7. どうしてこうなった


 やや露出度の高い服装も一新したようで、ピッタリとしたスーツに丈の長い上等そうな腰布とハイヒールの全身黒づくめという、白銀の髪にいかにも映える衣装だが。前回となんら変わらないのは『美しかろう、美しくないわけがない』という絶対の自信が全身から滲み出ていること。


 その証拠に、顕現けんげんした瞬間彼はスカサハに向かってうるわしい者にしか許されぬポーズを決め、どうよ? どうよ? といわんばかりの視線を送ってみせたのだが、当のスカサハは見惚れるどころか暑苦しそうに顔を顰め、内心「うざ」と吐き捨てる始末。


 しかし、そんな塩対応をかまされようと彼女の影として付き従う彼はいつものことと気にせず問いただす。


〝いい加減、機嫌なおしてくれないかしら。アタシとーっても退屈だわ〟

「……誰のせいだと」


 素気なく返すと、応じたことに気を良くしたのか彼はその中性的な顔をニコォと緩め、体躯たいくを折り曲げ、わしわしと焼き魚を口に頬ばる小柄なスカサハに擦り寄る。


「はめへふははい。ぱめみむい(やめてください。食べにくい)」

〝んもお、相変わらずつれないんだから。腰抜け抜け共をちょっとからかってやっただけじゃないのよォ〟

「はなはのはーいあ、ほっほっへへへるぱないんへふぽ(あなたの場合は、ちょっとってレベルじゃないんですよ)」


 メンタルをゴリゴリ削られる、勇者というしがらみから数年越しに解放され、誰に邪魔されることのない静かな余生を故郷で過ごせると思っていたのに。


 勇者の遺品だかお宝だかを求めやってくる冒険者らを追い返すようになったのはつい最近のこと。それも含め、毎回事を穏便に済ませられないのが彼女の悩みの一つであった。


〝穏便ねえ、まあアタシがチャチャ入れなくてもどぉせ結果は同じでしょうよ。あんたの笑顔、笑えるものね〟

「ム……、ぐ」


 すり寄っていた彼はストンと隣に座り、冷ややかに金色を細める。その皮肉はだいぶ効く。魚の小骨もタイミングよく喉奥を刺していき、スカサハの表情が曇る。


「と……にかく。初心者相手にああいう二度と冒険に出られなくなるようなトラウマ植えつけるの禁止です」

〝あんたって人と関わるの嫌いなくせに、律儀っていうか、気遣い屋っていうか、だから無駄に疲れるんだわ。どーでもいいじゃない他人なんて〟

「目の前でショック死でもされたら寝覚めが悪いんですよ」

〝あーはいはい。不本意だけどりょーかいりょーかい〟


 雑に答えた彼はちょうど良く焼き上がった自分のぶんに手をつけ、鋭利な八重歯を剥き出しにしたまま豪快にかじり、バリバリ言わせながら思い出したように口にする。


〝アタシも一つ、あんたに言っておきたいことがあるんだけど、スゥ〟

「なんでしょうか」

〝もう二年にもなるけど。そろそろその村の外でもぶらついてみたら? こんな狭い村の中だけじゃ、流石に退屈でしょう〟

「別に……。私は、これまで通り静かに暮らせたら、なんでもいいです。外に出なくったってこの村で充分生活できますし」


 それ以上は望まない。とスカサハは短く告げる。ゆえにこれ以上話を広げるつもりはなく、この問いにたいした意味もないだろうと思っていたが。


〝あっそう…………〟


 前髪をかきあげ目をつむり、長い沈黙の後こちらを向いた彼の方はそうでもなかったらしい。


〝言っていい……? ていうか、言うわよ〟

「は……」

〝飽きた〟

「は?」

〝は? じゃないわよ。飽きたのよ。毎日毎日、獣狩って、魚釣って、木の実採って、村の周りグルグル見回るだけの驚きも発見も楽しいも美味しいもない、ただただ過ぎる時間に身を委ねるだけのあんた不毛な生活に付き合うの〟


 突然のカミングアウト。どうも最近口出しが多いと思いきやそんな不満を溜めていたのか。納得すると共に今度はスカサハが気まずげな表情で口を引き結ぶ。


 おはようからおやすみまで、なにをするにも一緒なのだ。ならば無理に付き合うことなどせずに、そっちはそっちで好きにしたらいい。そう言えたらいいのだが。

 

 そうもいかない“理由”がある。


〝はーあ。まったく、まさかこうなるなんて思わなかったわ〟


 なんだか嫌な話の流れになりそうだと想像するスカサハを見下ろし、彼はやれやれと肩をすくめ秘めた胸の内を語り出す。


〝あんた忘れちゃったの、最終決戦であんたがアタシをブチ落としたプロポーズのセリフ‼︎〟

「ぷろぽうず──⁉︎」


 身に覚えがなさすぎて声を張り上げるスカサハ。


〝とぼけんじゃないわよ、この天然タラシ! あの時アタシに言ったじゃないの「責任取ってやるから、全部委ねて私のところに来い! 後悔はさせない!」って!〟


 確かに、過去にそれに近いようなことを口走った記憶は薄々あるが。そのようなもの言いは少々誤解を招く。


 しかし、ひとたび打ち明けると止まらなくなるタイプなのか言動は坂を転げ落ちるように過激さを増していく。


〝そおよ、あまりにも熱烈なアプローチだったから、ついつい痺れてあんたのモノになってあげたの。それであんたがいないと生きていけないこんなふしだらなカラダにされちゃったんじゃないのよ!〟

「いやいやいや、だから、言い方!」

〝それなのに、……それなのに‼︎ このどんよりムードエンドレスの生きた屍ライフはなんなんだよチキショー! 後悔させないって約束したのに話が違うわ! この詐欺師! ケダモノ!〟


 彼はギュッと両腕で自身の体を抱きしめ咆哮する。


 その大袈裟な物言いに多少引きつつも、彼がそんなふうに不満を打ち明けるのも心当たりがありすぎるスカサハは、後頭部を掻き、なんと言ってあげたらよいのかとしばらく対応に困る。


 距離は近いし、男なのか女なのか曖昧だし、言うことをきかないし、構ってちゃんでナルシストでとにかくうざいことこのうえないが、まあこうなったのは言ってしまえば全部自分の所為である。


 本当に、どうしてこうなったのか。


 スカサハも、まさか旅路の果てに怨敵──魔王ヨルダとこのような切れぬ関係になるとは想像だにしなかった。


 それはさかのぼること二年前のこと──。

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