9. 燃え尽きた勇者
〝フー……で、それなんなの〟
「話を聴く姿勢ですが」
ヨルダが仁王立ちで見下ろすと、ただでさえ小柄に見えるスカサハが目の前でちんまりと地べたに正座を始めたので問いただしてみれば、彼女はバツが悪そうに答えた。
これまでも遠回しに外には出ないのか気分転換はどうかと促してきたが全く響いていないようだったため、ちょっと
スカサハもヨルダの暴露に戸惑ったが、対する彼の方も彼女が真剣に受け止めるとは予期しておらず、
〝ンン……。そんなことしなくていいわよ〟
「いえ。非は全てこちらにありますので」
〝い。いいわよ。足崩しなさいよ、調子狂う〟
「では、お言葉に甘えます」
毒気を抜かれたヨルダが再び指摘すると、事務的に告げてスカサハは足を崩し三角座りをした。
「……それで、魔王さん、他に言いたいことはありますか? どうぞ、お気の済むまで罵り、サンドバッグにして頂いて結構ですよ。魔王さんが嘆きたくなるのも、そんな不便な体になったのも全て私がヤケを起こしたから──」
〝どああああーーーー! わかった、わかったわよ! 本気にしないでちょうだい! マジギレじゃないわよ! さっきのは、こぉーなんていうか……そう、心のビンタみたいなもんよ!〟
過去の自分の選択はやはり間違いだったと、ただでさえ
違う。そうじゃない。そうじゃないのだ。
確かに常人ならとっくに発狂しているだろう味気もクソもない毎日に飽きたというのは紛うことなき本音に違いないが。
ああして声を上げてみたのには、これ以上見過ごせなかったからだ。
〝そりゃあ、アタシも散々あんたを苦しめた要因の一つだし。特にまあ…………、色々、あったことだから、今まで黙ってたわよ。あんたの人生だもの、好きにする権利があるって〟
魔王の任を解かれ人の心を取り戻したヨルダは、日常的にちょっかいこそかけるが、過酷な環境に身を置いてきたスカサハの気持ちを誰より理解していた。
幾度も殺し合った仲とはいえ今となっては和解し、存在を共有しているからこそ、
元村人の少女が世界救済の代償に手に入れたのはあまりにも
彼女には長い長い休息が必要だと確信した。だから外界から隠れるように廃村に引きこもることを選んでも、それをよしとし見守った。
しかし。旅が終わったこの二年、勇者の旅と同じ年数が経ったのを
これは、放っといたらダメなやつだと。彼女は自分で自分を救えない、沈むなら沈むとこまで沈んでいってしまうタイプだと。
毎日毎日、表情を変えず、心さえも動かさず日々を繰り返す抜け殻具合に少し前から危うさを覚えた。心の回復どころか、むしろどんどん深みに
生への執着が限界まで下がっている彼女が変な気を起こさないのは、その勇気がないからではない。
むしろ彼女は帰ってきてから壊れてしまったと言っていいほどにとっくにそのあたりが振り切れている。
恐らく自分との
だが彼女が死ねば、それに
自ら情をかけ、消滅から強引に繋ぎ止めたことに負い目でもあるのか、それだけは断じて許されぬと決めているのだろう。だから彼女は、楽しくもない毎日を、惰性で生きているのだ。
こんな余生あんまりではないか。
彼女は誰よりも救われるべきだ。幸せになるべきであり、今後の人生のほとんどを笑って過ごすべきであり、そうであって欲しかった。
忌まわしい連鎖から自分を解放してくれたのだから、それぐらいになるのは当然ではないか──そうヨルダは思っていた。
〝あんたのためを思って黙ってたけど、ごめんもう無理。素直に率直に言うわ……アタシ、あんたがすっごく心配〟
「心配……なにがです?」
〝あんたのこれからが、よ。聞くけど、あんた今幾つよ〟
「確か、十六、だったかと……」
〝世間では祝言をあげていい歳。自分で商売を始めたり、酒も飲めるわ〟
「はあ……」
なにが言いたい。とばかりにスカサハが素っ気なく返せば、ヨルダは仁王立ちのまま反り返るように天を仰ぎ、表情をギュッと潰して思いの丈をぶちまける。
〝だぁから! おばあちゃんになるまでこの生活続けるつもりなのって言ってんの!〟
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