3-18、 夏の大冒険?
夏の夜明けは早い。
臨の祖父の部屋にも朝の光が差しこんでいた。
紀元の腹は盛大に鳴り続ける。
「何か食べる?」
「うん、頼む」
臨が用意してくれたカップ麺とおにぎり、カレーパンその他いろいろを平らげ、コーラをがぶ飲みし、紀元はやっと人心地がついた。
向こうの世界から着てきた鎧は、床に放り出してある。異様な重さだった、武士はこんなのを本当に着用していたのか、現代人でよかった。
まあ、俺の先祖なんてどうせ農民だろうけど。
一体どうなっているのだ?
追加でドーナツをもらい、コーヒーを飲みながら、紀元はこの二日間のことを思い返す。
おとついの朝、目覚めると時代劇の世界だった。
明日の晩、婚約者の姫が眠る魔の島へ渡れと言われ、美少女とチューできるかも、とドキドキわくわく行ってみたら。出てきたのは同じクラスの男子、がっくりだ。
「よく食べるね」
臨が、そんな紀元をまじまじと見つめる。
色白で目が大きくてまつ毛が長い。女だったら、けっこう美少女だったかも。
「ハラ減ってたんだよ、やけ食いかもな。何が眠れる婚約者だよ。まんまとだまされたぜ、三上のじいさんに」
「僕だって被害者だよ」
臨が口をとがらせる。
「夏になれば婚約者の美少女戦士がやってくる。毎晩、あっちに泊まり込んで待ってろ、なんて煽ってさ」
しょーもない爺さんだった、とぶつぶつ言う。
まぶしいほどの朝日に、紀元は何かが変だ、と気づいた。
あっちは夜だったのに、クローゼットを抜けたとたんに朝か。
「俺、無断外泊した?
二晩、行方不明ってことだよな、やば」
慌てて電話を借り、自宅に連絡すると、母は眠そうな声で、
「なに朝っぱらから、あんた部屋で寝てたんじゃないの?」
叩き起こされて母は不機嫌だ。
「ごめん。クラスのやつと夜遊びして、泊めてもらったんだ」
とりあえず親を心配させてはいなかったと知り、ほっとした。
あちらの世界の出来事は、一晩の間に起こったらしい。こっちの世界とは時の流れが違うのだ。
「ほんじゃ俺、帰るわ」
「その恰好で?」
臨に指摘され、やっと気づいた。
上は白い浴衣みたい、下は戦闘用の袴じゃないや、とにかく街中を歩ける恰好じゃない、コスプレと言うのも無理がある。
結局、臨のTシャツとハーフパンツを借りて着用。
今度こそ、と立ち上がったが、またまた気になることが。
「あの人たち、ここに来たりしないかな」
「ん?」
「俺が帰ってこないから、心配して島に渡って小屋を調べてさ」
紀元の胸に不安が広がる。
引き戸のからくりに気づき、彼らがこの部屋にやってくるかもしれない。
「刀を振り回して暴れたりして、ひえー」
「まさか」
臨は笑ったが、紀元の不安は尽きない。
「松明、どうなったかな」
石の間に挟んできたが、火事になんかなってたら大変だ。
「確かめに行こう」
紀元はクローゼットの奥の取っ手に指をかけようとしたが、取っ手が見あたらない、ただのぺらっとした板だ。
クローゼットは作り付けではない、焦って動かすと、部屋の壁があるだけ。
「道は閉じられた、だね」
臨が、ぽつんとつぶやいた。
紀元も臨もしばらく呆然となっていた。
「悪い夢でも見たのかなあ」
紀元は独り言のように言ったが、臨は、
「現実だよ。二人で同じ夢を見たりする?」
あっちの世界で会ったのは本当だ、と力説する。
そうだ。夢ではない。
床には、紀元が着せられた鎧が転がっている。
真夏の冒険って言っていいのかな?
紀元は黙って、鎧をみつめていた。
「じゃ、またね」
玄関先まで臨が見送ってくれた。
紀元は元気よく返す。
「うん。二学期にな」
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