3-17、  帰還

 婚約者の姫君に会えるはずが、待っていたのは同じクラスの男子、というか男子高なので当然、そうなる。

 重い鎧に身を固め、化け物が出るかとこわごわ、それでも勇気を振り絞ってやってきたのに、この仕打ちはないだろう。

 紀元はふてくされた。

 やってらんない気分だ。

 眠り姫に会えないと判った以上、ここにいても仕方ない。

「俺、帰る」

「そうだね」

 臨はあっさり応えると布団から出て、

「こっちだよ」

 と、奥の壁に近づく。一見ただの板壁だが、ある個所に細工がされており、小さなスイッチを押すとガラガラと戸が開いた。

 どうやら別の部屋につながっているようだ。

 狭苦しい空間を通り抜けると、そこは、現代の普通の家。

 フローリングの床に降り立ち、振り返ると、そこにあるのはクローゼットだった。

「別世界への入り口がクローゼットって、よくある話だよな」

 紀元はぼそっとつぶやいた。

 目の前にからっぽのベッドがある。

「ここ、じいちゃんの部屋だったんだ」

 臨の言葉にハッとなる。

「そうだ、じいさんに会わせてくれ、ちゃんと話を聞きたい」

「じいちゃんは、去年死んだよ」

「えっ」

 それでは、真相は闇の中か。

 何故、自分が戦国時代に飛ばされたのか、眠り姫の婚約者を助けに行くなんて話に巻き込まれたのか。

「どうなってんだよ」

 紀元がぶつくさ言うと、

「多分、全部じいちゃんの作り話だよ」

「ん?」

 臨によれば、祖父の宗太郎は虚言癖があった、平たく言えばホラ吹きだ。

「口から出まかせっつーか、ウソばっかついてた」


 臨の祖父は偶然、クローゼットの向こうの異世界に踏み込んだ。

 島から陸地に渡り、あの館の人々と親しくなる。

 向こうの世界で紀元の父だった武者と意気投合、互いの息子や孫を将来、結婚させようなどという話になる。

「大した推理だな」

 紀元にはいまいち理解できないが、臨は、

「いろいろ証拠がある」

 指さした床には、一人乗りのカヤックが転がっている。

「向こうの世界の島から、これで夜、漕ぎだす。あやしまれないような衣装を着て、カヤックは隠しておいて」

 現代の技術をちらつかせ、信用を得て、眠り姫が閉じ込められているなんて話をでっちあげる。


「時代劇で着るような衣装も、タンスから出てきたよ」

 宗太郎が亡くなってから、臨はクローゼットから向こうの世界に行き、双眼鏡で館の様子を窺った。

「大河ドラマのロケかと思ったよ。マジ、昔の格好してるんだもん」

 残念ながら、自分の婚約者にふさわしい姫は見当たらなかった、と臨は残念そうに言った。

「当たり前だ、そんなのじいさんのでっちあげだろ」

 自分も臨も、そのホラ吹きじいさんに騙されたのだ。

 紀元はがっかりした、そして猛烈に腹が減っていることに気づいた。



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