8. 真実の裏側


 彼女は仲間と共に魔王軍を殲滅せんめつし、魔王ヨルダにとどめを刺し世界を救うはずだった。


 が、結局それはできなかった。


 魔王を滅ぼすことをスカサハが選ばなかったのである。


 思い返しても胸糞悪い話だ。


 魔王とは、ただ勝手に湧いて出た悪党とばかりに思っていたが、実際は世界のバランスを保つため用意された『悪』でしかなかった。


 そして勇者も同じく、天秤てんびんの片側を埋めるための『正義』であり。両者は等しく、舞台で踊らされる傀儡くぐつのようなもので、あろうことかイコールで繋がっていた。


 つまり勇者はやがて魔王となり、魔王は元は勇者であった──ということだ。


 自らの尾を喰らう蛇のように全てがループする。

 なぜこんな悲劇が密かに繰り返されなければならなかったか。


 その秘密は、民を救済するフォルトナ教団の最高司祭と、勇者に力を授けるはずの大精霊たちが握っていた。


 勇者も魔王も存在しない遥か昔。

 文明の発展や種族の違い、国の繁栄、様々な思惑が絡み合い世界は争いに満ち、それによって生み出された兵器の毒が大地、さらには空、海をも汚した。


 人々が終わらぬ争いに明け暮れる中、自然の化身たる精霊たちは汚染された大地の浄化に必死に手を尽くすも、野山や湖を一瞬で焦土しょうどに変える兵器の力にはなす術もなく、汚染に飲まれ住処すみかを失くし倒れていくしか無かった。


 このままでは星の寿命が尽き、人も獣も精霊もいずれ死に絶える。


 足早に近づく終焉しゅうえんを食い止めんと、多くの同胞どうほうを失った怒れる大精霊たちと地上に存在する全ての生命の破滅をうれいた救済神フォルトナは、密約を交わし、争いをしずめるための『悪』をつくり、その渦中かちゅうへ投じた。


 あらゆる兵器をもしのぐ破壊の力で戦場を吹き飛ばし、国々を焼き尽くし、無差別に殺戮さつりくする。その無慈悲さ、恐るべき力。舞い降りた厄災を人々は恐れ『魔王』と呼んだ。


 しかし、これにより繰り返された争いは途絶え、緑を枯渇こかつさせる兵器を造ることもままならなくなるほど文明は衰退。人々の憎しみは一気に魔王へそそがれた。


生命を存続させるためのいびつな手段ではあったが、結果、人々は武器を置き、異なる種族同士でも手を取り合うようになったのだ。


 だが星が背負った傷は深く、百年そこらで癒える程度ではなかった。歴史は繰り返される。いずれまたなにかしらの理由で争いは起こる。


 それを回避するためにも、争いを選ばない、選べない流れを今後も維持する必要がある。


 魔王ヨルダは抑止力、世界に必要な『悪』として人の世に君臨くんりんし続けるべきだ。だが、恐怖のみを与えるだけでは人の世が絶たれてしまう恐れがある。


 抑止として悪が必要ならば、正義という救いもまた必要である。


 選ばれし者が無力な民を救うため悪をくじくという希望に溢れ、それでいて終わりのないシナリオが。


 火種を保つまきのように勇者は役目を終えれば、魔王の一部として取り込ませる。大精霊が各神殿で膨大な魔力を授けたのは支援でもなんでもなく、内側から彼らのつくりを変え魔王の生き餌にするための処置に過ぎなかった。そうして一つの時代を希望で満たした勇者を魔王に喰わせ、そしてまた新たな勇者を補充し旅立たせる。


 これが“勇者魔王システム”の始まりであり、千年、勇者が魔王を葬ることができなかったカラクリ。


 こんな茶番が長きに渡り続いてきたのは、救済の女神が身も心も喜んで世界に捧げるなどという、気味が悪いほどつけ入りやすい人柱を用意してきたからであったが、なんの気まぐれか鼻つまみもののスカサハを勇者に選んだのは、全てを裏で操っていた彼らの敗因となる。


 散々、悪魔だ魔女だと蔑まれ、勇者となってからも仲間や協力者、国ぐるみで裏切られ、殺されかけた回数も途中から数えることをやめたほどだ。


 それが旅の終盤に、自分を娘のように扱い母にも似た愛情を向けてくれたフォルトナ教団最高司祭として暗躍あんやくしていた女神と、最大の後ろ盾である大精霊たちが味方どころか諸悪の根源とわかったくらい、彼女にとっては慣れた心の痛み、足を止めるほどのことでも無かった。


 だから、世界の成り立ちを知ったスカサハらを始末するため彼らが魔王の存在さえ吸収し、三身の融合体である魔神獣となり立ち塞がった時も、少しも躊躇うことなく斬り伏せることができた。


 そして当然、女神たちを滅ぼせば魔王ヨルダも消滅を免れることはできなかった。


 記憶も、人々の希望のためにと剣を掲げたその心すら奪われ、蹂躙じゅうりん破壊衝動はかいしょうどうで動く傀儡くぐつにされた顔も知らぬ、先代たちの成れの果て。


 人柱だったとしても、殺戮さつりくを繰り返した罪は消えない。このまま消え去るのが世界のためである──。


 燃え尽きていった勇者らの記憶の断片を取り戻し涙するヨルダを見て、あの時、スカサハは満身創痍まんしんそういのままヨルダの腕を掴んだ。


 同情もあった。しかしそれだけで収まる感情なら黙って彼を旅出せていた。


 ここまで、幾度も殺されかけ吐くほどの絶望を食わされ、絶対に首を取ってやると、どんな手段もいとわず剣を振るうようにさせておいて、泣きながらじゃあ一抜けしますとはどういうことだ──。


 沸き立つ怒りと底知れない恨み、ヨルダへの執念がスカサハを突き動かし、確定しかけた運命を砕かせた。


「なに一人だけ楽になろうとしてんですかこのグズ。絶対に逃がしませんよ。これまで色々やってくれた責任取らせてあげます。そのかわり、私も責任取ります──、後悔はさせません。だから、さっさと全部私に預けろこのカマ野郎‼︎」


 十四歳とは到底思えない啖呵たんかを切り、承諾もしていないヨルダを自らの魔力で縛りあげ消滅しかけた存在を補完。


 魔王と同化させるため大精霊に調整された体ならさして難しいことではなく、ヨルダはスカサハの魔力の手綱たづな──もとい命によって繋がれた。


 だから実質、彼らは一身同体。なにがあろうと離れられない。

 死が二人をわかつまで、というやつである。


 正直、希望の象徴だった女神と大精霊をまとめてほうむった以上に思い切りすぎた行動に出てしまったと、思い出すたび額を押さえたくなる。


 その場の勢いというのはまこと恐ろしいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る