8, tWhat’sマイスタージンガー?

 放課後。

 貴村を始めとして、7組の12人が下り電車で目的地に向かう。

「あー、楽しみ」

「映像は見たことあるけど。中に入るの初めて」

 皆、期待でかなりのハイテンションだ。

 出席簿5番までは前に紹介した通り。他に6番の角田、7番の桂井、8番が貴村で、以下、工藤、児玉、佐々、佐藤の12番目までが今日のメンバー。

「くじ引きって意見もあったんだけど。出席簿順なら、12番までだからさ」

 12番の佐藤は、しゃあしゃあと口にしたが、皆、ハイになっていて非難する者はいない。

 最寄り駅から少し歩くと、それはすぐに見えてきた。

「すっげー、デカ」

「Zそっくり!」

 生徒たちは早くも興奮状態だ。

 巨大ロボットが現れたのだった。


 ♪ 街にそびえる カラオケの城

 スーパーロボット マイスタージンガー


 元気なCMソングが聞こえてきた。

 ここは貴村の父が経営するカラオケビルなのだ。

 祖父の遺産が入り、長年の夢だった実物大ロボットを作りたいという夢を実現させた。とはいえ、遺産だけでは資金が足りないし、ただロボットを作っても維持費がかかるだけ。しっかり者の妻のアイデアで、ロボット型カラオケビルを建てることになったのだった。

 大好きなロボットの名前「ほにゃららZ」をそのままつけるのは難しいので似た響きで何か、と考えていたところ、妻の歌絵が、マイスタージンガーはどう、と提案した。歌絵は若い頃オペラ歌手を目指していて、母親がドイツ出身だ。

 出資者を募集し、資金もどうにかなった。今は大人気スポットとなっている。


「マイスタージンガーって、なんかカッコいい響きだよね。どういう意味」

 佐々に訊かれて貴村は、

「親方歌手、かな」

「は?」

「マイスターは、職人ぽい意味、ジンガ―は、英語ならシンガーだよ」

「ふうん」

 わかったような、わからないような。

「ドイツオペラのタイトルなんだって」

 と、貴村は付け足した。

 正式には「ニュルンベルクのマイスタージンガー」といい、ワーグナー作品には珍しい喜劇である。

「その親方。作詞作曲もしたらしいよ」

「シンガーソングライターか」

 佐藤がギターを弾く真似をした。

「歌合戦もしたって」

「紅白みたいなの?」

「さあ」

 角田の問いに、貴村は首をかしげる。そこまでは聞いていない。

「ちょっと待ってて。パパに話してくる」

 皆が店の前で待っていると、

「ニュルンベルクって、あの裁判の街だね」

 歴史に詳しい工藤、メガネの下の眼がキラリ。

「何それ」

「その街でナチスを裁いたんだって」

「へえ」

 といってるうちに、貴村が戻ってきた。

 息を弾ませ、

「特別だよ、よく見ておいて」

 気を付けをしていたロボットの腕が動き始める。

 たくましい両腕が、ぐぐぐっと前に突き出された。すごい迫力に、生徒だけでなく、周囲の皆も上を見上げ、撮りまくっている。


 エレベーターでVIPルームへ。頭部のコックピットに当たる部分で、1年先まで予約でいっぱいだ。他の部屋も予約困難が続いている。

 地上18メートルからの眺めに皆、歓声をあげる。

「コックピットからの眺めって、こんな感じかあ」

「いいなあ。ここで思い切り歌いたい」

 ♪ マジンGO!

 と、佐藤が拳を突き上げた。親の世代が大ファンで、子供世代、も影響されているのだ。

 アニメでは主人公が飛行メカでコックピットに入り、操縦する。その場所には半円型にソファが置かれ、天井や周囲は特殊ガラス張りで眺めは最高。


 戻ってこれて本当によかった。

 ヘンな劣等感は、もう捨てよう。

 呪怨神社で夜明かしし自分自身と向き合った角田は、コックピットからの眺めに心が洗われる思いがした。

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