6、黒い心

「柳井」

「はい」

「横山」

「はい」

 点呼終了。

 今日は欠席者なしだな、遅刻もなし、と。

 梅谷は満足しながら出席簿に丸をつけた。意外にこんな日は少ないものだ。

「さて、今日は」

 と顔を上げた梅谷は、目を疑った。

 生徒が、ひとりもいない。まさか、たった今、出席を取ったばかりなのに。

 こっそり抜け出した?

 いや、数人ならまだしも、全員が、なんて考えられない。

 いったいどうなってんだ、怪異現象?

「大変です!」

 梅谷は蒼白になり隣の8組に駆け込んだ。

「梅谷先生。どうしたんですか?」

 こちらも出欠を取ったばかりの近藤先生が、のんびり答える。生徒たちも何事かと教壇を見つめる。


「ウチの生徒たちが、消えました!」

 怪訝な顔の近藤の袖をつかんで、

「とにかく来てください!」

 梅谷は血相を変えて、近藤を7組の教室にひっぱっていったが、開いたドアの向こうから、にぎやかな笑い声が。

「いるじゃないですか」

 近藤の言う通り、7組の生徒は皆、席についている、ようだ。

「面白かったな、バトル」

「内田のシューティング、マジすごかった」

 ワープしたのは一瞬で、異空間から、あっという間に戻ってきたらしい。

「梅谷先生。疲れてるんじゃないですか」

 苦笑して、近藤は戻っていく。

 チャイムが鳴り、一時間目の英語の教師がドアの前にやってきた。

「梅谷先生? もう授業始まりますけど」

「あ、そ、そうですね」

 汗を拭きふき去っていく梅谷。

 何事もなかったかのように英語の授業が始まった。しかし、貴村爵きむらじゃっくは、となりの席の角田の不在に気づいていた。

 どうしたんだろう、一緒に戻ったんじゃないのか。

 もしかして一人だけ、異空間に取り残された?

 胸の中に不安が広がっていく。



「ガーガー」

 夜鳴きカラスの声が不気味に響く。

 角田右京は、見知らぬ場所に突っ立っていた。

 あたりは真っ暗だ。

 クラスメートは誰もいない。自分だけ?

 何故ここにワープしたのか、なんとなく自覚がある。

 西郷艦長が口にした「呪怨神社」が気になったのだ。

 隣の席の貴村爵が、憎いのだ。

 クォーターでイケメン長身、成績も良く朗らかで友人も多い。きっと彼女もいるに違いない。

 自分はと言えば、背伸びして今の高校に入ったはいいが、授業についていくのがやっと、周囲もレべルが高く、1年がたとうとする今、学年でビリを争っている状態だ。名門校でいい成績を取り優越感を満足させるはずが、憂鬱な毎日だ。

 すべてに恵まれている貴村が憎い。特に冷たくされたとかいじられたり、はないのに、どうしようもない劣等感。

 なんとかして貴村を蹴落としたい、そんなどす黒い思いが心に渦巻いていた。


 少し先に鳥居が見えた。

 案内板には呪怨神社、の文字。ギクッとなった、あの神社に本当に来てしまったのか。

 中に社務所があり、そこだけぼんやりと灯りがついている。一人の女性が中の人と小声で話している。そーっと近づくと、

「丑の刻参り 受付」

 と書いてある。積んであるチラシを取り、スマホの灯りで確認すると、「丑の刻参りセット」の案内だ。

 藁人形、五寸釘、白装束などレンタルします。

 手ぶらで丑の刻参り体験してみませんか?

 髪を振り乱し、頭に五徳(鉄輪)をかぶって三本のロウソクを立て、神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を括り付け毎夜、五寸釘を打ち込む。どこかで見た怖い絵を、角田は思い出した。

 


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