第2回 真月叶羽は引きこもりたい

 時刻は午前二時。


「あぁ、ぬるっ……」


 叶羽は二本目のエナジードリンクの残りを一気に飲み干し、ヘッドセットを外してベッドを倒れ込む。


「……二度とやらんわ、こんなクソゲー……」


 疲れた指をパキパキと鳴らしながら悪態をつく叶羽。

 壁の棚一面に並べられたロボットのプラモデルやフィギュアを眺めるのが何よりの癒しだった。


「ふぁ…………」


 眠い目を擦りながら充電中のスマホを掴み、SNSアプリを起動する。

 画面に映し出されたのはVtuber星神かなうのアカウントであった。

 こちらのフォロアー数は五万人を突破している。


「……」


 死んだ目で叶羽は文字を打ち込む。



 星神かなう@hoshikanauu777

〈今日はかなうの放送に来てくれてありがとうございます! 来週は新しいゲームに挑戦するから楽しみにしててね!〉



「…………はぁ、歯ぁ磨こ」


 呟きを投稿すると直ぐに“いいね”や“リプライ”が数十件もついた。

 伸びっぱなしのボサボサ頭を掻きながら、ベッドから起き上がる叶羽はダルそうに洗面台まで向かった。


 鈴虫がりんりんと静かに鳴っているのが家の中から聞こえている。


「……虫うるさっ……」


 配信疲れの叶羽には、ささやかな虫の合唱さえうっとおしく思えた。

 叶羽が住んでいる所は周辺が雑木林や田畑に囲まれた田舎町だ。

 隣の家まで数十メートルも離れているし、コンビニやスーパーも歩きで片道二、三十分はかかるほど遠い場所にある。


 今の場所に引っ越してきたのは中学一年生の頃だ。

 田舎暮らしに憧れた両親を恨んだ時期もあったが今はもう馴れてしまった。


 そんな両親がすやすやと眠っている部屋を通り抜ける。

 人感センサーで仄かに足元を照らす小ライトを頼りに叶羽は洗面台へ辿り着いた。


「ジュース飲み過ぎたなぁ……トイレも行こ」


 叶羽は歯を磨きながらスマホに目をやると、SNSのアカウントを切り替えた。


 アカウントの名前は、

【うらかな@urarakana777】


 アイコン画像は近所の山を撮ったもので、星神かなうのアカウントとは違いフォロアーも数十人程度しかいない。

 別アカウントに切り替えた叶羽が行ったのはあるワードを検索する事だった。


「……ロボットアニメ…………っと」


 すると“ロボットアニメ”というワードに関する書き込みが時間順に表示される。 

 スマホの画面を親指でスライドさせながら書き込みを見ていると、ある一人の書き込みが叶羽の目に留まった。


 △△△@×××

〈最近全然ロボットアニメがないわ。スーパーロボット成分が足りない〉


「チッ……」


 思わず舌打ちする叶羽。

 知り合いでもないその書き込みに対して直ぐにリプライを飛ばす。


〈普通に毎年毎クール途切れず沢山ロボットアニメやってますよ。スーパー系もダイシャリオンが今やってます〉


 左手でスマホの検索を見ながら、右手の歯磨きを終えて、うがい用のコップに水を入れていると反応が返ってきた。


〈そんなのあるんですね。最近見てないから知らなかったです〉


「…………はぁ~?」


 深いため息混じりな苛立ちの声。

 スマホ画面にタップし文字を打ち込む指も早い。


〈知らないのになんで無いとか言ったんですか? おかしくないですか?〉


 キレ気味に返すと相手からの返答は待っても来なかった。

 それどころから相手の書き込みが読めなくなり、アカウントブロックされてしまったようである。


「……はぁ、寝よ……」


 コップの水を口に流し込み、口を濯いで勢いよく吐き捨てる。


 ロボットアニメ、と検索して叶羽が気に入らない書き込み二件にリプライ。

 悪質なロボットアニメネガキャン記事を上げるアフィブログを数件ミュート。


「…………はぁ……」


 今日、何度目かのため息。


 別に何か相手の反論を期待している訳ではなく、ただロボットアニメ好きとして間違った認識をしている人が許せないだけなのだ。

 こういう行為も初めてではなく、見知らぬ相手の書き込みに絡んで指摘リプライをするのはVtuber歴よりも長い。


 足音を立てずゆっくり部屋に戻った叶羽を出向かうのは、往年の名作から最新のロボットフィギュアたち。

 彼らに見守られながら叶羽は眠りについた。



 ◇◆◇◆◇



 太陽は昇り、現在朝七時。


 夜更かしをしても叶羽の朝は早い。

 寝癖で爆発した髪のまま、リビングにやって来た叶羽はテレビを付ける。


【特急王者 ダイシャリオン】


 タイトルロゴと共に男性ボーカルグループの軽快なオープニングテーマが流れる。

 列車が変形し、巨大ロボットになって戦うアニメだ。

 今年放送二年目に突入し、玩具も飛ぶように売れている子供たちに人気の作品である。

 叶羽はテレビの前に一メートル以上離れて正座し、黙って見始めた。


 そして、あっという間の三十分。


 エンドカードまで見てテレビの電源を消すと、叶羽は今日のお話を頭の中で噛み締める。


〈一度、敵に寝返ってしまった相棒と再びタッグマッチ! ダブルダイシャリオンの共闘! 正義の味方はこうでなきゃ。ロボットアニメの王道展開サイコー!〉


 番組の感想をスマホでSNSの個人アカウントの方に書きながら朝食のカップラーメンを作る。


「ふぁ~……おはよう叶羽」

「……おはよ」


 頭をボリボリ掻きながら寝起きで叶羽の父が自室から出てきた。

 長身だが姿勢が悪く猫背で手入れのされていない無精髭の顔。

 だらしなく着崩したYシャツには様々な色の絵の具が飛び散っていた。


「旨そうなの食べてるな」

「あげないよ。限定の奴なんだからね」

「秋期限定スーパーMAX豚ラーメン……朝から元気だねぇ」


 べっ、と叶羽は舌を出すと父は笑って歯を磨きに向かった。

 画家である父も一日中、家の中に居て自室に込もってキャンバスに向かって唸っている。

 風景画を主に描いているようだが、独特すぎるタッチや色彩がサイケデリック過ぎてどこの風景を描いたモノなのか叶羽にはさっぱりわからない。


「ずずず……今度出るDXダイシャリオン基地セットのレビュー動画とか上げたいなぁ。でも陽子ちゃん絶対許可してくれないだろうなぁ……あぁ」


 朝食からニンニクの匂いを撒き散らし、叶羽は一分早くフタを開けて食べ始めながら頭の中で妄想を膨らませる。

 カップラーメンを食べ終えると自分の部屋に戻ると再びベッドに倒れ、昼まで眠る。

 この思春期女子とは思えないほど生活を送るオタク少女。

 ネットの世界で人気の新人Vtuber星神かなうの中身であった。

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