仏様ってあるじゃん? ああいうの見て、デカーイ! 神々しい! カッコいい! っていう気持ちに似てる」
「……大仏様をカッコいいと思ったことは無いかな?」
「えぇ? カッコいいよっ!」
ブーブー、と口を尖らせる叶羽。
「もっと女の子っぽいこととか。ほか、コメントに書いてたけど姫は白馬の王子様……恋人が欲しいとか興味ないの?」
「そうねぇ、白馬に乗るよりも白いロボットで連れ去って欲しいかな」
「はいはいはい」
その後も雑談を交わしなから田んぼ道を歩き、真月家に戻る二人。
買ってきた大量のコンビニグッズを試しながら動画製作は夜までかかった。
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