第3話

女王はその後も頻繁に王怜の部屋を訪ねるようになり、二人の仲睦まじい様子が城でも見られるようになった。城の者も民もそれを喜び、温かく見守った。


 それから季節は巡り、再び夏が訪れた時、女王はついに母になった。民が待ち望んだ、世継ぎの誕生である。


 国中に祝福され、生まれた長子は男児であった。女王と同じ、緑の黒髪。王怜譲りの、晴れた空色の瞳。


 女王と王怜は、愛をもって我が子を育てた。だが、国の長とその補佐である彼らは繁忙で、四六時中子どもと一緒にいられない。そこで、二人は一人の男に、王子の教育係を任せた。


 名を、清泉(しょうせん)。女と見紛う美貌の持ち主で、王怜に負けず劣らず頭のきれる男であった。国立の学院で幾つもの称号を得、若くして教鞭をとる博士である。


 彼は、一族の権力欲の為に後宮に送り込まれた青年だった。慮花の代わりに正室になるよう、一族に期待された、慮花の実弟。


 彼の顔は美しかったが、年の離れた兄とは似ていなかった。それでも、面影があると女王は言う。


 女王は、彼を愛さなかった。


 慮花の後釜として後宮に入った彼に、女王は一度として会いに行かなかった。彼を王子の教育係としたのは、王怜の強い勧めである。


 女王に愛されない夫として、実家から非難されている清泉を、王怜は昔の自分と重ね、彼に役割を与えたのだ。


 清泉は、その命を受け、王子を我が子のように育てるのであった。



 それから、五年の月日が経った。


 隣国の軍隊が、再び国境を越えた。今度は大きな兵器を持って、村や町を容赦なく焼き払う。また、多くの民が無残に殺された。


 この危機に、国は王怜の策と、清泉の開発した兵器を使い、対抗することにした。勝算は十分だ。


 出陣する自衛軍を見送る為、女王は陣までやって来ていた。本当なら、女王は自ら軍を率いたかった。だが、それを、王怜は許さない。


「俺は必ず勝って帰る。だから、アンタは、コイツをしっかり守っててくれよ」


 鎧を着た王怜が、女王の腹に手を当てる。僅かに膨らんだそこには、新しい命が宿っていた。


「必ず……必ず、帰るのだぞ?わたしを、悲しませないでくれ……」


 他の兵たちに聞こえぬよう、女王は本心を吐露した。王怜は彼女の髪を掬い、唇を寄せる。


「約束するよ、俺は、アンタを悲しませない。いってきます、我が麗しき女王陛下」


 王怜は女王に背を向け、拳を振り上げた。沢山の兵たちが、それに応えて声を上げる。


 こうして、王怜は戦地へと向かっていった。



 戦は、六月続いた。敵国の兵器に序盤は苦戦していた自衛軍であるが、だんだんと王怜の策が敵を陥れ始める。そして、彼の策により前進も後退もできなくなった敵軍を、清泉の開発した兵器で一網打尽にした。


 そうして、多くの兵士の命を削り、戦の火は消えた。


 自衛軍は勝利し、女王の国は守られた。



 だが、しかし、約束は守られなかった。


 女王は、後宮にある王怜の部屋に一人閉じこもり、彼の衣服に縋って、泣き叫んだ。


「嘘吐き!必ず帰ると、言ったではないか!!わたしを悲しませないと、誓ったではないか―――っ!!王怜っ、王怜っ!早く帰って来ぬかっ!王怜―――っ!!」


 その叫びは後宮に響き渡り、誰も女王に近づくことすらできなかった。


 七日間、女王は叫び続け、枯れ果てた喉からは、ついに声がでなくなった。


 悲鳴が聞こえなくなり、閉じられた扉を無理やりこじ開けた清泉。彼は女王を見て、絶句した。


 女王の長い緑の黒髪は、色を失い、真白の糸のようになっていた。両目は赤く腫れ、七日間食事を口にしなかった彼女は痩せていた。


 美しき国の指標は、その美貌を失う。


 清泉は、彼女に歩み寄り、そっと、抱き締めた。このままでは、腹の子が危ないと、清泉は察する。


「陛下。莉黎(りれい)様の為にも、気をしっかりとお持ちください。御子を産むのです。それを、王怜様も、望んでいたのではないのですか?」


 静かな問いかけ。女王はハッと我に返った。


 莉黎とは、五才になった王子の名である。王怜はいなくなったが、王怜の子は生きている。そして、これから生まれてこようとしている。


 腹は大きくなった。もう、臨月である。女王は、自分の使命を思い出した。


 清泉の腕に掴まり、ゆっくりと立ち上がる女王。清泉に礼を言おうと口を開いたが、声が出ないことに気がついて、苦笑する。仕方なく、女王は丁寧に一礼することで、彼に感謝を示すのだった。

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