5. 千年続いた物語の結末


 現代からおよそ千年前。魔王ヨルダは、天空の裂け目から突如現れ、魔族たちをひきいて世界を蹂躙じゅうりんしたと言われていた。


 その強大な力に人々はなす術もなく、世界は崩壊の一途いっとを辿り魔族の手に落ちかけるが、救済をつかさどる女神──フォルトナが人々に救いをもたらす。


神託しんたくによって選ばれし者に大精霊の加護を与えましょう。その力をつるぎとし、魔王を滅ぼしなさい〟──この女神の啓示けいじが光の勇者と魔王との千年戦争のはじまりの鐘となる。


 かくして勇者は、人々の希望を背負い、大陸中に散らばる大精霊たちの加護を受けるべく旅立ち、魔族の侵攻を退け、国を救い、打倒魔王を目指した。


 人々は勇者の奮闘を祈りたたえ、救いを授けた女神をまつる教団を創設し、勇者にあらゆる力添えを行ったが、それでも魔王を滅ぼすことは叶わず。


 幾人、幾百、幾千もの勇者がその命を散らし、次の勇者へ、次こそは魔王を滅さんと、悲願と共に神託の証は受け継がれ、


 巡り巡って──証は少女、スカサハの手に発現する。


 ある日突然、空から射した光の柱が右手を貫き、刻まれた。そして天の声によって告げられる〝魔王を討ち滅ぼすべく、旅立つのです──〟と。


 当時十二歳。たったそれだけで彼女は世界の命運を背負わされるハメになった。


 剣の手解てほどきはおろか、触ったことすらない。ただの村娘だった。


 いや――“ただ”の、というのは少々語弊がある。彼女の場合、ある意味特別だった。


 これまで魔王との闘いに敗れた勇者たちは皆、勇敢ゆうかんで自己犠牲に迷いがなく、人々から愛され讃えられる、そうなるために生まれてきたといえる者たちであったが──なにゆえ女神に選ばれたのか、選定せんていのエラーを疑われるほど、スカサハは勇者としてあまりにそぐわなかった。


 持って生まれた黒き髪と瞳は、不吉の象徴と恐れられ、彼女はまだ目も開かぬ赤子の頃に何処いずこより連れて来られ、最果ての村に捨て置かれた。


 村人たちは当初散々拒んだが、年老いた村長と、その孫息子だけは身寄りのない彼女を憐れに思い、受け入れられる。


 しかし成長するにつれ、彼女の特異な能力、五大元素に属さない希少な影の魔力が開花すると、やはり魔族の化身では、魔物との混血じゃなかろうかと村人たちは彼女をますますれ物として扱うようになった。


 幼少の殆どを気味悪がられ生きてきたため自己肯定感の芽は充分に育たず、十を過ぎる頃には、日陰に隠れ独りで過ごすのが当たり前な薄暗い人格が形成された。


 皆の迷惑にならぬよう外の世界には出ず、今後も何も変わらず、怖がられ、狭い村の中できっと一生を終える。そう疑わなかったし、それも仕方ないと思っていた。


 そんな自分が、救済神フォルトナの神託を受け、魔王を滅ぼす勇者だなんて──。


 わけがわからない。


 なにかの間違いではと、何度も手の甲で輝く証を引っ掻いたが消えてくれず。


 神託を受けたからには、誰であろうとその瞬間から勇者としての責務が課せられる。とにもかくにも旅立たねばならない。大人たちに強引に説得され、そうなった。

 そして心の準備も整わぬまま迎えた旅立ちの前の晩。


 彼女の家は焼かれた。


 村が焼かれたのではない。彼女の家、それだけがピンポイントで焼かれた。


 魔王の仕業と思いきや、異端なるスカサハが神託を受けたことを魔王のくわだてと勘繰かんぐった村人たちが火を放ったのである。


 勇者の故郷むらはこれまで幾度も魔王の手の者に焼き払われてきたが、皮肉にも村人たちに家を焼かれた勇者は、彼女が最初で最後であり、これについては後に魔王ヨルダでさえ憐れみ狼狽うろたえた。


 不遇にして陰の勇者の物語は、こうして波乱と共に幕を開けたわけだが、これは冒険譚でなく後日譚。


 結論だけ言えば彼女はその後、世界を救う偉業いぎょうを成し遂げる。


 しかし、そうなるまでの道のりは、とうぜん平坦へいたんなものではなく。紆余曲折うよきょくせつの四文字で収まる話でもなかった。


 それでも旅の終わりが、世界にとってそうであったように、彼女にとってもハッピーエンドであったのならば、不本意ながらも大人しく英雄として名を残しただろう。


 たとえハッピーでなくともそれなりの着地ができていたのなら、少なくともの伝説を残し、村人が見捨てた故郷の村で誰にも見つからぬよう、ひっそり余生を過ごして死のうなどと思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る