3. 最果てに巣食う化け物

「──⁉︎」


 Bがり出した渾身こんしんの一撃は、結果的に不発に終わった。

 刃が少女の胸部に到達する前に、泥まみれのクワのがそれを受け止め、衝撃の全てを殺したからだ。


 絶望の色に染まる相方の横顔が、今しがた乱雑に荒らしていた食器棚に吹っ飛ばされたのは、Aが逃げろと叫ぼうとした矢先のこと。


「ヒィィイッ‼︎」


 立ち上がる埃、全壊した食器棚に埋もれる無惨な姿の相方。床に転がるは短剣を受け止めたクワ。


 少女はというと、右足を軽く踏み込んだ状態で、前髪の隙間から覗く瞳を吊り上げ、消えた凶器を探す代わりに手のひらを開いては閉じ、短い舌打ちを一つ。


 その惨状さんじょうを目の当たりにしてAは悟る。


 確実に死んだと。


 相方を一瞬で亡き者にされ、退路も塞がれ、銅剣を抜き抵抗する気は霧散した。


 津波がごとく後悔が押し寄せ、走馬灯そうまとうともいえる過去の記憶がよみがえる。


 冒険者となり荒稼ぎして女も地位も、欲しいもの全て手に入れてやると意気込んで辺境の小さな村から飛び出してきたが、平民生まれのルーキーに魔物討伐というのは意外にハードルが高く、似たような境遇で意気投合し、コンビを組むことになった相方と協力しても一日にスライム数匹狩るのが精一杯だった。


 勿論、それだけではまともな稼ぎになるわけもなく。そのうち真面目に低級モンスターを追いかけるのが馬鹿らしくなり、楽に稼げる方法を模索するようになった。犯罪ギリギリのやり方でも構わなかった。


 王都の酒場で“うまい話”を耳にしたのがその時で、辺境の村に巣喰う黒い魔物の噂も信じず、金に目がくらみここまで来てしまった。それが間違いだったのだ。


 こんなことならば、コツコツとスライムを狩っていれば良かった。

 死を間近に感じてAは己が浅はかさを呪う。


 そもそも自分に冒険者など無理だったのだ。できることなら家に帰りたい。生まれ育ったちっぽけな故郷からやり直したい──。


 死にたくない。ああ死にたくない。

 しにたくない。

 震え上がりながら背後の壁に沈み込み、何度も命乞いをする。


 今だかつてないほど生きたいと願ったがもう遅い。

 自分の存在を消されるのは、はたして数秒後か。


 少女がこちらに近づいてくる。

 細い腕が首元に伸ばされ、ついにAの精神は限界を迎えた。


 最後に小動物のような甲高い悲鳴を上げ──彼の視界は無情にも暗転した。

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